01-06.王子
結論から言うと、タモツたちの探索はさしたる成果を上げなかった。
四年前に王都で見慣れない顔立ちの、目元に変な飾り物を着けた乞食を見たという証言にたどり着いたくらいだった。
どうやら異世界自衛隊を除隊したのち刈谷は王都ボルハンへ向かったようだが、食い詰めたものらしかった。
その後どういう経緯でか、何者かに拾われて魔導を身に着けたのかどうなのか。
詳しいことはよくわからないまま一か月の探索期間は打ち切られた。
そんな中、ある日王都からカリザト駐屯地へ来客があった。
やってきたのはトラホルン王家の第四王子である。駐屯地司令室の応接間で会談は行われた。
その王子はトラホルン人にしては色が浅黒く長身で、豊かな黒髪と長いまつげが印象的な黒い瞳をしていた。一言で、美青年といって良かった。
異世界自衛隊を信頼しているという証のつもりなのか、最小限の護衛と魔導士数名のみを連れての来訪である。
「これはようこそ、ギスリム殿下」
駐屯地司令の田辺ナオマサ1佐がそう言って日本式に頭を下げた。
通訳の調査隊長がギスリム王子に向かって伝達した。
ギスリムは鷹揚にうなずいて、人好きのする明るい笑顔を向けてきた。
タモツとハジメ、それから戸田3佐もその場に居合わせることになった。
刈谷ユウスケによる襲撃事件を受けて、その説明のために同席を求められたからであった。
「王子は王家の中で最も魔導に精通していらっしゃり、王国の白魔導士を束ねる地位におられます。このたび方面からの依頼を受けて、魔導による外部からの侵入を防ぐ<結界>を作るために自らお越しいただきました」
調査隊長は異世界自衛隊側の面々にそう説明した。
ギスリムは彼らを見て何事かを言った。調査隊長は通訳をした。
「私はギスリム・ハールバルムである。王家の次男だが私生児のため王位継承権は第四位だ。王族とはいえ肩身の狭い立場。そなたたちもあまりかしこまらなくてもよい、とおっしゃっています」
それからギスリム王子は戸田3佐のほうを見て何事かを言った。調査隊長は、ちょっと訳しにくそうに言った。
「その……、戸田3佐。そなたはとても美しいな。私の第三夫人になる気はないか? とおっしゃっています」
「謹んで、お断り申し上げます」
調査隊長が訳すと、ギスリム王子は快活な笑い声をあげた。
「それはさておき、さっそく駐屯地の中に魔導の結界を張る作業に当たらせよう。その間、その襲撃者について確認しておきたい」
調査隊長がギスリム王子の言葉を続けた。
「その元自衛官は短期間で魔導を身に着けたという事だが、それはカディールに伝わるジッドという秘薬を口にしたのだろう。それを飲めばたちまちのうちに魔導に開眼するという魔法の薬だが、運が悪ければ即座に死に至る。そして、生き延びたとしても大きく寿命を失うとされているものだ」
「なるほど……」
田辺駐屯地司令がうなずいた。
「刈谷ユウスケは短刀に呪詛を込めた、と言っていました。その呪いのようなもので私の身体を操ったのです」
戸田連隊長が言い、ただちに訳された。
ギスリム王子は少しだけ考えて言った。
「我がトラホルンでは呪詛の魔導は伝承されていない。バルゴサはそもそも魔導を重視していない。もっともあり得るのはカディールの黒魔導士に師事してそれを身に着けたという可能性だろう。配下のものたちに調査を命じる」
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
田辺駐屯地司令がそう言って頭を下げた。
「それから条約についてのことだが……」
と、調査隊長は駐屯地司令のほうを見てギスリム王子の言葉を伝えた。
「今後、異世界自衛隊とトラホルン王国は一蓮托生、トラホルンに攻め入る敵があれば異世界自衛隊はトラホルン軍と共にこれを迎え撃って戦う、という事で良いのだな?」
「方面総司令部は、会議によってそれを議決しました。今後異世界自衛隊は、外国からの攻撃に対してはトラホルン王国を守って戦うものと理解していただいて結構です」
田辺駐屯地司令は重々しくうなずいた。
その一言は、大きいく重いものであった。成立から40年もの間、国家間の戦争に対しては長く曖昧な立場を貫いてきた異世界自衛隊が、正式にトラホルン配下の軍隊として存在を定義しなおすことになったからである。
タモツは自分が歴史の転換点を目にしているのだということに感慨を覚えていた。
「ただし、我々が掲げる理念はあくまでも専守防衛。それに変わりはありません。もしトラホルン王国が他国を占領しようという場合、その侵略戦争に我々が加担することはありません」
田辺司令は、その線引きについてはキッパリと断言した。
「攻められれば戦うが、自らは決して他国を攻めない。不思議な考えだが、そなたらの理念は尊重しよう」
ギスリム王子はそう請け合った。
「こちらとしては聞きたい言葉はもらった。結界の構成にはまだ時間がかかるだろう。私はそなたたち異世界自衛隊がどのような者たちなのか、以前からいたく興味を持っていた。見ても構わなければだが、駐屯地の中を案内してはくれないだろうか?」
田辺司令は少しの間考えたが、この王子は今後自衛隊とトラホルンのパイプ役になると判断したのか、信頼を得るために自衛隊の実情を明かすことに決めたようだ。
「いいでしょう。ここにいる沖沢タモツ2尉と木下ハジメ3尉に連隊を案内させましょう。二人とも独学でトラホルン語を少し学んでいます」
「え、俺たちがですか?」
とハジメが思わず言った。
「承りました。ご案内します」
タモツは駐屯地司令と連隊長にうなずいて、ギスリム王子を引率した。ハジメは後ろから黙ってついてきた。
「護衛の方たちは申し訳ないのですがご遠慮願いたい」
田辺司令が言うとギスリムの護衛たちは難色を示したが、王子が待つように言うと渋々従った。
「まずはいきなりですが、武器庫をご案内します」
タモツは連隊の武器庫にギスリム王子を連れて行った。
木製の小屋の中に、異世界に転送されてきた陸上自衛隊の武器の数々が整然と並べられている。
「これは、どういうものだ……」
ギスリム王子は唖然とした様子で、自衛隊の武器を見回した。
「短剣のようなものは分かるが、鉄でできた筒のようなものが多いな。これは棍棒なのか?」
「打撃武器として使う使い方もあります。ですが、この武器の本来の使い方は違います」
タモツはどう説明をしたものか考えながら、知っている単語を頭の中から探した。
「火薬、というものがあるのはご存じでしょうか。火をつけると破裂する粉のようなものです。それを利用して筒の先から鉛の弾を撃ちだして敵を打ち抜きます」
「……」
ギスリム王子はしばらくの間、その言葉を頭の中で反芻しながら木製の銃架に立てかけられた64式小銃をじーっと見つめていた。
「これを我々も真似して作れば、勇気に欠ける兵隊であっても遠くから敵を打ち倒すことができそうだな。弓や石弓よりも扱いやすそうだ。弾を撃ちだすための筒が長いのは、弾道を安定させるためか……」
ギスリム王子は感心したようにつぶやいていた。
逆に、タモツは王子の明敏さに驚かされる形になった。
生れて初めて見る謎の兵器を前にして、いち早くその構造を把握しようとし、なおかつ実際の運用にまで思いを馳せるとは。
「駐屯地の外に飾られている、あの鉄の大きな小屋のようなものはなんというのだ?」
「ああ、戦車のことですか?」
ハジメが言った。
「あれは燃料……なんつうか、燃える水のようなものがあれば動きます。動いて敵を引きつぶしたり、でっかい鉄の弾を撃ち出したりできます」
「!? あれが動くだと?」
ギスリムは衝撃を受けたようだった。
「はい。ちゃんと動くならですが、馬くらいの速度は出ますよ」
「……」
ギスリムは言葉も出ないようだった。
「私は不覚にも、そなたたち自衛隊がどういう者たちなのか全く知らずにいた。トラホルン人の多くはそうだろう。エサを与えておけば勝手に魔獣たちと戦ってくれる便利な番犬のように思っていた」
「はあ、そりゃあ、ずいぶんと率直なおっしゃりようで」
ハジメが呆れたように言った。
「ですが、我々の運用する武器は威力があっても使える数に限りがあります。どういうわけだか駐屯地の近くに転送されてくる武器を接収してこうして集めていますが、その数は十分とは言えません」
「なるほどな。それが異世界自衛隊の弱点か」
ギスリム王子はうなずいた。
それから三人は武器庫を退出し、あとは中隊の事務室や連隊長室、営内居室などを案内し、それから駐屯地に隣接する官舎村という施設を案内した。
「この村はなんだ?」
「上級の自衛官や結婚した自衛官が住む村ですが、買い物のできる施設、酒を飲んだり食事のできる施設、馬を貸し出す施設、それから他に、転生した自衛官を養う幼稚舎というものもあります」
「転生?」
「我々自衛官の中には別世界からそのままの姿で移動してきた人間と、赤ん坊に生まれ直した者がいるのです。にわかには信じられないかもしれませんが、先ほど殿下が気に入られた少女も、実は転生によって記憶を保持したまま赤ん坊から人生をやり直した人間です」
「なんだと?」
「正確には幼児期までは普通に育つようなのですが、突然前世の記憶に目覚めるそうです。皆そろって有能な人間として育つので、異世界自衛隊の中では貴族のような立場にあると思っていただいてよろしいかと思います」
「今日は驚かされることばかりだったな」
そろそろ結界を張る作業が終わったということで、タモツたちは駐屯地司令室に戻った。ギスリムの護衛たちは殿下の無事を確認してとても安心したようだった。
そこへ、作業を終えたという白魔導士たち4人がやってきた。
「今日は大変楽しかった、タモツ、あとはハジメと言ったか。また会いたいものだな」
駐屯地司令と調査隊長に礼を言った後、ギスリム王子はタモツたちの方を振り返った。
「それから念のためもう一度聞いておこう。冴子とやら、そなた、本当に私の夫人になる気はないのか?」
「改めてお断りいたします」
とりつくしまもなく戸田3佐は言い、それをハジメが通訳した。
ギスリム王子は愉快そうに笑ってから、去っていった。