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転移転生自衛隊 異世界自衛隊戦記  作者: FECT
第4章 森本モトイ元総理大臣
27/29

04-06.<魔導の目>

カリザト駐屯地から馬で北へ2時間半ほど――距離にして40キロメートルといったところか――離れたところに、トラホルン王国の王都ボルハンは位置している。


城下町はここ四百年の間に広げられた新市街の内側に、ボルハンがまだ都市国家だった時代の名残を残す旧市街が存在し、その奥に王城、さらにその奥に王族が生活する宮殿が存在していた。


そのボルハン宮殿の一室では、トラホルンの第四王子であるギスリムがまだ幼い愛娘たちと戯れていた。

長女のシーリンは8歳、次女のサルヴァはまだ2歳である。それぞれ母親が違う娘たちだが、彼女たちの母親たる第一夫人、第二夫人は二人とも昨年の流行り病でそろって病没していた。


シーリンはバルゴサ生まれの母親に似てほっそりとした色黒の少女で、気質はおとなしいが頑固な一面があった。

サルヴァは茶色の巻き毛が美しい可愛らしい幼女で、まだ2歳半にもならないのに10歳児のような口利きをする。


ギスリムは木馬の玩具を手に持って振り、サルヴァに向かって噛みつくようなそぶりをしてみせた。

サルヴァは面白がってきゃっきゃと笑い、白く塗られた木馬の玩具に向かって達者な口ぶりで悪口を言って見せた。

シーリンは思わず顔をしかめ、そのようなことを言うのではないわと妹をたしなめた。


そんな穏やかな日の午前のことであった。

娘たちと戯れていたギスリム王子の心に、ふと呼びかける声が聞こえてきた。例の<念話>であった。

(姫君たちとご歓談中のところ失礼いたします、ギスリム殿下)

(パバールか。どうした?)

<念話>を送ってきた相手は<塔>の白魔導師、中級魔導師のパバールである。勤勉実直で実に使えるので、このところギスリムはこの男をよく贔屓ひいきにしていた。

生粋のトラホルン人で、トラホルン国への忠誠と、何より魔導の掟への忠実さが際立つ。反面やや頭が固いところがあるようにも思えるのだったが。

それはさておき、そのパバールがやや遠慮がちに<念話>を飛ばしてきたのへギスリムは穏やかに受け応えた。


(<魔導の目>で見張らせていた下級魔導師から気になる報告がございましたので、取り急ぎお伝えいたしたく……)

<魔導の目>とは、特定の場所を監視することができる魔導の術式である。ギスリム王子は配下の魔導師たちに命じてカリザト駐屯地内に複数の<目>を設置させていた。

刈谷ユウスケによる連続殺害事件に際し、駐屯地外からの転移を防ぐ結界を張ったついでのように設置してきたものであった。


(なんだ、パバール。単刀直入に申せ)

(例の元大臣だったという転移者、モリモトモトイに何やら怪しい動きがございました)

(ほう。確か今年で66になるという老人だったな)

(左様で。どうも、毎朝誰かと<念話>を取り交わしているように思われます)

(なんだと?)


愛娘たち、シーリンとサルヴァを適当にいなしつつ、ギスリムは<念話>に集中し始めた。

(続けよ)

(<念話>のための特異点がカリザト駐屯地の中に設けられているようです。場所はイセカイヤスクニジンジャ建設予定地の向かい。モリモトモトイは毎朝決まった時間帯に駐屯地内を歩き回り、その後にその場所で体操をしています。そうしながら何者かと<念話>を取り交わしているように見受けられるとのこと)

(なるほど)


そのうちシーリンとサルヴァが言い争いを始めたので、ギスリムは微苦笑して二人を片腕ずつに抱き上げた。2歳のサルヴァは軽々と抱き上げられたが、8歳ともなるとシーリンは相当に重い。


(日本という国で重職についていたという男だ、なにかしらあるかもしれないと思って警戒していたが予想通りだったな。接触してきたものが何者なのか探知は出来るか?)

(それは非常に困難かと。モリモトモトイ本人に問いただすのが最上でありましょう)

(ふん。なにか口実をつけて接触してみるほかはないか)

(<塔>の情報網によれば、モリモトは近いうちにイセカイヤスクニジンジャの祭祀長、神官長のような立場になるとのことです)

(そうか。私はてっきりホウメンの老臣として重く用いられるものだと思っていたが、神官長ならば名誉職といったところか)

(神官長の発言力がどの程度のものなのかは量り兼ねますが、思いのほか力のある立場かもしれません)

(ふむ)


機嫌のなおった愛娘たちを腕から降ろしてやって、ギスリムはしばし黙考した。それからパバールにまた念を送った。

(イサ、バルゴサ、カディールなどによる異世界自衛隊の離反工作を私は一番恐れる)

(仰せの通りにございます)

(モリモトの動きは引き続き警戒しておけ。私はモリモト老人とじかに会う段取りをつけよう)

(御意)

ギスリム王子は中級魔導師パバールとの<念話>を打ち切った。


*****************


同じ日のほぼ同時刻――。


ギスリム王子らの居住する宮殿から南に5キロほどの距離にある、城下町の中心に位置するタラス砦。

異世界自衛隊の特殊部隊、特務隊の隊員たちが拠点としているその砦の一室では、隊長である木下ハジメ2尉が事務仕事をひと段落終えたところだった。


「タイチョー! お茶を召し上がります?」

隊長室のドアをノックと同時に勢いよく開けて、返事も待たずに愛内カナデ曹長が部屋の中になだれ込んできた。

「お前なあ……。そのノックは意味があるのかよ」

「そろそろ休憩時間だと思ったので扉の外で気配をうかがいつつ待機しておりましたっ!」

「そうかよ……。タイミングバッチリだったよ、いただくわ」


そう言って受け取り、ハジメはあんまりうまくない異世界の茶をすすった。入れ物は日本の古い土器を思わせるような焼き物のカップであった。

カナデはよくわからないタイミングで、いつも通りのびしぃぃっ! とした敬礼をしてみせた。


「ところでよぉ、カナデ」

「なんでしょ?」

「お前、あの森本モトイっていうじいさんをどう見るよ?」

「えー……」


唐突にハジメはカナデにそう問うてみた。

「そうですねえ……。人当たりはいいし物腰は柔らかいし、聞き上手だし話が面白いですね」

「あー、そだな」

「でも、腹に一物ありますよね?」

「あー……。やっぱ、お前もそう思う?」


カリザト駐屯地に出入りする都度、このごろは毎回のように森本モトイと歓談してきた。ただ、気さくで話しやすいじいさんだと思う一方で、なにかいわく言い難い、ハジメの警戒心をチリチリと刺激するような何かがあった。

人脈作りだの、自衛官としての経験が無いぶんを多くの人から話を聞いてカバーしたいだのという言い分がまんざら嘘とも思えなかったが、どうも根本のところで信がおけない人物のように思われてならなかった。


その点で、ハジメが盟友と信じてやまない沖沢タモツや、尊敬する連隊長である戸田冴子などとは同列には扱えない。向こうが親しくしたいと寄ってきたから今のところ親しくはしているが……。


「あー、でもカナデちゃんはああいう人嫌いじゃないですよ? なんだか野心家の匂いがします」

「あぁん? そうかよ」

ハジメはいぶかしげな顔をしてカナデのほうを見やった。

「何お前、森本のじーさんから付き合ってくれ! って言われたら付き合っちゃうとか?」


「んー……?」

カナデは真面目な顔でしばらくの間考えこんでから、

「結構ありかもしれないですねぇ」

と言った。

「え。まじかよ」

ハジメはぎょっとしたが、冗談なのか本気なのかはあえて聞かないことにした。


*******************


その翌朝――。


カリザト駐屯地に設置した<魔導の目>を監視する役を自ら申し出て、中級魔導師パバールは当直の下級魔導師に代わって任務に就いていた。

パバールは代々白魔導師を排出してきた下級貴族の家の生まれで、痩せて小柄な男である。年齢は今年で32になるのだが、同い年のギスリム王子と並ぶと10は老けて見えた。

ボルハン城に隣接した<魔導士の塔>の地下に、その監視ための部屋が作られていた。


古代の魔導によって作られた、無限のエネルギーを供給する<大魔晶石>と呼ばれる光る巨大な石を中心に、一時的に魔素を貯めておける、いわば蓄電池のような<魔晶石>が周囲にぐるりと配置されていた。


これら魔晶石の作り方はトラホルンではすでに失われた技術となっているのだが、その重要な物品は、第四王子ギスリムの提案によって情報収集のために運用されていた。


ギスリムが仕掛けている<魔導の目>はトラホルン国内の要所にとどまらず、諸外国の首都にも及んでいる。

<目>がもたらす情報はあまり鮮明とは言えない映像のみで、この監視所に立った魔導師の脳内に直接送り込まれてくる。

当直の魔導師が一日三交代でこの場所に立ち、送り込まれてくる映像を心にとどめたり解析したりするのだ。


このような偵察行為がなされていることは現王とギスリム王子、<塔>の魔導師たちしか知らない秘密であった。

王位継承者であるギスリム王子の兄弟たちですら、このことについては知らなかった。


魔導師パバールは脳内に絶えず送り込まれてくる複数の映像を同時に監視しつつ、カリザト駐屯地に仕掛けた<目>の映像に特に気を配っていた。

疑惑の人物である森本モトイが映った映像であった。


パバール自身はもとより異世界自衛隊という存在自体を、トラホルンの完全な味方であるとも思っていなかった。

国内の魔物などを掃討するのに便利な猟犬ではあっても、それら魔物たちを駆逐してしまったのちはトラホルンに害をなす存在になりえる。あるいは害が無いとしても、用済みの猟犬に食わせるエサは無い、とも思っている。


(もしもこやつがトラホルンにあだなす人物であれば、許してはおかぬ)

監視作業を続けながら、パバールは心中でそうつぶやいていた。

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