03-04.変革の予感
「抜群の成績? 連隊長として推薦するって言うことですか?」
「いや、縁故でひいきにするというつもりはない。あくまで客観的な評価だ」
「連隊長の知っている相手ってことですか」
「まあそうだ」
ハジメはふーん、と言ってから、戸田の机の上に広げられていた選考書類を手に取り、該当隊員のそれを拾い上げてみた。
「なんだこれっ!」
と、ハジメは思わずのけぞった。
記録されている魔獣討伐数が、他の隊員たちとは桁が一つ二つ違う。ハジメやタモツよりも少し多いのである。
異世界転生者とあり、異世界生活の年数が彼らとは違う。ベテランだが、異世界年齢は22歳とまだまだ若い。
「大幹部になれる器じゃないですか。なんで曹長なんです? 名前は……愛内カナデ。って、女ぁ?」
「そうだ。女性隊員だ。私の幼年学校時代の教官だった方だ」
「サエちゃんの師匠かよっ。もしかしてこいつも昇進拒否?」
「そういうことだ。幹部にはなりたくないということで曹長にとどまっている。有能な人材であることは保証する」
「ひいきにするつもりはないと言いつつ、プッシュしますねえ」
ハジメは苦笑しつつ言った。
「まあ、実際に採用するかどうかはお前次第だろう。体力テストは最上位とはいかないまでも上位だろうし、そのほかの選考基準で彼女を上回る隊員はいないはずだ。あとは面接の印象だろうな」
「ってことは、変人なんですかい?」
「私の口からこれ以上は言えん」
戸田はいつも通りの無表情になって口を閉ざした。
(ああ、まあ、へんなやつなんだろうな……)
と、ハジメは察した。
岸井を背後に待たせたまま、ハジメは現在集まってきている隊員たちの選考書類にざっと目を通した。
自慢じゃないが、ハジメは文字を読むのは割と速いほうである。学校の勉強は軒並みダメだったが、小説を読むのは嫌いではなく高校時代には退屈な授業をやり過ごすのに本を読んでいたものだった。
パパパーっと見た限り、戸田の言う通り、少なくとも書類上で愛内カナデを上回るような隊員は見当たらなかった。
連隊長室を辞して、岸井と一緒に官舎村のサテンに入った。
「どう思うよ、岸井?」
「え? さっきの話ですか。女性隊員を採用するかどうかっていう」
「面接まで見てみないとわからねえけど、うちに女入れるってどうなんだ?」
「有能ならいいんじゃないでしょうか」
「俺は男ばっかりで気楽にやっていたかったんだがな。実際問題、女が入ると面倒じゃね? トイレとか風呂とか着替えとか、宿直とかだってさ」
「そうですねえ。色々配慮しなくてはならないことも出て来るでしょうけど……」
「惚れた腫れたとかで女の取り合いになるとか、そんなことになったら目も当てられねえし」
「はあ。まあ、確かにそういう話も現実世界であったりしましたね」
「なんか面倒くさい話になって来たなあ……。押井、辞めるのやめてくれねえかなあ」
ハジメはサテンのソファに背を持たれて、天井を仰いでため息をついた。
******
翌日、行われた体力検定の場に立ち会って、ハジメは愛内カナデを初めて見かけた。
その第一印象は「でかいっ!」であった。
愛内カナデの身長は、書類上では178cmあった。バレーボール選手なみの長身である。
ハジメは現世の身体測定で185cmだったが、ヒールのある靴を履いたらさほど変わりないくらいである。
書類で見た限りでは随分背が高いな、くらいだったが、実物は骨格がしっかりしていて白人女性みたいである。
そして、なにより目がいってしまうのは、胸の大きさであった。
いくら元不良で無頼のハジメでも、女性の胸をジロジロ見るのが失礼だということくらいは心得ている。……つもりなのだが、ちょっと無視できない迫力のものが目の前に見えたら、どうしても気になってしまう。
そればかりか、遠目にみても愛内カナデの顔立ちは可愛らしく整っていて、表情も明るくて魅力的に見える。男性隊員が100人いたら、うち99人は愛内カナデに好感を持たずにはいられないだろうと思われた。
(どうなんだアレ。特務隊に入れたら地雷になるんじゃねえのか?)
ハジメは愛内カナデに惹かれるものを感じながら、それゆえに隊への悪影響を危惧した。
「実物を見てどう思うよ、岸井?」
「はあ。何とも言えません」
伊達男の岸井は、愛内を見ても特にニヤけたりすることもなく、平然としていた。
「遠目にみた印象ですけど人当たりも良さそうですし、隊のアイドル的立ち位置でうまくまとめてはくれるんじゃないですか」
「なるほどな。異世界歴はマモさんに次いでうちで2番目、階級序列的にも現時点では岡崎より上でナンバー2だが……」
岡崎1曹は近いうちに曹長への昇進が確実視されているので、昇進拒否をしているという愛内は岡崎が曹長に昇進した時点で序列はそれよりも下になるはずだった。
「どうしたもんかね」
「面接を終えてから、トータルで決めることですよ。今決める話じゃないです」
岸井は魅力的な笑いを浮かべてそう言った。
******
午前中に体力検定が終わり、午後から面接となっていた。
ハジメは他二人の面接官と共に面接の場に臨んだが、正直言って「これ」という隊員は他に見当たらなかった。
そして、問題の愛内カナデの順番が回ってきた。
愛内は緊張した様子もなく、完璧な入室要領で中に入ってきて、面接官の一人に促されて着席した。
ハジメは愛内の胸元に目をやらないように意識しつつ、彼女の顔をまじまじと見つめた。
「特務隊志望の動機を聞かせてください」
ハジメは、まずは型通りの質問を投げかけてみた。
「はい! なんだか面白そうだったから志願しましたっ!」
ハジメの横に座っていた面接官が、おもわず「ぶっ!」と吹き出した。
ハジメは思わず顔をしかめ、言った。
「特務隊は非常に危険な任務を与えられています。確かに一般の自衛官とは毛並みが違っていて、興味を引かれることはあると思います。三倍の給与をもらえる規定になっていますが、それに見合うべく、遊撃任務は非常にハードです」
「はい! まさにそういうのをやってみたいんですっ!」
愛内カナデ曹長は、椅子から身を乗り出さんばかりに食いついてきた。ハジメはちょっと気圧された。
「男性隊員に交じって着替え、用便などもしなくてはならず、いつも優遇してもらえるとは限らないわけですが、それについては?」
聞きにくかった質問を、隣の面接官が代わりに聞いてくれたのでハジメは助かった。
「あ。へーきです。なんなら一緒に着替えちゃいますよっ!」
愛内曹長はケラケラと笑って言った。
(お前が平気でもこっちが困るわっ!)
と、思わずハジメは心中で叫んだ。
その後も面接は続いたが、分かったのは愛内カナデが精神的にも非常にタフで、なおかつ「なんか変」ということだった。
「特務隊に要求される人材としては、逸材なのではないですか?」
一緒に面接を務めてくれた3連隊の幹部がハジメに向かって言った。誰のことを言っているのかは言わなくてもわかった。
「私もそう思います。他の隊員と比べて全般的に飛びぬけています」
もう一人の幹部がうなずいた。
そして、二人はハジメの顔を見た。ハジメの決定が最終決定になる、というように。
ハジメは、ぬぬぬぬぬっ……、としばしの間悩んだものの、もうこれは決定するしかないと思い直した。
「そうっすね。特務隊の補充人員として、愛内カナデ曹長を選抜します」
こうして押井の後釜に据える副官的ポジションとして、愛内カナデ曹長が選ばれた。合格発表は翌朝に行われ、不合格となった隊員はそれぞれ原隊に帰って行った。
「選んでいただきありがとうございます! 誠心誠意がんばりますっ!」
愛内曹長はハジメのもとに駆け寄ってきて、びしいっ! とした敬礼をかましてから、心底嬉しそうにそう言って笑った。
「ああ。励んでくれ。期待してる」
ハジメはそっけなくそれだけを言った。
「岸井1曹です。よろしくお願いします」
副官役でついてきていた岸井が簡単に挨拶をし、愛内はまたしてもびしいっ! とした敬礼をしてみせた。
愛内は2連隊のあるイェルベ駐屯地に一度帰り、押井の除隊1か月前から申し送りのためにタラス砦に来ることになっていた。
「では、2か月後にっ!」
びしいっ! と敬礼をして、愛内は去って行った。
「なんか変な奴だなあ」
ハジメはぽつんと言った。
「うちのカラーにあっているかもしれませんよ?」
岸井はくすくすと笑った。
こうして押井の後任人事も決まり、ハジメと岸井は最後に戸田連隊長に挨拶をしてから王都ボルハンに徒歩で戻った。
ハジメが帰還するまでの間特別休暇としていたのだが、タラス砦のホールは宴会の後片付けもしないまま散らかり放題で、ハジメは全員を集めてしかりつけることになった。
片付けと掃除が終わった後、ハジメは全員の前で押井の後任人事が決まったことを発表した。
「2連隊所属、愛内カナデ曹長。特務隊初の女性隊員ということになる。お前ら、セクハラとかすんなよ!」
特務隊員の半数以上が期待するようにざわめいた。
が、岡崎ら2連隊出身の隊員たちは心なしか青ざめた顔をした。
(美女を取り合って、男同士のいざこざでもあったのかね? めんどうなこったな)
ハジメは岡崎の方をちらっと見ながら、そんなことを考えていた。
まあ、何かトラブルのもとになるようなら口実をつけて異動させて、また別の人間を集めるだけだ。
******
それから2か月間、ハジメたちはトラザム方面への遠征を一回行ったほかは、王都ボルハンで情報収集をしたりして過ごした。
<竜殺しのトクムタイ><竜殺しのハジメ>の評判は上々で、安部はさっそく副業の紙芝居の題材にしてしまった。その興行は大盛況だった。
そして、タラス砦に愛内カナデがやってきた。