PC002
暑いですね。でも寒いのも嫌なんですよね。
ということで二話です。
PC01002
(修学院初等部二年)
修学院学園。
そこは俺が通うことになった学園。小中高一貫の学園であり、名家や富豪の子息や子女の通う学園である。
そんなVIPな子供たちが通う学園なのだから設備だってなんだって何もかもが超一流であった。
教室の設備だけを取り上げてもコレである。各部屋にエアコンが備わっていることは当然として、個人向けのウォーターサーバーも設置されているし空気清浄機能付き加湿器まで設置。椅子や机もその辺の公立校とは比べ物にならず、椅子はクッションが付いていて最早お椅子様状態だし、机はもう机というよりデスクだし、なんか各デスクには間接照明までもが付いているのだ。
贅だ。贅が沢山だ。
これぞまさに贅沢だ!
と、そんなワンダフルな生活を数か月ほど過ごしていたところ、俺は何というか言葉に表せない既視感に襲われ初めていた。
新生活ですべてが全て初めましての新鮮な景色のはずなのに何か知っているような、経験したことないのにも関わらずどこかで見たような…。そんな感覚に襲われることが続いたのだ。どれ程ゴロゴロしてもフィットする寝相に巡り合えないような歯痒い感覚。そんな気持ちが数か月もの間続いた。
そうしてしばしの間過ごし、初等部二年生へと進級したとき俺はようやくポンと手を打った。
ああそうか。
知っているし、見たこともあるのだ。俺は。
この景色、この光景を。
それは前世においてテレビ越しに見たものと合致していた。
主演はイケメンのアイドルと今をトキメク女優。そんな彼らが演ずるは話題のラブコメ作品だった。確かアレは…、漫画が原作でアニメ化して、そして連ドラになったんだったか。俺も妹が見ていたから見た。全12話中5、6話くらい見た。妹と夜ご飯が一緒だったら一緒に見ていた。違ったら俺が見るのは基本的にスポーツニュースだったな。俺は野球が好きだったのだ。スポーツ報道を見るため、スポーツコーナーまでは我が食卓のバックグラウンドミュージックと化すニュース番組を流していたために例のラブコメ作品を全ては見られなかったが。
しかし、そうかそうか。
ようやくスッキリとした。そういや修学院学園はあのラブコメ作品の舞台だったな。道理で聞き覚えが…、ってん?
ここでふと一つの問いが沸き上がる。
『俺の名前はなんだ?』
『君津幸太郎だ。』
そしてもう一つの疑問湧き上がる。
『では、あのラブコメの主人公の名前はなんだった?』
『君津、幸太郎だ…。』
なん…、という…、ことだ…。
俺は体育の授業中という事も忘れて棒立ちとなる。
ドッジボール中という事も忘れて棒立ちとなる。
ボールが顔面にクリーンヒット!そのまま後頭部から床へと倒れ伏した。
「幸太郎ぅぅぅううう!!」
そんなクラスメイトの叫びが聞こえた気がした。
いや、確かに聞こえたな。うん。
保健室に運ばれたものの特に大事はないという事で秒で復活。
たんこぶを保険の先生にナデナデされて終わったとか、保健室に行く意味はあったのだろうか?無いな。でも、まあ、衝撃の事実に気づいた後そのショックから立ち戻るためにクール期間と考えれば意味があったとも考えられる。
「ホントにもう、気を付けなさいよ?」
「最大限の努力は払います。」
ガラガラと音を立てて保健室を退室。扉を閉める。
ふーむ。しかしこの世界はいったい何なんだろうか。俺が主人公のラブコメ作品の世界か?いやしかし極論にはなるが全ての人生はその人が主人公の物語だ。ラブコメかスポコンか日常系か、はたまたホラーか戦記物かは知らんが。
俺は体育館へと歩みを進めながらうむむと考える。だが、となればこの未来予知ともいえる俺の記憶はチート過ぎないだろうか。思い出してしまってもよいものだろうか。なんか代償として世界の管理者的なものに目を付けられて過酷な世界に飛ばされてしまったりやしないだろうか。ホラー系の世界とか戦争系の世界は御免被るんだが。前世の記憶をへたに持っているせいでなんでもありな気がしてちょっと怖い。
なんだか色々と考えてしまう。
まずは今世自体がそもそも夢という可能性。しかし俺はこの世界ですでに七年もの間過ごしている。夢であるならばいくら何でも長すぎないだろうか?
次に考えられるのが、前世自体がそもそも俺の空想という可能性。まことに遺憾ではあるものの、俺の中ではこの可能性が非常に高い。
だが…、前世とはいえ歩んできた日々が無であったとは考えたくない。
記憶は確かにあるし、そこで過ごした前世の家族や友人たちとの思い出を否定したくはない。
となれば最後の可能性を俺は支持しよう。
この世界はパラレルワールドであり、前の世界のラブコメ作者はこの世界を覗いたのだ。そうしてインスピレーションを得て作品を描き上げた。よってどっちの世界もホンモノであり真実である。
ふむ。素晴らしい。俺の感情面に最大限の配慮を行った結論だ。現実味がない?矛盾がある?知らん。俺は俺が可愛いのだ。俺が納得できればそれでいいじゃないか。
結論が出たところで目的地へ到着。
華麗に体育館へ帰還。
ドッジボールのチームメイトより早速『顔面だったからセーフだよな!』というお言葉をいただいた。おいコラ長浦、まずは労われ。俵田君、『戦闘不能になったんだからアウトに決まっている』ってなんだ?俺はスポーツではなく戦争をしていたのか?あらやだ野蛮。先生、その蛮族を体育館から追い出してください。
その後ドッチボール戦争が再度勃発。一人、また一人とわが小隊は被弾し戦線離脱。結局我が方は惨敗を喫した。
っく、今日はこのくらいで勘弁してやる!足を洗って待っていろ!!
予鈴が鳴って教室に戻ってお着替え。その後のホームルームが終われば後は帰宅のみ。
と、いうわけで俺はダッシュで帰宅した。
「ただいま!」と言ってそのまま自分の部屋に直行する。あ、でも手洗いうがいは重要だね。洗面所へ引き返してザブザブガラガラしてから部屋へと行く。自分の部屋とはいっても姉と共用の部屋のため、対姉用のセキュリティーは皆無ではある。しかしある程度のプライバシーは守られているのでよしとしよう。
ノートに鉛筆、消しゴムに色ペンを用意したのちに机へ向かう。
何を書く?当然自分の現状に関してだ。どっちの世界もホンモノと断定した今、知りうる限りの情報を書き連ねて今世の人生をより有利に進めるのだ。自分の設定だったりヒロイン悪役親友等々の情報を吐き出し、今後の危機を事前に察知するのである。そうして危機をゆとりをもって回避する。石橋を事前の偵察によって危ないか危なくないかを判断する戦法だ。
ふふふふ。
ガリガリと情報を書く。時々天井を見上げて記憶を掘り起こしつつ書く。
あ、そうだ。簡易的ではあるものの相関図も書いてみよう。図があると解りやすいからね。
そうして数十分後に出来上がったノートを見返してみる。
端的に言おう。
酷い出来だ。平均以下も甚だしい。赤点だ赤点。
だいたいなんだ。俺の設定の一番最初に“入学早々に壺を割って借金を背負う”って。いやまあ、確かにそうだった。高等部からの外部生として入学した主人公は、凄すぎる学園にキョロキョロしながら歩いていたために前方不注意で壺を引っ掛けて倒し、割ってしまうのだ。入学初日に数百万円の借金を背負うことになったのは衝撃的だった。しかし主人公のインパクトはそれしかなかったためにそれ以外の情報がカスである。なんなんだ好きな食べ物“白いご飯”って。みんな好きだわ。
「だぁー!!」
ベッドに倒れこむ。ベッドはいい。全身を包み込んでくれる。そこで眠れば疲れも吹き飛ぶ。炬燵で寝てみろ。ひと時の幸せを味わえるが朝まで寝過ごせば翌日は地獄だ。謎の軋みが全身を襲う。
だいたいアレだ。そもそも学園入学の時期が作品内では高等部からなのに俺は初等部から入学していることがまずおかしい。作品とのずれがある。しかもドラマを全部見ていないから知っている情報そのものがまず少ない。ながら見していたせいで内容も全く覚えていないのも痛い。フルネームで覚えているキャラが主人公しかいないのは大問題だ。悪役女子に関しては“ツーサイドアップの女の子”ときた。ツーサイドアップは全員敵なのだろうか。
「なぜ俺はちゃんとドラマを見なかったんだよ…。」
妹の『お兄!ちゃんと見ないと後悔するよ!』という言葉が蘇る。あの時は最近女子の間で流行っているから彼女との話題に絶対必要、という意味だった。よって『ワハハハ。俺に彼女などおらん!』と妹の忠告を一蹴したのだが、まさかこんな形で妹の予言が成就するとは。原作漫画貸してあげると言われたり、アニメを一緒に見よと言われたりしたなぁ。
「ああぁぁあぁ…。妹様。今更ですが貸してくだされ。一緒に見て下され。」
ベッドの上で五体投地しながら「妹様ぁ…妹様ぁ…」と呟く。
「何?幸ちゃん妹が欲しいの?」
「ぬわあ!里佳姉!?」
ドアの方から我が家の長女の声が聞こえてガバリと振り返る。
不味い、聞かれたか?と思ったが、考えてみれば俺の今の行動は妹が欲しいと悶えているだけだ。キモイだけで不味くは無いな。ヤバイだけだ。頭が。というか里佳姉も里佳姉だ。ドアから顔半分だけ出してコッチを見るのをヤメロ。なんか怖ぇよ。ホラーかよ。
「妹、欲しいの?」
「……。まあどちらかと言えば。」
なんか嘘をついたら呪われそうだったので正直に答える。
ついでに具体的に言えば、黒髪ロングの垂れ目で俺のことを“お兄”と呼び胸はあんまりおっきくならないあのラブコメ作品のファンな女の子な妹が欲しい。前世の妹かな?前世の妹だな。持ち前の知識で俺をサポートしてくれるとなお助かる。
なんてムフフと考えていると里佳姉が乱れた髪のままヨロヨロと部屋に入ってきた。リビングのソファーで変な寝方をするから髪がぐしゃぐしゃになるのだ。っていうか乱れた髪とヨロけた歩き方が合わさると怖ぇな。ちょっと引いてしまう程だ。
と思ったらピタリと立ち止まった。なんかもう里佳姉の一挙手一投足が怖くてビクってしてしまう。
「実はね…、私も妹欲しい!」
そして胸を張ってバーンと宣言された。ああ、うん。そっか。手櫛でもいいから髪を直そうね。
そうこう思っているうちに「とう!」と言ってダイブしてくるお姉さま。なぜ!?もう全部いきなりだな!
宙を舞うお姉さま。俺の方へと飛んでくるお姉さま。そのまま ―――
「ぐえっ。」
――― 俺に着陸。
痛ぁあ!この年代の三歳差は大きいんだぞ!
そんな俺の思いを汲み取ることなくお姉さまはキャッキャと俺の上でバタ足をする。
「妹にカワイイ服をいっぱい着させてあげたい!私のおさがりの服を着せてみたい!二人で姉妹コーデをしてみたい!あー…、妹がいたら夢が、広がる…。」
「泳ぎ終わった?なら退いてくれ。重…「あ?」…くはないな。うん。」
姉の威圧に怯む俺。そうだった。女性は羽のように軽いのだった。それも前世の妹に教えてもらっていたのだった。やはり前世の妹のサポートは必要不可欠であると瞳を潤ませながら実感する。
前世の年齢を足せばアラサーになる男は女子小学生の威圧の前に容易に屈して半ベソかきながら項垂れた。
だって、怖いんだもん。俺は平和主義者なのだ。
というか、ハァ…。
俺は背中に実の姉を乗せたまま、秘密のノートの件を思い出してため息を吐く。本当にどうしようか。俺は碌な情報を持っておらず、十年後くらいには楽しい借金生活が待っていると来た。ため息も出る。まったく、どうすればいいのか。
「里佳姉、そろそろマジでどいてくれ。足が痺れてきたよ。」
「それは大変。ここ?」
「無邪気が痛い!」
痺れたところを楽しそうに押さないで!
ああ!ビリビリジワーンってする!
002終
一年生の話はすっ飛んでいますがこれは二話で間違いありません。