02-01.特務隊発足
異世界自衛隊は今までと全く違う、新たな性質の部隊を発足させようとしていた。
主な任務はトラホルン国内を放浪しての遊撃と、トラホルン語を駆使しての現地調査である。
これまで駐屯地の中に籠って、領民からの依頼があれば魔獣などを討伐し、または部隊を派遣して警戒任務にあたるということを繰り返してきたのだったが、積極的に国内の怪物を討ち果たしに行くということである。
そしてかつまた、行方のしれない刈谷ユウスケの足取りを追跡調査するという事も任務に含まれていた。
その新設部隊は試験的に小隊規模で編成されることになり、その長に推挙されたのが木下ハジメ3等陸尉であった。
「このたびは異世界自衛隊の規範や常識にとらわれない、全く新しい性質の部隊づくりが求められている。その長には貴様が適任であろうと考えてな。私の方から推薦しておいたのだが、方面から打診が来た。どうだ木下、やってみる気はあるか?」
連隊長室に唐突に呼び出されて何の話かとビビっていたハジメは、思わず身を乗り出した。
「ありがてえ、サエちゃん連隊長! やります! やらせていただきますっ!」
「サエちゃん……?」
「あ、すんません」
口さがない木下ハジメは、タモツと話すときには戸田3佐のことをサエちゃん連隊長と勝手に呼んでいたのだったが、それが思わず出てしまっていた。
「まあ良い。他の者がいる前でそんな呼ばれ方をされるとこちらも困るがな」
「あ、もしかして私も二人きりの時はサエちゃん連隊長とお呼びしても……?」
「貴様はダメだ。セクハラの罪を償ってからだっ!」
タモツの申し出はあっさり却下された。部下であるハジメの転属話のためにタモツも連隊長室に呼ばれていたのである。
「特務隊の正式な発足は3か月後だ。すでに各部隊から志願者をつのるための準備はできている。選考基準は一芸に秀でたものや、総合的な能力は高いが自衛隊の規格をはみだしているような隊員とのことだ。方面は特務隊に異世界自衛隊変革の起爆剤となることを期待している」
戸田冴子はハジメに向かってそう言った。
「自衛隊の武器装備、および活動資金は潤沢に与えられる予定だが、着るものは自衛隊の旧戦闘服や迷彩服ではなく現地人と同じ格好になる。武装も自衛隊装備に限らず、トラホルンで流通している剣や斧、槍や弓などを自由に使え」
「おお。なんか面白くなってきたなあ」
ハジメはやる気に満ちた表情をしていた。
「各駐屯地から急募した隊員たちの選考書類が一か月後には上がってくるだろう。隊長となる貴様もその人員選考に加わることになる。
方面総監部のあるこのカリザトが一応は貴様らの原駐屯地ということになるが、武器装備などの供給は第3普通科連隊経由で与えられる」
「トラホルン各地を放浪するということでしたが、トラザムやイェルベに立ち寄って補給を受けることは可能なのですか?」
タモツがふと思った疑問を口にした。
「各連隊に打診して弾薬などを分けてもらうということは可能だろうが、あとは交渉次第だ。どこも武器などが余っているわけではないからな。怪物退治の尖兵として特務隊は特別待遇を受けることにはなるが、各連隊には各駐屯地及び付近の村や街を防衛する任務がある」
「弾薬を節約するとなると、この世界の武器にも慣れておかないとならねえすね」
ハジメは戸田連隊長の顔を見て言った。
「それらの采配は全て貴様に一任されることになる。新設部隊をどのように運用するか、試案としてのガイドラインはあるが、実際のところは貴様次第というところだ。貴様にとってはやりがいがある仕事だろう」
「おうよ! 今から楽しみですっ」
それからハジメは方面に呼び出され、正式に特務隊長の職責を拝命した。
方面総司令部はカリザト駐屯地の奥に存在している、いわば駐屯地内駐屯地である。
異世界自衛隊第三の駐屯地であるカリザト駐屯地は王都に最も近く位置している。
方面総司令部は、元は第一駐屯地であるトラザムにあったのだが、カリザト駐屯地の新設と共に移転した。同時にトラザムは紙の生産拠点および補給基地という形に、駐屯地の性質を変えることになった。
ハジメは方面総司令部の営門をくぐり、方面総監から辞令を受けたのち、方面幕僚会議に参列することになった。そこで居並ぶお偉いさんたちから特務隊に求められる課題などを言い渡され、ひたすら、
「はいっ」
「はいっ」
を繰り返すうちに会議は終わった。
転生者たちの集まりである幕僚たちの見た目が、思ったより若かったのがハジメには印象的だった。
それから一か月後、連隊幹部室で集まってきた書類を眺めながらハジメは呻吟していた。
特務隊がスタートするまでのハジメの現在の立場は、便宜上連隊づき幹部ということになっている。
自分に与えられたデスクの上に書類を広げ、合格のものを左に、不合格の者を右に選り分けてみた。保留の者を真ん中に置いて、どうするかハジメは悩んでいる。
ハジメの一存ですべてが決まるわけではないとなっていたが、選考のたたき台をハジメが提案して、あと二人の連隊幹部がそれに賛同するか否定するかという形になっていた。
ただ、二人とも実務者であるハジメの意向を尊重すると言ってくれたので、事実上はハジメに決定権があるようなものだった。
小隊規模ということで、部隊の人員はハジメ自身を含んで20人というのが選考の基準である。
現実世界でも格闘技をやっていたという2連隊の岡崎1曹は文句なしで合格だった。身長2メートルの巨漢で、ハジメより3つ年下の22歳。近接戦闘では即戦力になるだろう。この男の名前はハジメのところにも聞こえてきていた。
炊事の経験が豊富という隊員もハジメは重視して合格を決めた。毎日の飯がまずくては話にならない。
前世で糧食班勤務経験が長かったという金井1曹と、調理師専門学校を出て免許持ちだという双葉2曹にハジメは着目した。
さらに地図の製作が趣味だという横田2曹も面白いとハジメは思った。課業外の余った時間にひたすら地図を作っているらしい。
射撃や近接戦闘ではあまり役立ちそうにないが、こういう変人は運用の仕方で使いものになるだろう。
なんでもそつなくこなしそうなバランス型の隊員についてもいたほうがいいだろうとハジメは思った。
その選考基準にかないそうなのは、岸井1曹と押井2曹。
どちらも顔を見たことが無いからどんな人間かは分からないが、これと言った特技は見当たらないものの総合能力が高そうな隊員であった。部隊長からの推薦の文言を見る限り人付き合いなどに問題もなさそうだ。
3連隊からの応募者では「怪物図鑑」の挿絵で各駐屯地に知られた安部2曹の書類もあった。ハジメはニヤリとして合格の組にその書類を重ねた。
それから前衛の前に配置する斥候員としては足の速いやつが欲しい、とハジメは思った。
体力検定の結果を重視して、素早く動けそうな隊員を5名ほどピックアップした。
このへんあたりまでは割とトントン拍子に決まったのだが、あとは悩むことになった。
どいつもこいつも、一癖も二癖もあるような連中ばかりだ。
特にハジメが悩んだのは、鎧塚2曹という第3連隊きっての、いや、異世界自衛隊きっての変人だった。
鎧塚2曹は音に聞こえる射撃の名手で、特に超遠距離からのスナイピングに定評がある。
が、それ以上に彼の名前を知らしめているのは、
<25年間、昇進を拒否し続けている>
という逸話であった。
そんなのは異例中の異例で、そもそもそんなことが許されるのかとハジメは最初に聞いたときに驚いたものだった。
とにかく人の上に立つことが嫌いらしい。吃音もちであまり人と打ち解けず孤独を好む。転生者であると推薦文に書いてある。
「転生者っていうこと以外、推薦文に書くようなことじゃねえな」
と、思わずハジメは苦笑してしまった。
もし採用すれば特務隊ではぶっちぎりの異世界経験者で大先輩ということになる。
転生者出身ということなら、異世界自衛隊歴は下手したら30年以上か。
それでいて、2曹以上を条件として採用する特務隊の中で、昇進拒否のために序列は最下位になるのである。つまり一番の下っ端だ。
「どうすっかなあ……。周りの連中がやりにくいか?」
ハジメは思わず独り言を言った。
鎧塚マモルは第3連隊第4中隊、第1小隊に所属していた。
異世界年齢では38とあるが、白髪交じりで見た目はもっと老けて見える。小柄で筋肉質、寡黙な男である。
中隊が違うのでハジメは一緒に戦ったことは無かったが、食堂などでたまにすれ違うことはあった。
昔、ちょっと興味を持った時に4中隊の知り合いに話を聞いてみたことがあるのだが、扱いに困るしやりにくい相手だという話だった。
「どう転ぶか分かんねえけど、採用してみっか」
タモツは鎧塚2曹の選考書類を合格のほうに重ねた。
その後、合格と仮合格、不合格の書類を二人の連隊幹部のほうに回してそれぞれの意見を聞き、最終結果としてまとめたものを点検確認してハジメは戸田連隊長のもとにそれを提出した。
「採用案は決まったか。私の方でも一応目を通させてもらおう」
戸田は素早く選考書類に目を通し、それらをトントンとデスクの上で整えたあと、ハジメを見てうなずいた。
「悪くない人選だと思う。鎧塚2曹を採用したか」
「そこ、正直迷いましたけどね」
「能力が高くて規格外の人物ということなら文句なしに採用だろうとは思っていたがな」
「部隊の融和ってやつ? そういうのも一応は考えるじゃないですか」
ハジメの言い分に、戸田は軽く驚いたようだった。
「貴様はそういうのは一切気にせずにワンマンで行くのかと思っていたぞ」
「えー? 俺連隊長にどういう人間だと思われてるんすか」
「ああ、いや、すまん。木下、貴様は己の戦闘技量だけで人を引っ張っていくタイプかと思っていたが、意外と管理職に向いているのかもしれんな」
戸田冴子3佐は口元にわずかな笑みを浮かべた。