PC003
三話です。
PC01003
(修学院初等部二年)
あれから俺は今後に関して比較的真面目に考えながら過ごしていた。
だって数百万だぞ、数百万。一介の高校生にはとても手が出ない金額だ。何より恐ろしいのは俺がその借金がどうなったのかを知らないという点だ。一話目で主人公が借金を背負い、次に俺が見たのは四話である。どういう経緯でそうなったのかは知らないが主人公はヒロインのハルカさんと夏祭りを楽しんでいた。そしてその時には主人公の借金は無くなっていた。
………。
いつの間にか無くなっていたのだ。
ねえ!大丈夫かな!?あの主人公あの数話のうちに内蔵売ったとかない!?
腎臓が二つある理由は金がなくなったときに片方を売っぱらう為だぁ…、とか言ってなかった?実は腎臓片方無くなった状態で夏祭りを楽しんでいたのかな?ひぃぃいいい。本当の本当に大丈夫なのだろうか。たとえ片方消えても生命機能に支障はない臓器であろうと売り払いたくはない。親からもらったこの体、是非とも大事にしたい。
主人公の借金に関する考察を書き殴ったノートの片隅に“どうしよう”と書いた。
きっと俺の顔は苦虫を噛み潰したような表情であろうな。無理もない。俺には何の対策も出来ないのだ。事前に金を稼いで貯金しようにも小中学生では働くこともできないのである。この時ばかりは労基の労働者の最低年齢に関する条例が恨めしい。
“働く”とノートに書いてその文字にバツを付けた。法令上15歳に達して三月末にならなければ労働はできないのだ。つまり、入学早々、まあ入学式の日に壺を割るので四月七日までの一週間の間に数百万円を稼がにゃならんことになる。できるか。少なくとも俺には無理だ。
肘をつきながら深い深いため息を吐きつつ顔を上げる。
黒板には九九の表が張り付けられていた。
見んでも言えるわ。なんなら二桁掛け算までならすらすらいける。我に死角無し。よって未来の壺割り事件のことについて考える。俺的にはアホ程簡単な九九よりかも己の内臓がかかった将来の不安の方が重要なのだ。
とはいえ、そんな重大な問題が数学の授業の間だけで解決しない。
当然だ。そんな簡単に答えを導き出せていたら俺はこんなに悩んでいない。
結局その日の間に答えなんて出るはずもなく、家に帰ることになった。もちろん学校終わったらマッハで帰った。
そういえば健康的でごく一般的な家庭の小学生であれば友人同士一緒に家に帰りながらその途中にある公園に寄り道をしたりして遊ぶこともあるかもしれない。だが修学院の生徒たちはお坊ちゃんやお嬢様。なので家族の方が迎えに来たり、送迎用の使用人が雇われたりしている。一人で帰ったり、子供だけで帰ったりでもすれば怖いおじさんに連れ去られちゃうかもだからね。よって学校帰りに遊んだり、放課後に遊ぶことはほぼない。だからこんな俺でも付き合いの悪さから浮く心配はいらない。まあ、『大人ぶってる』と言われることは多々ある。でも、それはほら、しょうがないじゃん。精神的には大人だし。
家に帰ってもうーんうーん悩んでいたら里佳姉が「どうしたの?」と聞いてきた。
ちょいちょいだらしない姉ではあるものの面倒見のよい姉なのだ。妹しかいなかった俺としては姉の存在は新鮮だったなぁ…。ふふっと笑いながら「えっとね」と言って打ち明けてみた。
「将来に関する心配なんだけどね、その未来が確定しているわけではないんだけど可能性としては存在しているから対策をしておきたいんだよ。だけど思いつく対策のことごとくが今の俺では成し得ないものばかりで…」
「ごめん、もっと解り易く言って。」
「つまりお金が欲しい。」
里佳姉は「すっごい解り易い…」と呟いていた。
「お金は私だって欲しい。欲しい服だってあるし。」
「まあそうだよね。お金はみんな欲しいよね。だけど俺は使うために欲しいんじゃなくて万が一の時のために蓄えておきたいんだよ。だけど今の俺には蓄えるための収入が、ない。」
「ふむ。」
考えるポーズをとる里佳姉。
しかし三秒でそのポーズは崩れた。
「ごめん幸ちゃん。私の専門外だわ。」
手をひらひらと振って共用の部屋を出ていく。なんて薄情な奴なんだ。
とはいえ所詮人生経験がようやく二桁になったばかりの若造に期待などしておらん。むしろ邪魔されなかっただけ…
「そうだ幸ちゃん。男性アイドルグループとか子役とかどう?子供でも働けるよ。」
「ほほほう。」
ひょこりと顔を出してなかなか素晴らしげでまともな提案をするお姉様。私はお姉様を最初から信じておりました。
「検討してみよう。」
「あ。もしマジで行けちゃったら芸能人紹介してね!」
「いやまだ検討段階だから、気早すぎない?」
捕らぬ狸の皮算用とかそんなもんではない。未だ狸を捕る計画どころか検討段階だ。なんかの動物を捕ろうかなとかの段階だ。その動物が狸かどうかも決まっていない。
再度部屋に入ってきて詰め寄ってくる里佳姉の逸った気をどうどうと落ち着かせたところで俺は「あ」とある事を思い出す。
「そうだ、里佳姉に渡すものがあったんだった。」
「なに?あ、もしかして…。」
おや、気づいてしまったか。
クローゼットの中よりがさごそととあるものを取り出す。
「じゃじゃーん!自立式ブレーメンの音楽隊ぬいぐるみ!」
「わっ!凄い!」
そうでしょうそうでしょう。
下からロバ、犬、猫、鶏の動物たちがそれぞれの背に乗っているぬいぐるみだ。高さは俺の身長くらいある。ちょっと高すぎるため、重心も高いので自立式とは言っても横からの衝撃ですぐ倒れる。具体的には震度3いかないくらいでも倒れると思う。
「だけど…、このニワトリ、なんかすっごい姿勢良すぎない?ちょっとミスした?」
ニヤリとする里佳姉。しかしその笑みを凪の心でやり過ごす俺。
なぜならミスなど何一つしていないからだ。姉上よ。ブレーメンの音楽隊の物語をちゃんと知っているか?ロバ、犬、猫、鶏が泥棒と闘って家を勝ち取るという作品なのだぞ。ただの鶏が泥棒、つまり人間と闘って勝てるとでも?という訳で俺の作品の鶏のモデルはシャモにさせていただいた。漢字で書けば軍鶏。これは強い。文字だけでも強い。それと関係ないが、ブレーメンの音楽隊に出てくるこの四匹は結局ブレーメンへ目指すだけで行ってないんだよな。ブレーメンに行っていないから音楽隊にもなってないし。泥棒を倒したロバとゆかいな仲間たちというタイトルでよくないか。
「この足と背中の接触面は丈夫じゃないから気を付けてね?」
「え、じゃあすぐ外れちゃったりするの?」
「まぁ、そうだね。正直、観賞用がいいとこだね。」
「うーん。そっか…。」
凄い!と言った時の里佳姉は飛びつく勢いだったからな。
実際に飛びつきたかったのかもしれん。けど抑えきれずに飛びついて壊れたとしても問題はない。何度でも直してやろう。ワハハ。
しかしこんな大作まで作れてしまった。俺のスキルもなかなか磨かれたものだ。そろそろミシンに手を出したい。けれども母に危ないからと言ってストップさせられているのだ。せめて三年生になってからと言われてしまった。ぐぬう、あと一年か。仕方ないので刺繍の練習をしておこう。時間は有意義に使わねばな。
次の日となった今日もまた、俺は鉛筆をトントンしながらノートに借金対策を書き殴っていた。
芸能界ね…、芸能界。俺の前世フェイスは中の中くらいだったが今世のフェイスは中の上くらいのイケメンなのである。あれ?中の上ってイケメンだよね?フツメンか?普通の中でもイケメン寄りだから…、どっちでもいいな。つまり見た目はそんなに悪くないからワンチャンあるかなーなんて考えたのだが、そういえば俺はウェーイ系の人と話すと声が上擦ってしまう事を思い出したのだ。
前世においてテンションで行動している人を避けていた弊害である。ノリで生きているような人間は総じてコミュ力が高い傾向にあるが、俺はそのようなウェーイな勢いでアイスケースに入ってしまうような人種には近づかないようにしていたのだ。ひょんなことから巻き込まれてはたまらないからな。時代は情報社会。何が切っ掛けで社会的な信用が排水溝の下の方に溜まった泥水のようになってしまうとも解らないのだ。
そうすることによって、俺は前世において実に平穏な生活を手に入れた。そしてパリピアレルギーも手に入れた。
このアレルギーは通常のアレルギーの症状とは少々異なり、パリピに近づかれると瞬きの回数が多くなり、極度の緊張からか非常にそわそわする。アレルゲンであるパリピに話しかけられでもすればショック反応を引き起こされ、言語能力の低下やコミュニケーションスキルの悪化を招き、最悪の場合は放心状態となる。つまり、パリピに話しかけられるとキョドって声が上擦って混乱の境地に入って無の状態になるのだ。
うーん…。
今世でもそのアレルギーが健在かどうかは知らないが、完治はあまり期待しない方が賢明であろう。
楽観視するよりも最悪を想定することが重要である。
俺の偏見かもしれないが、芸能人なんてみんな酒飲んでウェーイってなっているんだろう?芸能人なんて金と薬とナイトクラブのイメージしかない。いや、きっとそうに違いない。そんな総パリピな環境で果たして俺は生き残れるのだろうか。ゲロ吐いて痙攣しそうだ。アナフィラキシーショック起こしちゃいそう。
「無理だろうな…。」
授業中なので小さく呟いて芸能人の項目にバツを付けた。
里佳姉には申し訳ないが、俺は人前でゲロ吐いて痙攣したくない。
「じゃあ君津、この問題を解いてみろ。」
「はい。禁中並公家諸法度です。」
「今は算数だ。」
「そうでした。申し訳ございません。えっと、14ですね。」
「納得はいかないが正解だ。」
突然の指名に驚いてしまった。そういや社会は前の時間だった。
ところで禁中並公家諸法度ってかなり語呂がいいよね。個人的に好きな歴史用語は、日本編第一位は墾田永年私財法、世界編一位はマクシミリアン・ロベスピエール。実に舌触りの良い歴史用語。繰り返して言いたくなるほど非常になめらかである。
というか、俺は本当に壺割りをやらかすのだろうか。
そもそもの話、ラブコメ作品上では主人公は高等部からの外部生として入学してきた。つまり、俺が初等部からの内部組となった時点で歴史は大幅に変わってしまっているのだ。すでに歴史は変わり俺がやらかす歴史も消滅している可能性は高いのではなかろうか。うむむ、頑張らなくてもよいのではなかろうかという誘惑が非常に甘美である。
「おい幸太郎!もう昼だぜ!食堂に行こう、食堂に!」
「ん?ああ。ちょい待ち、弁当出す。」
おや?いつの間にか授業が終わっていた。
パタリとノートを閉じてスクール鞄を漁る。ごそごそ、あったあった。俺の手作り弁当。名付けて幸太郎スペシャル弁当。栄養バランスを考えつつ色合いも意識した見栄えのいい弁当なのだ!好物である辛めに味付けしたきんぴらごぼうは毎回入っている。
「おーい!幸太郎、早くー!」
「あいよー。」
手を振って急かしてくる長浦の元へと小走りで向かった。
003終