君は内緒のユーチューバー
今作はカクヨムの公式企画KAC2022用に書き下ろした作品で、この時のお題は「推し活」でした。
カクヨムでのタイトルは「推し活って何だろうね」です。
ゴールデンウィーク直前の放課後の教室。
ようやくグループ課題のまとめを終えた青葉大和が顔を上げると、教室の隅で山形彩弓が熱心にスマホを見ているのが目に入った。
「山形さん、終わったけど」
大和の呼びかけに彩弓は顔を上げると、「どれどれ」と机においた用紙を覗き込む。
「うん、いいんじゃないかな。お疲れさん」
そう言って「もうサボらないでよ」と彩弓がへニャリと笑うと、大和は適当に返事をしつつ伸びをして、彼女の手元のスマホをチラッと見た。
「熱心に何見てたの?」
彼女がイヤホンをつけてたので、おそらく動画か何かだろう。大和としても、本音を言えば特に気になったわけではない。しかしグループリーダーとはいえ、最後まで律儀に大和に付き合ってくれた彩弓には、一応何か話しかけたほうがいいような気がしたのだ。
大和と彩弓は、高ニで初めてクラスメイトになった以外特に接点はなく、今回の課題ではじめて最低限の会話をした程度の仲だ。特に好きでも嫌いでもない、ただのクラスメイト。正直互いのフルネームでさえ、今回グループが一緒になったことでやっと覚えたかもしれない。――いや、それは大和だけかもしれないけれど。
彩弓は大和の問いかけに一瞬目をぱちくりとさせた後、大きく笑ってスマホの画面を大和に見せてきた。
「これ? 最近ハマってる動画なの。見て見て、かっこいいんだよ。RENってコンビなんだけどね」
そう言って音声付きで流れたのは、二人の男女が踊っている動画だ。いわゆる踊ってみた、とかいうやつだ。女声ボーカルのポップな曲に合わせて踊るそれを見て、今度は大和のほうが目を瞬かせた。
踊る二人は顔を隠すためか、女性は白い普通のマスクを、男性の方は口元以外を覆う大きな仮面をかぶっていた。
「へえ……。えっと、山形さん、ダンス好きなの?」
「好き。見る専門だけど。私運動音痴だから、体育でも苦労してるんだよぉ。こんな風に踊れたら気持ちいいだろうなぁ。特にこの二人の動画が一番好きなの」
またもや「かっこいい」とうっとり動画を眺める彩弓は、かすかに耳を赤くした大和に気づいていない。大和は軽く自分の頬を指でかいた。
「かっこいいって、顔も見えてないじゃん。すっげぇ不細工かもよ?」
多分若いだろう、くらいしかわからない見た目だ。大和の意見は至極当然だったが、振り返った彩弓は、大和の言葉にカチンときたように頬を膨らませた。
(なんだこれ。しっかりものの女子が拗ねた顔って、何かのご褒美か?)
一瞬そんなことを考えるくらい可愛らしい雰囲気になった彩弓に、大和は驚きながら目を瞬かせる。
(今まで気にしたことがなかったけど――あれ……山形さんて、実はかなり可愛くね?)
急に世界が色づいたような不思議な感覚に、大和は首をかしげた。
彩弓が「男は顔じゃない」などと呟くのが聞こえ、彼女への好感度がさらに急上昇する。
「顔はね、別にいいのよ。踊りがかっこいいんだから! ほらほら、こっちの女の子見てよ。レネちゃんっていうんだけどね、レネちゃんは華奢なのに動きがダイナミックだし、男の子はまぁくんっていうんだけど、背が高いし、レネちゃんのサポートとか軽々するし、何より踊りうまいし、めちゃくちゃかっこいいの! ほらここ! 今のターン見た? すごいでしょ?」
プンッと効果音が付きそうな顔の彩弓のすねた顔は、例えるなら頬袋に好物を詰めたリスのようだ。彼女が小柄なので余計にそう感じるのかもしれない。それでも自分の好きなものを語る彼女の目は子供のようにキラキラしていて、大和は吹き出しそうなのをどうにかこらえ、「ごめんごめん」と謝った。
「いや、ほんと、悪かったよ。人の推しを貶める気はなかったんだ。ルール違反だったよな。ごめん」
そう言って改めて画面を見ると、彩弓も「許す」と言ってスマホに目を戻した。
「俺、この曲のほうが好きだけどな。ガッチャンの曲でしょ。『暁の風の中で』だったよね」
「えっ? 青葉君知ってるの? この人まだ、あまり曲出してないよね」
その答えで、彼女もこのクリエイターのファンだとわかり、大和は心の中でにんまりした。
「知ってる。最初はボーカロイドオンリーだったけど、最近マーガレットってボーカルが入ったじゃない」
マーガレットは、最近ガッチャンとコンビを組んでいる、今この曲を歌っている女性の歌い手だ。
もっとも、マーガレットは顔出しをしていないので男だという可能性もあるが、大和は女性だと信じている。
「マーガレット、よくない? 女の子だけど、声のどすが聞いてて」
「どすって……」
女の子への褒め言葉ではないような……と呟かれ、慌てて大和は手を振った。
「いやいやいや、褒めてるから。迫力あってかっこいいじゃん。バラードもポップもいけるし、いいコンビ組んだなと思ってたんだよ」
そう言って大和がマーガレットが参加している曲のタイトルを上げていくと、褒めているのが本心だと理解したらしい彩弓がにっこり笑った。
「へへっ、そっかぁ。通じる友達いなかったから、なんか嬉しいな」
「そうなんだ?」
「うん。すっごく嬉しい」
子供のようににっこり笑って頷いた彩弓に誘われ、課題を出したその足で駅前のファストフード店に行った。
「さすがに腹減ったわ」
「それ、おやつというより一食分じゃない?」
「育ち盛りだからな」
普通にLセットを頼んだ大和のトレーに彩弓が目を丸くするが、そういう彼女のトレーもパンケーキとカフェラテで、まあまあのボリュームだ。
「青葉君、結構大きいよね?」
「そうでもない。今172だし」
「そうなの? もっと大きく見えるね。猫背なのがもったいないけど」
「ああ、それ姉ちゃんにもよく言われる。背筋伸ばせば男前度が三割アップだって。余計なお世話じゃね?」
兄弟の話に下の子らしい表情になった大和に、彩弓がふにゃっと笑った。
「青葉君、お姉ちゃんいるんだ。いいなぁ、私もお姉ちゃんがほしかったよ」
「姉貴なんてうるさいだけだぜ? 山形さんは? 一人っ子?」
「中学生の弟がいる。でも全然姉扱いしてくれないの。生意気なのぉ。ううっ、私もうるさいだけって思われてるのかも」
そう言いつつ、きっと仲がいいのだろう。彩弓の楽しそうな顔に、大和も
「俺は弟が欲しかったな」
と話を合わせて、バーガーの最後の一口を頬張った。
(ん? 女子と二人で飯食うのって初めてじゃないか?)
ちらりとそんなことに気づくも、別にデートじゃないしと気にしないことにする。事実、目の前の相手はまったく気にしていないのだから。
そのまま彩弓のREN愛を聞き、大和がガッチャンの好きなところを上げ、あっという間に時間が過ぎた。
「こういう素人さんへの推し活って難しいよね。アイドルとかならグッズ買ったりもできるけど、せいぜいこうやって愛を語ることしかできないんだもん」
「語るだけでも十分だと思うけどね。なんなら応援コメントも入れれば本人にも届くだろうし。入れてないの?」
「入れてない」
「なんで?」
素朴な疑問に、なぜか彩弓の顔が真っ赤になる。大和が首をかしげて答えを待っていると、彼女がようやく口を開いた。
「だって、痛いファンがいるって引かれたら嫌じゃない。コメントだってかっこいい! とかしか書けないし?」
ボキャブラリー足りないんだよと泣き真似をするので、大和もついふざけて「よしよし」と、離れたところから形だけのエア頭なでなでをした。
「いいんじゃね? 短くても通じるし、多分喜ばれるよ」
「そうかな」
「俺はそう思う。――っ!――――えっと、そろそろ帰ろうか」
大和は彩弓の満面の笑みに突然どぎまぎし、時計を見るふりをして帰る提案をする。実際外も薄暗くなってきた。
「山形さん、家どっち。バス? 電車?」
普段から姉に「女の子はちゃんと守れや、こら」と言われていることを思い出し、自然とそう尋ねたのだが、彩弓は虚を突かれたような顔をして少し頬を染めた。
「電車。ヒガシ町のほうだよ。青葉君は?」
「俺は歩き。ここから近いんだ」
じゃあ送る必要もないなという大和に、彩弓が口の中で(無自覚天然王子って噂、本当だったんだ)といった言葉は聞こえない。
二人はもとから友達だったかのように、普通に手を振って別れた。
***
その後、青葉家。
「姉ちゃん、新作の振り付けするぞ!」
「何よ、やまくん。昨日までもうやらないって文句言ってたくせに」
「気が変わった。せっかく連休だし、新しいの撮りたくなった」
「ほんと? やった。実はもう曲選んであったんだ」
そんな会話が交わされていたり――。
一方山形家では。
「知彰くん、ただいまぁ。聞いて! クラスの子が、ちいくんの曲好きって言ってたのぉ。私の歌もかっこいいって」
「だから前からそう言ったじゃん、バカあゆ」
「バカじゃありません。お姉ちゃんです。でも今日は嬉しかったから許しちゃう」
なんて会話が交わされていたり――。
互いが互いの推しであることを知らないまま、いずれコラボをすることになるのだけれど、今はまだ、お互い知る由もなかった――。
Fin
きっとこの先には、ラブコメ的展開が待っていることでしょう。