04-04.森本モトイ、<竜殺し>に会う
(果たしてこれはどうしたものだろうか……)
森本モトイ技官は、自らの執務室として与えられた小屋の中で一人黙考していた。
その時間は昼に近く、部下である技官たちは皆、出払っていた。
刈谷ユウスケを名乗る声に、心の中に呼びかけられた日のことであった。
自分はどういう行動をとるべきなのか。
真っ先に浮かんだ一つとしては、この出来事を即時に方面に報告するということであった。
異世界自衛隊が特務隊や調査隊を中心として、やっきになってその行方を追っている裏切者、<自衛官殺し>の刈谷ユウスケ。
この男に接触されたという事実をいち早く方面に報告しておくべきなのではないか。
だが、刈谷の居場所も目的もわからない以上、これは情報としては何の価値もないだろう。
方面に報告するにしても、もう少し刈谷から情報を引き出してからのほうが良いのではないか?
また、森本モトイはこのようにも考えている。
(刈谷ユウスケは、利用価値のある駒なのではないか?)
と。
森本の知る限りでは、この異世界自衛隊を飛び出して外の世界で生きていこうと考える自衛官は非常にまれである。
問題の刈谷ユウスケと、あとは<竜殺し>木下ハジメ特務隊長の下にいた何とかいう隊員の話を聞いたことがあるくらいであった。
一般の自衛官が持ちえない知識と経験の持ち主である、ということは確かだろう。
さらに、自分の著書を全て読んでいるという話にも、森本は正直なところ、たいそう気をよくしていた。
(私自身が新日本国初代大統領に就任した際に恩赦を与えるということを餌に、刈谷の知識を利用することは出来ないだろうか?)
森本は思った。多くの自衛官が納得しないかもしれないが、そこは自分の手腕でなんとかできるかもしれない。
(ともあれ、まずは刈谷ユウスケについて調査してみよう。判断するのはそれからだ)
森本はひとまず判断を保留にすることを決めた。
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その日から森本は、刈谷ユウスケという人物について独自に調査を始めた。
とはいっても、刈谷は異世界自衛隊を前期教育も終えずに除隊して出ていったため、直接彼を知る者はほとんどいない。
これといった情報も得られないまま、多くの人が口にしたのは「沖沢1尉と木下2尉に聞けばわかるかもしれない」ということであった。
<魔獣殺しのオキザワ>と<竜殺しのハジメ>は共に刈谷の入隊同期であり、刈谷が凶行に及んだ際には敵同士として直接対峙したという。
沖沢1尉とは知らない仲ではなかった。職場も同じカリザト駐屯地であることだし、面会を申し込んで直接会って話を聞こうと思えばできないこともないだろう。
一方で、森本は木下ハジメという人物には以前から興味をそそられつつ、顔を合わせる機会には恵まれていなかった。
伝説の黒竜を討伐したということで、いまやトラホルンのみならずラール大陸全土に勇名をはせていると言われる人物である。
長身で勇猛果敢だという噂は聞いていたが、どのような人物なのか興味が尽きなかった。
森本は人々からそれとなく木下ハジメのことを聞き出し、彼が主に弾薬の補給のためにしばしばカリザト駐屯地を訪れるということを知った。時刻は決まって午前中の遅い時刻で、補給を終えた後は旧友らと談笑したりしてから王都ボルハンのタラス砦に帰るということであった。
森本はその日以来、それとなく木下ハジメの来訪時のルーティンを探り、偶然を装って接触することを計画し始めた。
第三普通科連隊長などに伝言を伝えて面会の申し出をすることも考えたのだが、森本としてはあくまでさりげなく行きたかった。
やがてその機会は訪れた。
カリザト駐屯地内で自衛官に似つかわしくない野人のような恰好をした長身の男が、これまた現地人のような恰好をした長身の女を連れて歩いているのを、森本は遠目に見かけた。あれが木下ハジメに違いなかった。
森本は木下らが決まって立ち寄るという官舎村の喫茶店に先回りし、噂の<竜殺し>その人が来るのを待った。
木下ハジメらは弾薬の補給を終えると第3連隊長室へと向かい、昼の休み時間をそこで過ごしたのちに決まって官舎村の喫茶店に立ち寄るという話を森本は複数の第3連隊員から伝え聞いていた。
あまりおいしいとは言えないこの世界のぬるい茶を飲みながら、森本は幾たびも脳内でシミュレーションしながら<竜殺し>がやってくるのを待った。
そしてその時は来た。
木下ハジメと部下らしい大柄な女性隊員が入店してくるのを森本は見つけた。
女性隊員は妙にテンション高く、思い切りはしゃいでいると言っても良かった。木下ハジメはうるさそうにしつつ受け答えをしている。
ハジメが何事かを言って女性が落ち着いたところで、森本はすっと席を立って木下ハジメに近づいた。
「失礼、もしかしてあなたは木下ハジメ2尉ではありませんか?」
なおもテンション高めの部下を押しやるように、その頬っぺたにツッパリをかましながら、
「んー?」
と、木下ハジメがこちらを見やった。
「そうだけど、あんたは?」
「申し遅れました。私は森本モトイと申します」
「あ、はーい、はーい! カナデちゃん知ってます! 元総理大臣の人っ!」
「いいからお前は黙ってろ」
木下ハジメは部下の女性のほっぺたをつねりあげ、女性は「むぎゅうっ」と言ってから黙り込んだ。
「誰かからうっすらと聞いたことはあるな。元総理を務めた政治家が一日自衛官をやってたら転移して来たとか。あんたのことだったか」
森本は、年長者に対して配慮しないぶっきらぼうなため口にちょっとだけ気を悪くしたものの、ここでは自分のほうが後輩なのだと言い聞かせて気を取り直した。
「それはいかにも私のことです。木下2尉の<竜殺し>の武勇伝については聞き及んでおりました。つねづね、いつかお会いしたらお話してみたいものだと思っておりました」
「あー、うん。話せって言われたら話すんだけどさー、こっちは色々な人から同じ話ばかり聞かれて食傷気味なんだよねー」
森本は快活そうに笑ってみせた。
「ああ、なるほど。それはそうでしょうな。これは思慮を欠きました」
「いや、いいんだけどさ」
「なにも<竜殺し>の逸話にだけ関心があるのではないのです。この森本、ありがたいことにこのたび新設される<異世界靖国神社>という部署の祭祀長を命じられております。亡くなった隊員たちの慰霊を執り行うほかに、広く隊員たちの悩み事などの相談に乗る部署だと言われています」
「へえ」
と、気のない様子で木下ハジメはこちらを見てきた。
「ご存じの通り私自身には自衛官としての経験がこの世界での前期教育しかありませんので、多くの隊員たちとコンタクトをとって人脈を広げ、隊員たちの様々な悩みに寄り添えるように情報を蓄えておかなくてはと思っていたところです」
「ああ、うん」
「率直に言ってしまえば、この森本モトイ、木下ハジメ隊長とお友達になりたいのです」
「ああ、そう。別にいいよ」
しごくあっさり、木下ハジメはそう言った。ハジメに押さえつけられていた大柄な女性隊員は大人しくなって二人の様子を黙ってうかがっていた。
「では改めまして、森本モトイです。よろしくお願いいたします!」
そう言って森本は右手を差し出した。木下ハジメがそれを適度な強さで握り返して握手した。
「まあ立ち話もなんだし、時間あるならここで話する?」
木下ハジメは少し打ち解けたようだった。森本は内心でしめた、と思った。
それから森本モトイは2時間ほど木下ハジメらと喫茶店で談笑して過ごした。
木下ハジメは聞けば何でも率直に答えてくれる人物で、学は無さそうだが相当に頭が切れるように思えた。
事前の森本の推測ではおだてに弱いタイプではないかと見ていたのだったが、意外とのせられやすいほうではないようだった。
森本はもっぱら聞き役に回り、特務隊の様々なエピソードを中心に木下ハジメらの話を面白がって聞いた。
「まあそんなわけで、竜退治って言ってもそんなにロマンチックなものじゃなかったよ。現代兵器を駆使してどうにかこうにか黒竜を仕留めたけどな」
その当時には特務隊に加わっていなかったという女性隊員、愛内カナデもその話の時には聞き役に徹していた。
「いやいや、ご謙遜を。血沸き肉躍る武勇伝ではありませんか」
これは本当に本心から、森本はそう言った。
「この異世界の強大な生物に、現代兵器と知恵と勇気とチームワークをもって打ち勝った! あっぱれな話です」
「うん、まあ、なあ。もっかいやれって言われて出来るかといったらわかんねーけど。死傷者は出るかもな」
「いやはや、本当に、今日は良い話を聞けました」
「このお話は王都で紙芝居の演目にもなっているんですよ」
と、愛内カナデが言った。
「まあ、うちの隊員の一人が紙芝居をやっているんですけど」
「なんと、そうなのですか」
森本は少し大げさに驚いて言った。
「そう言えば私は異世界転移以来ずっとカリザトにおりまして、演習で駐屯地の外に出たことしかありませんな。王都ボルハンにもいずれは脚を伸ばしてみたいと思っておりますが」
「王都で一泊するんだったらタラス砦に泊まるかい? 歓迎するよ」
木下ハジメは笑ってそう言った。
タラス砦とは、先ほどまでの特務隊の話にたびたび登場した、王都ボルハンの中心部にある特務隊の拠点である。新市街と旧市街の境目にある古い城塞だということだった。
「それはぜひとも。一度は宿泊してみたいものですな」
「寝心地は市内のホテルのようにはいかないかもしれねえけど」
「いやいや、寝袋とマット一枚あれば石の床の上でも大丈夫になりましたよ」
森本は笑ってそう言った。
それから森本は木下らとまたの再会を約束して笑って別れた。
(ふふふふ。これでまた、異世界自衛隊の重要人物を一人掌握した)
森本は内心で含み笑いを浮かべていた。
肝心の刈谷ユウスケについての質問は今回は見送った。まずは木下ハジメの懐に潜り込むことに成功した、と森本は思った。