01-03.出世
前期教育を終え、タモツとハジメは後期教育は普通科に進んだ。
もっとも、異世界自衛隊に置いては現実世界よりも選べる職種は少なかったのであるが。
特に、車両運用が前提となる輸送科、および機甲化は兵科ごと存在していなかった。
異世界における自衛隊の武器装備などは何かの気まぐれのように駐屯地のそばに出現した。
その中にはまれに携行缶に入った石油燃料が存在することもあったが、あまりにも数量が少ないために車両を運行させるには足りな過ぎた。
それで、車両の類は野原に放置されたまま雨ざらしになっているのが現状だった。
タモツとハジメは後期教育の実地訓練でも目覚ましい戦果を挙げ、他の隊員たちがひるむ中で積極的に銃剣突撃を仕掛けて魔獣たちを倒し続けていた。
異世界に転移してきた隊員たちの中でも、短い期間でこの世界の理屈を飲み込んで怪物と戦うことに慣れてしまう者は決して多くないようだった。
タモツとハジメは後期教育期間中にも特別昇進を果たし、異世界転移から半年もたたずして陸士長の階級章をつけるまでに至っていた。
「よう、沖沢士長!」
昼休みの隊員食堂で機嫌よくハジメが話しかけてきた。
ここいいか? などとたずねることもなく、当然のようにタモツの隣の席に座ってくる。
「ご機嫌だな木下士長。陸士長に昇進したのがそんなに嬉しいのかい?」
「おうよ。年功序列でもらった階級章じゃなく、自分の実力でつかみ取った出世だからな!」
ハジメは異世界の硬いパンをちぎってスープに浸しながら笑った。
「実際のところお前だって悪い気はしないだろう? このまま順当に出世を重ねていけば、いつか元の階級まで戻れるんじゃねえのか」
「叩き上げで1等陸佐を目指すのかあ。道のりは遠いなあ。でもまあ、一応は遠い目標にしておくか」
「俺はこの世界で行けるところまで行くつもりだぜ。ここは俺の性にあっているし、元の世界よりよっぽどおもしれえ。まあ、飯はまずいけどな」
「現実世界に未練はないのかい?」
「あんまねえな。こっちのほうが生きてるっていう実感がわく」
「へえ」
ハジメがこの世界にいち早く順応していたことは知っていたが、そこまで思っているとは考えていなかった。
「お前はどうなんだ? あっちの世界に未練ばっかりか?」
「正直に言うと大ありだよ。毎晩、寝て起きたらすべてが夢だったらいいのにと思って眠りにつく」
「そうか。奥さんと子供さんがいるんだもんな。会いてえか? ……って、そりゃ当たり前か」
ハジメはパンをもしゃもしゃ食べながら言った。
「そうだね。特に娘とは転移前に喧嘩していたところだったから。せめて仲直りしておきたかった」
「そうかよ。そりゃせつねえな」
「ハジメは家族や友達に会いたくはないのかい?」
「うちは母子家庭だったが、母親は今頃新しい男とデキているんじゃねえかな。ろくでもねえ母親だったよ。産んでもらったことに感謝する気持ちも起きねえほどにな。ダチと呼べるような奴らはいたけど、困った時に助けてくれるような連中じゃねえな」
「そうなんだ」
元の世界でのハジメは孤独だったのだろうか。タモツはしんみりした気持ちになった。
******
タモツとハジメは後期教育終了後も順調に昇進を重ねた。
ハジメは命知らずのように勇猛に突撃し、常に部隊の先陣を切った。
タモツは初めて見る怪物でも、直感的に急所を探り当て、そこを的確に突き刺していった。
いつしか異世界転移から4年の歳月が流れ、その間にタモツは驚異的なスピードで昇進していた。
なんと、2等陸士からのたたき上げでたった4年で2等陸尉にまで上り詰めたのである。
<魔獣殺しのオキザワ>という異名まで取るようになり、短期間での魔獣討伐数は記録的な数字をたたき出していた。
ハジメはというと怪物の討伐数はタモツに及ばないものの、これもずば抜けた成績をあげて3等陸尉にまで昇進していた。
転移時に49歳だったタモツは53歳になり、20歳だったハジメは24歳になっている。
彼らの教育隊長であった戸田冴子はあれからすぐに3等陸尉に昇進し、連隊の幕僚として様々な作戦立案、改善案などを認められ、これまた驚異的な速さで3等陸佐にまで昇進していた。
異世界自衛隊は発足から40年ほど経過しているというが、彼らの昇進スピードはいずれも異例のものだった。
「沖沢2尉、入ります!」
「入れ!」
沖沢タモツは綺麗な入室要領を踏んで連隊長室に入室した。
連隊長デスクの向こうから、仏頂面の戸田冴子3佐がこちらを見ていた。
戸田冴子は転生組の中でもエリート中のエリートで、前世の記憶に覚醒してから放り込まれる幼年士官学校を抜群の成績で卒業していた。将来の大幹部として期待を寄せられている存在だった。
そして、つい一か月前からカリザト駐屯地の中核である第3普通科連隊の連隊長という重責を負っていた。
「なんだ沖沢」
能面のように表情に乏しい戸田冴子は、4年の歳月を経て美しい少女に成長していた。
「本日は意見具申に参りました!」
「ほう? なんだ」
「このほどの連続怪死事件についての、対策案についてであります」
「述べよ」
「はっ」
タモツは戸田連隊長に向かって話し始めた。
ここ数日、カリザト駐屯地内では連続して隊員たちが怪死していた。
真っ先に殺人が疑われたが、中には自殺と思えるようなものも混じっている。
そして、現実世界の道理では説明がつかないような不可思議な現象も確認されていた。
「この世界には魔法、というものが存在していると聞いています。私はこれを、異世界自衛隊に敵対心を持つ何者か、魔法を使える者による連続殺人事件ではないかと考えます」
「魔法か。確かにそういうものは存在しているようだ。トラホルン王国の首都ボルハンでは、王宮付きの魔導士という連中を育成して使役していると聞いている。しかし、王国が抱える白魔導士と呼ばれる魔導士たちはいわば国家公務員として厳しく行動を管理されているはずだ」
「はい。そうだとして、王国が認可しないモグリの魔導士、黒魔導士という連中も世の中にはいると聞いたことがあります」
冴子はふむ、と考えこんだ。
「それにしても沖沢、貴様ずいぶんとこの世界のことに詳しくなったようだな」
「はっ。木下3尉と自分は、積極的にこの世界のことを知るために休日は王都ボルハンに繰り出してトラホルン語を習得しておりました」
「ほう? 自衛官の中には異世界語を積極的に学ぼうという者は多くない。私も苦手だ。見上げた向上心だな」
「おほめいただきありがとうございます。そこで本題ですが、駐屯地内の全員にバディ行動をとらせることを駐屯地司令から命令していただき、互いを守りあうというのはいかがでしょうか」
「ふむ。悪くないな。警務隊はまだ犯人像を絞れていないようだし、内部の犯行という疑いも捨てきれないでいるようだ。噂好きの連中は死んだ自衛官の祟りだの、土地神の怒りだのといったオカルト話を流布しているというが。いずれにせよ、隊員相互に連携して互いを守るように二人一組で行動させるというのは良かろう」
戸田は満足そうに言った。
「駐屯地司令には私から進言しておく。沖沢、私の中でお前に対する信頼ポイントが1ポイント上がったぞ」
「はっ! ありがとうございます」
信頼ポイントが何点か貯まったら、何か素敵な景品でもいただけるのだろうか? とタモツは首をひねった。
沖沢タモツ2尉は第3普通科連隊第1中隊、第1普通科小隊の小隊長を務めている。
つい先日まで曹長だった木下ハジメは小隊陸曹としてタモツの補佐をしてくれていたが、晴れて幹部昇進を果たし、今は連隊付きの幹部として補給業務などについていた。
「早く2尉になって小隊長をやりてえ。前線に戻りてえよ」
「幹部になったら隊の運営全体を見なければならないからその研修だよ。3尉は見習い幹部みたいなものだからな」
愚痴をこぼすハジメをタモツはなだめた。
「くっそー。例のイベントの仕掛人、俺の目の前に現れねえかな。そいつをとっちめてやったらすぐに2尉にしてくれねえもんか」
「そいつをやっつけたら大手柄だろうね。駐屯地の全員が不安におびえているからな」
一日一人ずつのペースで、毎日誰かが不審な死を遂げるというこの状況は、魔物に襲われる恐怖とはまた違った不気味さがあった。
魔物が相手ならば武器を手にして勇気を出して戦えば、まだしも勝ち目があるかもしれない。
だが、正体不明の何者かをどのように警戒していいのか分からないし、どう戦えばいいのかも謎であった。
「とりあえず、駐屯地内の全員にバディ単位の行動を義務付けるっていう提案を連隊長にはしてきた」
「まじか。じゃあ俺とお前でバディだな。決まりだ」
ハジメは勝手にそう言ったが、タモツも正直ハジメと一緒に行動するなら心強かった。
タモツの提案はすぐに駐屯地司令のもとにあげられ、その日のうちに駐屯地中に通達が下った。
その翌日、死の連鎖はやんだ。
だが、不審死が途絶えたのはその一日だけだった。
翌日からは二人一組で隊員たちが怪死するようになり、隊員たちが死亡するペースは逆に上がってしまうことになった。
「申し訳ありません連隊長。私の案は何の役にも立ちませんでした」
タモツは連隊長室で冴子に詫びた。バディ行動が義務付けられているために、ハジメも一緒に入室していた。
「気にするな。私の中で貴様に対する信頼ポイントが1ポイント下がっただけだ」
タモツは思わずがくっとした。戸田のバディである上野3曹は三人に茶を入れるために退出していた。
「冗談だ沖沢、本気に受け取るな。私も良い案だと思ったから進言したのだ」
と、その時だった。
「あぶねえ、連隊長! よけろ!」
ハジメが突然叫んだ。