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転移転生自衛隊 異世界自衛隊戦記  作者: FECT
第4章 森本モトイ元総理大臣
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04-05.綱渡り

(して、お考えはどのように?)

刈谷ユウスケが初めて接触してきた翌日、まだ<竜殺し>と会う前の朝に森本モトイは再び刈谷ユウスケからの接触を受けていた。


(判断は保留にさせていただこうと思う)

森本はウォーキング後の生理体操をしながら、どこにいるともしれない刈谷ユウスケに向かってそう念を送った。

(保留、ですか)

(そうだ)


森本は生理体操を終え、両ひざに手をついて前傾姿勢をとった。体力には自信のある森本だが、年齢が年齢だけに運動後はひどくくたびれるのだ。

(率直に言って、君がどういう人間なのか、どういう道を歩んで今そこにいるのかについては非常に関心がある)

森本は両手を組んで上に伸びあがり、組んだ手をほどいて一呼吸ついた。

(だがしかし、私にも立場というものがある。どうしたものか考えあぐねて答えはまだ出ない)

(なるほど)

薄い笑いを含んだような刈谷の返答が返ってきた。


つねに相手をどことなく小馬鹿にしたような刈谷の雰囲気は気に障ったが、森本はそれを一種の強がりなのだと理解している。

(それでは、その答えが出るまでの間は私とこうして言葉を交わしていただける。と、そのように理解してもよろしいのでしょうか?)

(ふん)

森本は鼻を鳴らした。

(まあ、そんなところだ)

(それは恐悦至極に存じます)

含み笑いのような波動が伝わってきた。


それからほぼ毎朝、森本は決まった時間帯に決まった場所で刈谷ユウスケと<念話>による対話をするようになった。

刈谷から<念話>がこない日があると、うっかり寂しいと思ってしまうこともあった。

(心してかかれよ、森本モトイよ。お前は綱渡りをしている)

森本は自分に言い聞かせていた。刈谷から重要な情報を引き出して警務隊に通報する、あるいは刈谷に司法取引のようなものを持ちかけて自分のもとに引き込む。

最終的にどういう着地点に落ち着かせるのか森本自身にもまだ見えていないながら、森本は危険な賭けに出ていた。


******************


刈谷とのコンタクトについてはおくびにも出さず、もう一方で森本は<竜殺し>木下ハジメとも接触を続けていた。

刈谷が接触してきた一週間後に木下ハジメと初めて喫茶店で言葉を交わしたのだったが、そののちも木下がカリザト駐屯地を訪れるタイミングを待ち構えて同じように会話に持ち込むことが出来た。


木下らは二週間に一度くらいの頻度で弾薬の補給にカリザトを訪れるようで、例のテンションの高い長身の女も一緒だった。副官的立場のようで、愛内カナデという名前である。たいそうな美人なのだが、森本はその女性のことはなんとなく苦手だった。


「ところで、このごろ刈谷ユウスケという人物のことが気になっています」

木下らとの三回目の話し合いの場で、森本はようやく、それとなく本題を切り出した。

「刈谷だあ?」

不意に出てきた名前に木下は不機嫌そうな顔をして見せた。

「なんでまた、そんなやつのことを?」


「自衛隊を捨てて出て行ったという極めて珍しい事例として、知っておきたいと思ったからですよ。私は異世界靖国神社の神主という立場上、隊員さんたちの悩みを広く聞かなくてはなりません。なかにはこの自衛隊にうまく適応できずに悩んでいる人もいることでしょう」

「そんならうちにいた押井ってやつの話のほうがよほど参考になると思うがな。ちゃんと入念に準備をして自衛隊を出て行ったぜ。刈谷のやつは、なんかふらっと思い付きみたいに自衛隊に愛想をつかして出て行ったようだけどよ」

「その押井さんという方の話にも興味はありますが、入念に準備をして円満退職で出て行かれたというからには相当な才覚がおありの方でしょう。かえって参考にならないのではないかと」

「刈谷の野郎の話なんざ参考にしてもらったら困るだろ」


「まあ、それは確かに」

森本は苦笑した。

「それではごく個人的な興味と思ってもらって結構です。刈谷ユウスケという人物がどのような隊員だったのかということについて私は興味がある」

「そう言われてもなあ……」

木下は少しの間遠い目をした。

「何をするにもドンくさい奴で、理屈をこねるのは達者だったよ。特に目立って変わったやつだとは思わなかったな」

「なるほど」

森本は納得した。だとしたら、異世界自衛隊を去ったのちに、いずこかで特殊な訓練などを受けたのかもしれない。


「その後、異世界自衛隊の敵として再び現れたと聞き及んでいますが、そのへんの経緯についてもお教え願えますかな」

「あー、うん。別に機密でもなんでもねえから、話すのは構わんよ」

木下ハジメはそう言って、カリザト駐屯地内で起きた連続怪死事件のこと、刈谷ユウスケによる戸田連隊長殺害未遂事件の経緯を詳細に話してくれた。

その内容は驚くべきもので、特にこの世界の<魔導>と呼ばれる一種の超能力のようなものを駆使するというくだりは印象深かった。

とんでもない話だが、現に森本自身例の<念話>というものを体験しているから全く否定できなかった。


*******************


それ以降も木下ハジメとは時々会って話をする仲になった。特務隊の任務内容などについて聞けば何でも率直に答えてくれたので話し相手としては楽しかったが、率直に森本は刈谷ユウスケとの<念話>のほうがより楽しみになっていた。


刈谷は約束通り異世界自衛隊の機密について聞き出そうとするようなことは無く、逆に森本の質問に関してはおおむね率直に色々と教えてくれた。

異世界自衛隊の中のこと、またトラホルン国内の事情については木下ハジメから情報を仕入れることが出来たが、おおかたの自衛官が知りえないようなトラホルン国外の様々な事情、この世界の歴史などについて刈谷ユウスケは広い知識と見識を持っていた。


(あなたがたのいるトラホルン国の外には、ラール大陸の西方にカディール、バルゴサという大国があります)

塾講師か何かのように、刈谷ユウスケはよどみなく説明を続けた。

(カディールはトラホルンの北西に位置する古い起源をもつ国で、魔導を使える人材が多い国でもあります。一方でバルゴサはトラホルンの北東に位置し、魔導というものをほとんど重んじない武人の国です。トラホルンとは国境地帯のイサ地方を巡って長年いがみあってもいます)

(なるほど。ラール大陸の西方の三大国家がトラホルン、カディール、バルゴサというわけだな)

(その通りです。カディールの北方にはライフェルという一年の大半を雪と氷に閉ざされた小国も存在しますが、まあ、トラホルンとは直接の国交がないのでこれは覚えなくてもいいでしょう)


(ラール大陸のもっと東にはどんな国があるのかね)

(覚えておくべきは東のはてにある都市国家群、東方通商連合でしょうか。保有している領土こそ少ないものの、南方大陸との交易を牛耳っていてその経済的影響力は西側諸国にも及びます)

(ほう)

森本は興味深くその話を聞いた。刈谷の話はそれぞれの国家の簡単な歴史などにも及んだ。

ところどころ刈谷自身の見解を含んだ解説なども行われ、森本はその都度感心させられることが多かった。


(実に素晴らしいよ刈谷君。いったい君はその識見をどこで得たのかね)

(僕は昔から本を読むことだけは得意でして。異世界自衛隊を去った後にこの世界の書物を読めるようになるまで必死に勉強したんですよ)

珍しく冷笑的な雰囲気もなく、ごく素直に刈谷ユウスケはそう述べた。

だが、どこかの組織の助けを得たとか、そういった情報については相変わらず明かすことなく、言葉を濁してはぐらかした。


森本モトイは少しの間考えて、それから切り出してみた。

(考えていたのだが、私がもし新日本共和国の初代大統領に選出されることがあれば、君に恩赦を与えることを提案したい)

(恩赦、ですって!?)

突拍子もないことを耳にした、とでもいうように刈谷の心の声が跳ね上がった。


それからしばらく音声が不通のようになり、やがて刈谷の嘲るような笑い声がこちらに届いてきた。

(ハハハハハハっ! ――ああ、いや、すみません。僕のためを思って考えてくださったんですよね? それについてはありがとうございます)

唐突に嘲り笑われて森本はムッとしたが、そのまま相手の言葉を待った。

(ああ、これはこれは……。いやあ、森本さん、せっかくのご提案ですが、それは辞退させていただきますよ)


(どうしてかね? 自衛官たちの報復を恐れているのか?)

(いいえ、それは違います)

刈谷は冷笑的なニュアンスを浮かべながら言った。

(木っ端自衛官どもが何人束になってこようと、この僕に傷一つつけることはできません)

例の魔導の技について思い浮かべ、森本はぞっとした。


(そんなことはどうでもいいんです。ただ、僕はもう自衛隊も日本人も自分の意志で辞めた身なんです。今更戻りたいとは露ほどにも思いませんね。願い下げです)

(そうかね)

恩赦が取引の材料にならない可能性も考えてはいたが、こうまで真っ向から否定されると森本としては少しガッカリするところであった。


(どこだかは知らないが、現在君が所属している組織は、君にとって居心地が良くて待遇に満足できる場所だということかね?)

(まあ、そうですね。少なくとも異世界自衛隊に舞い戻るよりは僕に向いていると思います)

(なるほど。それはよいことだ……。まあしかしなんだな、君のように優秀な人材が日本人を辞めてしまったということについては率直に言って惜しいことだと思う)

(これはこれは、元総理大臣にそのように言って貰えて身に余るお言葉だと思いますよ)

これはまんざらお世辞でも無かったのだが、刈谷ユウスケはいつものようにうっすらと馬鹿にしたような調子で受け応えた。

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