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転移転生自衛隊 異世界自衛隊戦記  作者: FECT
第1章 異世界自衛隊
4/29

01-04.敵

ハジメの叫びに反応した冴子は気配を察して身をかわそうとしたが、左の肩口を切りつけられていた。


タモツは目の前に信じられないものを見ていた。

連隊長デスクの左後方、タモツからは向かって右側に、何か奇妙な空間の揺らぎのようなものが見えていた。

それは人間一人分くらいの大きさの蜃気楼のようなもので、向こう側の風景がゆがんで透けて見えていた。


そのもやのようなものの中から人間の腕が伸び、逆手に握った短刀が戸田冴子の左肩口を切りつけたのであった。

戸田は切り付けられた肩を抑えることもせずに素早くとびすさり、空間の揺らぎのようなものから距離を取った。

そして素早く腰から拳銃を抜き放ち、教範通りの綺麗なウィーバースタンスで2発銃弾を放った。


パン、パンッ!

部屋の中に乾いた発砲音が鳴り響いたが、驚いたことに見えない盾のようなものに銃弾はさえぎられたようだった。

戸田はさらに二発撃ち込んだが、それも謎の相手には通用しなかった。


「よんはーつ!」

自衛官が発砲数を数えるときの呼称を真似るように、冷やかすような口調でその声は言った。


「て、てめえは……っ!」

ハジメが絶句した。

もやの中から姿を現したのは、小柄な体格の若い男だった。

「刈谷、くん……?」

タモツは信じられない思いで相手の名前を口にした。


異世界風の見慣れぬ衣装を着た刈谷ユウスケがそこに立っていた。眼鏡をかけていなかったので一瞬誰か分からなかったが、声と背格好からして、本人に間違いはなかった。

植物性の繊維で編まれたミノのような衣服には呪文のようなものが書かれた小さな木札がいくつもぶら下げられている。

腰から下は魔獣の皮で出来ていると思われるズボンとブーツを身に着けていた。

それらはいずれも黒を基調としていて、どこか禍々しい雰囲気のいでたちであった。


「どうも、お久しぶりです沖沢さん」

刈谷はどこか人を見下すような、嘲るような口ぶりでタモツにあいさつをした。

「その階級章、2等陸尉にまでのぼりつめたんですね。さすがは元連隊長だったお人だ」


「刈谷君……。どうしてしまったんだ、君はすっかり変わってしまったね」

「そうかもしれませんね。でも、僕としては本来の自分を取り戻したつもりなんですよ」

「駐屯地の人たちを殺していたのは君なのか? 異世界自衛隊を辞めて君は何者になってしまったんだ?」

「それはこの場ではお答えしかねます」

刈谷はそう言って冷笑した。


「てめえ、なんの恨みがあって戸田連隊長を狙った? 恩義はあっても恨む筋じゃねえだろうがっ!」

「おや、木下くん。まさか君が3尉になっているなんて思いもしなかった」

「ざけんなコラっ。こっちの質問に答えろ!」

刈谷はハジメのことは無視するつもりのようだった。


「貴様、この世界の魔法を身に着けたのか?」

戸田3佐が銃口を刈谷に向けたまま静かにたずねた。

「その通りですよ。この世界ではその魔法の力を行使することをカディール語で<魔導>と呼びます。僕はちょっとした賭けに勝ちましてね。そのおかげで、自分が選ばれた人間だということを確信しました」

刈谷は自分一人で面白がるように言った。

「もしかして僕がイメチェンのためにコンタクト派になったかと思われたかもしれませんけど、それは違うんですよ。その賭けの副産物として視力が回復したんです。おかげでわずらわしさから解放されました」

ククク、と刈谷は含み笑いを漏らした。


「その賭けというのはなんだ、刈谷くん」

タモツは相手の隙を作るために、話を長引かせることを考えた。

先ほどの発砲音を聞きつけて、上野3曹が連隊長室に人を呼んできてくれるかもしれない。


「さあて、教えたものか秘密にしたものか……」

刈谷はずるそうにニヤついた顔をしてタモツのほうを見た。

前期教育時代に互いに読んだ本の話などをした刈谷ユウスケ2士と、同一人物ではないようにさえ思われた。


「問いただしても吐くつもりはないかもしれんが一応聞いておく。貴様の背後にいるのはどの勢力だ? カディール、バルゴサ、イサ、あるいは東方通商連合か?」

「さあ、どうでしょうね。あるいは北の最果てのライフェルかもしれませんよ?」

戸田冴子の問いを刈谷ユウスケはそう言ってはぐらかした。


「このクソガキがっ。てめえのバックについては後からたっぷり尋問でも拷問でもして聞き出してやるっ!」

ハジメが腰に装備していた護身用の銃剣を抜き放つ音が聞こえた。

タモツも覚悟を決めて、銃剣に手をやった。


今や刈谷ユウスケは異世界自衛隊に敵対する明確な敵であった。前期教育時代の思い出をタモツは捨てることにした。

怪しげな魔法だか<魔導>だかを操る危険な存在として、その命を取らなければならないかもしれない。

ハジメは生け捕りにして尋問をすると叫んでいたが、タモツは手加減の通用しない相手だと踏んでいた。

拳銃の弾を受け付けない盾のようなものの他に、何らかの攻撃手段も持っているのだろう。


「おや、そろそろですかね。僕の隙を伺うために話を伸ばそうとしていたのは分かっていたんですよ」

刈谷はタモツやハジメから一瞬視線を外し、戸田連隊長のほうを見た。

その隙をついて踏み出そうとしたハジメを、刈谷は嘲笑まじりに制止した。

「僕を攻撃するのはやめた方がいいですよ!? 先ほど呪詛を込めた短刀は戸田冴子さんの肩口をわずかにかすめました!」

「ああんっ!?」

ハジメは思わず踏みとどまった。

そして、タモツとハジメは戸田冴子を見た。戸田連隊長の様子は、何かおかしかった。


普段のような冷静な無表情はそこには無く、怯えたように顔面を蒼白にして全身はがたがたと震えている。

戸田は射撃姿勢を崩し、両手に構えていた拳銃を前後逆に持ち替えていた。

さかさまに持った拳銃の引き金に右手の親指をかけて、その銃口を口の中に飲み込もうとしていた。


「連隊長!?」

タモツは思わず叫んだ。形の良い唇が上下に開かれ、真珠のような前歯が銃の先端を噛むのをタモツは目にしていた。

「てめえっ! 連隊長にまじないをかけたのかっ!?」

「ご明察。呪詛は発動までに少し時間がかかりましてね。みなさんの思惑に乗ったふりをして時間を稼いでいたのは僕の方だったんですよ。美少女自衛官の自決シーンなんて、なかなか見られないイベントですから自分の目で見たいじゃないですか」

刈谷は嘲る口ぶりでそう言って笑った。

「まあ、美少女とはいっても中身は53歳のオバサンですけどね。まあその点もマニアックでいいのかな?」


「刈谷ァ、てめえっ!」

ハジメは刈谷に向かってすごんで見せたが、この状況に打つ手はないようだった。

タモツは刈谷をにらみつつ、刺激で不意に発砲などされないようにゆっくりと連隊長に近づいていった。


「連隊長、お体が思うように動かないのですか?」

戸田冴子は目で訴えてきた。どうやら肉体のコントロールが奪われているらしい。

(かなしばりにあったうえで、肉体を刈谷の呪術によって操作されているのだろうか? どうしたらいい?)

タモツは冴子の前に立って考えた。


(何かのショックを与えれば肉体のコントロールが戻ったりはしないだろうか? どうする? ひっぱたいてみるか?)

だが、それは危険なように思われた。冴子は親指を引き金にかけた拳銃の先を飲み込んでいる。

頬を叩いた衝撃で引き金を引かれてしまったら元も子もない。


(考えろ、考えるんだタモツ!)

時間はあまりなかった。冴子は意志の力で自分の右手の親指の動きを抑え込んでいるようだったが、それもいつまでも持たないだろうと思われた。

(くそっ! これしかないのかっ!?)


「連隊長、失礼いたしますっ!!」

タモツは大声で叫び、戸田冴子の胸を両掌でつかんだ。

「!!!!!っ」

冴子は思わず拳銃を取り落とした。


それを契機にハジメが刈谷に襲い掛かったようだが、タモツはそれを見ていなかった。

戸田冴子に思いきりグーで殴られていたからだった。

小柄な少女のパンチとはいっても戸田のそれはなかなかに強烈だった。


「た、大変失礼いたしましたっ!」

タモツはよろけながらそれだけを言うと、腰から銃剣を引き抜いて刈谷のほうに振り返った。

刈谷はどこで身に着けたのか、流麗と言ってもいいような短刀さばきでハジメの突き出す銃剣を受け流していた。


タモツは腰だめに銃剣を構えて体当たりしようと考えていたが、刈谷はハジメの攻撃を押しのけると、再び空間の揺らぎのようなものを出現させてその中に消えていった。

「待てやコラァっ!」

ハジメがその後を追いかけようと同じ場所に飛び込んだ時には、そのもやのようなものは綺麗に掻き消えて無くなっていた。


(ククク……。まさかセクハラで呪縛を破るとはね。面白い見世物でしたよ)

脳に直接響くような、心の声のようなものがふいに聞こえてきてタモツは驚いた。

「刈谷かっ! どこにいるっ!」

(これは<念話>と言いましてね。遠くから思念と思念で話をする技術です。互いの言語が通じなくても概略の話をすることもできる。なかなかに便利でしょう?)

刈谷はこちらの問いには答えずに、知識自慢をするような思念を送り込んできた。

「逃げるのか!? 刈谷っ!」

(今回は引き下がりますよ沖沢さん。だが、いつかまたお会いするかもしれません。それまでお元気で)

刈谷が送り込んでくる思念の気配のようなものは消え去った。


「なんだ、どうしたタモツ?」

「刈谷が魔導とやらで、僕の脳に直接メッセージを送ってきたようだ。今回は引き下がるが、また会うかもしれないと」

「あの野郎、ふざけやがって! ……と、逃げた野郎のことはひとまずどうでもいい」

ハジメは冴子が取り落とした拳銃を素早く拾い上げて安全装置をかけ、中に入っていた残りの弾丸も念のため取り出した。

タモツも戸田連隊長に歩み寄った。

「連隊長、ご無事ですか? お体は動きますか!?」


「沖沢、貴様……」

戸田はさきほどからわなわなと体を震わせていた。その顔は珍しく紅潮している。

「貴様に対する私の信頼ポイントは、さっき53ポイント下がったーっ!!」

「えええええっ!?」

タモツは思わず狼狽した。


怒りに体を震わせながら、冴子はのしのしと連隊長室から出ていこうとし、ふと立ち止まってこちらを振り返った。

「どうして私が自分の部屋から出ていかなければならないのだーっ!!」

タモツたちに向かって叫んでいる冴子の目には、うっすら涙が浮かんでいるように見えた。

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