03-02.竜退治
第2普通科連隊長との会見を終えたハジメは、駐屯地内の空き地である今宵の宿営地に戻った。
すでに日も暮れかけており、宿営準備の整った広場で焚火を囲んで食事と小宴会の準備が整っていた。
「お前ら、いつもながら飲み食いの準備となるとひときわ手早いな」
ハジメはあきれ半分にそう言って、特務隊の面々の顔を見まわした。
「タイチョー、おかえりなさーい」
吉田1曹が機嫌よくそう叫び、隊員たちはめいめいに「うぃーっす」などとこちらへ声をかけてよこした。
「晩飯できたぞー、みんな取りにこーい!」
奥の方で調理をしていた金井が叫び、隊員たちは立ち上がって配食場所の前にぞろぞろと列を作った。
今夜の料理はイノシシ肉のステーキである。イェルベに立ち寄る前日に山林の中でしとめたものだ。
1頭だけだが巨体の獲物だったので、小隊規模である特務隊全員に一人前ずついきわたると思われた。
配食がすむとハジメの号令と共に、全員がいただきます! と唱和して食事時間となった。
ハジメは背丈の割にあまり食べない方だったので、あらかじめ肉を少し押井に分け与えてやった。
ハジメは残りを食べ終えると、鎧塚の近くに歩み寄って食事中の鎧塚に声をかけた。
「なあ、マモさん。食べながらでいいから聞いてくれ。特務隊の戦力で噂の黒竜をぶっ潰すっていうのは可能だと思うか?」
「……」
鎧塚はハジメの顔をまじまじと見たあと、少し考えこんでから、こくこくこく、とうなずいた。
「た、ただし巣穴を強襲するなら。自由に空を飛ばれたら、た、たぶん、無理」
「だよな。俺もそう思うぜ。実はもう、2連隊長に黒竜を討ち取ってきてやるって大言壮語しちまった」
鎧塚は少し驚いたようだったが、また少し考えこんでから口を開いた。
「て、偵察、必要」
ハジメはうなずいた。
「アラム山まで、まずはピクニックがてらお出かけだな。偵察をして、綿密に作戦を立ててから竜の巣穴を強襲する」
「こ、黒竜は50年ほど前にやってきたとき、勇士ロトムの槍で右目を失っているはず」
鎧塚は文献で得たらしい知識をハジメに語った。
「お、おれなら、まず残る左目を狙撃」
「目をつぶしたとして、音や匂いでこちらの位置を特定されるだろうか?」
「わ、わ、わからないが、有利になるのは間違いない」
「機関銃も2丁くらい借りてえところだな」
鎧塚との対話である程度イメージがつかめてきたハジメは、すっと立ち上がった。
もう隊員たちは全員食事を終え、ハジメが宴会への移行を告げるのを待っている状態だった。
「おう、もうみんなごちそうさまか」
全員が、うぃーっす、と返事を返した。
「酒が入る前にみんな聞いてくれ。特務隊は明日以降、この地方の伝説になっているドラゴンを退治する」
「ドラゴン!?」
「まじっすか!」
特務隊員の大半が驚いて聞き返したり、叫んだ。
「勝算あるんすか?」
「ある! と言いたいが、わからん! 偵察してみんことにはな」
足立に向かってハジメは答え、続けた。
「およそ50年前に、人間の投げた槍で右目をつぶされていると伝えられている。……ってことは、こちらの火力攻撃も通じるはずだ。巨体で空を飛ぶからには何らかの魔法的存在ではあるんだろうが、小銃や機関銃が通用しねえっていう道理はねえと考える」
「まあ、それなら確かに」
岡崎がうなずいて言った。
「伝説によると数十年に一度目覚めて、付近一帯を荒らしまわったり人を食い殺してきたんでしたっけ? そんなのを倒せたら大手柄ですね」
「その通りだ。その伝説の黒竜を俺たちで討ち取ろう」
ハジメは一人一人の顔を見まわした。驚いてはいても、恐れおののいている隊員は一人もいない。
特務隊の結束と相互の信頼はすでに固くなっていた。
「押井が辞める前に、いい土産になりますね!」
伊達男の岸井1曹が、楽しそうにそう言った。
「ただ勝つだけじゃねえぞ。誰一人死なない、大けがもせずに大勝利。目指すところはそこだ。みんな頼むぞ?」
ハジメは笑ってそう言い、手を叩いて話の終了を告げた。
「じゃあ話はこれで終わりだ。酒、のんでいいぞー!」
そして宴会が始まった。隊員たちの融和はうまくいっている。時折言い争いなどになることが合っても、それは仕事上の意見の対立であって、個々人の反目として根強くあとを引くようなものではなかった。
他の隊員と距離を置くようだった鎧塚も、押井の決闘の一件以来少し変わったような気がする。押井が退職予定なのが実に残念だが、自分の作り上げてきた部隊が一個の生き物のようにまとまっていることにハジメは深く満足していた。
翌日の朝から、ハジメたちはイェルベの北東にあるアラム山へと軽装で出発した。
武器装備荷物などは、2連隊長に委託して見張りを立ててもらった。
アラム山への行軍は歩くのがくたびれただけで魔獣などの襲撃も受けず、岩山を登るのもひたすらしんどかったが戦闘はなかった。
人が立ち入るような山ではなかったが、古代に作られたらしい山頂近くまで歩いていけるルートが存在し、ロッククライミングなどはしなくてもすんだ。
機関銃や無反動を抱えて山を登りなおすことには問題がないと思われた。
竜が巣食っていると文献に書かれているのは山頂付近の洞穴という話だったが、それらしい洞窟の入り口は見つかった。
ハジメは潜入する隊員を選抜し、自分自身と鎧塚、足立、岡崎、地図作りの天才である横田の5人のみで洞窟の中に侵入した。
洞窟に侵入したあとは会話を控え、ハンドサインと目配せだけのやり取りを心掛けた。
夜の暗闇とはまた違う漆黒の闇であったが、貴重な懐中電灯は使いたくなかったので、こちらの世界で一般的な松明に火をともした。
松脂を含ませた布と木の枝を先端に束ねた棒状のものだ。
ハジメはこれに火をつけるたびに、現世で遊んだドラゴンと呼ばれる手持ち花火のことを思い出す。
洞窟に分岐がないか慎重に壁を確認して歩いたが、完全な一本道になっていた。入り口のサイズもちょっと驚くほど大きかったが、洞窟の中はさらに通路が広がっている個所もあり、どこでドラゴンを待ち受けるかによって戦いやすさが変わってくると思われた。
やがて大きな曲がり角にいきあたり、その先に広間のような場所が開けてきたと思ったら、問題の黒竜がそこに眠っているのを目にすることになった。
(でけえ……っ!)
ハジメたちは思わず顔を見合わせた。
そして、万が一にも眠っている竜を起こさないようにそのまま静かにあとずさりし、少し離れたところでいったん休止した。
あらかじめ打ち合わせてあったところでは、寝ている黒竜を急襲して誘い出し、洞窟内の要所――竜が自由に動けない狭い場所――で相手を捉えて、そこで攻撃を仕掛け、敵が追いすがってきたら後退して同じことを繰り返す、という作戦であった。
ハジメたちは無言のまま、竜を待ち受けるポイントを選定しながら洞窟を引き返した。
洞窟の外に出ると、待機していた隊員たちがハジメたちを迎えてねぎらった。
「いました? どうでした?」
「でけえよ」
岸井の問いかけにハジメはそれだけを答えた。
「だが、逆に言うと洞窟の中でそれほど自由に身動きが取れるわけじゃねえ。狙いやすい的でもある」
「なるほど」
金井がニヤリとしてうなずいた。
「偵察任務は終わりだ。くわしいブリーフィングはイェルベに引き返してから行う。帰るぞー」
ハジメはそう言って、隊員たちをうながした。
翌々日、イェルベ駐屯地で横田が描いた洞窟内の地図をもとにハジメは作戦指示をした。
第2普通科連隊から武器装備弾薬を借り受けて、さらにその翌朝早くからアラム山に向かって再出発した。
軽装で登った前回とは違い、武装を固めての登山はかなりしんどかった。
行軍スピードは事前の予想通り大幅に落ちて、足元の悪い場所ではあやうく滑落事故が起こるところだった。
それでも特に戦闘やケガもなく、特務隊は再び黒竜の眠る洞窟までたどり着いた。
「さあ、本番開始だ。みんな手筈通り頼むぞ!」
ハジメは少し声を落とし気味に全員にそう言い、特務隊の面々はブリーフィングで示された通りに洞窟内外の配置についた。
ハジメは斥候組、および鎧塚と共に洞窟の一番奥まで入って陣頭指揮をとる構えであった。
岡崎率いる前衛班Aに軽く手を振って背後に置き去りにし、最初に接敵する六名でいよいよドラゴンの寝床に分け入った。
「準備はいいか? いくぞっ!」
ハジメが全員の顔を見まわすと、足立が力強くうなずいた。
「いけーっ!」
ハジメの号令と共に偵察班の5名がドラゴンに近寄り、その腹の下めがけて手りゅう弾を投げ込んでから素早く後退した。
ハジメが位置しているラインまで下がったのち、小銃を構えて発砲する。
金属音めいた咆哮をあげて巨大な黒竜が目を覚まし、首をもたげてこちらをにらみつけた。
黒竜の右目には折れた槍の先が突き刺さっていた。
不快な小さな生き物をつぶしてやろうというように、ゆっくりとのしのし近づいてくる。
竜が動くたびに、洞窟内には腹に響くような振動がおこった。
偵察班の5人が再びタイミングを見て手りゅう弾を投擲し、竜の腹の下でそれらが次々に爆発した。
黒竜の身体は硬そうな鱗に覆われていたが、喉や腹の部分はそれほど硬そうには見えない。いくらかはダメージを与えているようだ。
松明の薄明かりではわかりづらいが、少しばかり流血しているようにも見える。
そして、相手を十分近づけてからの狙撃により、鎧塚が64式小銃で黒竜の左目を弾いた。
「――!」
黒竜は苦悶の叫びをあげた。そして、痛みに怒り狂ったようだった。
「まずは第一段階成功だ! 前衛班Aの後方までずらかるぞ!」
ハジメは叫び、全員が後退した。鎧塚は後退しながらドラゴンの口の中めがけて2発撃ち込んでいた。
視覚以外の感覚に頼ってドラゴンは侵入者を追尾してきたが、しばしば洞窟の壁に体をぶつけたりしている。
ドラゴンの視力をうばったことで、こちらが大きく有利になったことは間違いなかった。
「頼むぜ前衛ー!」
洞窟内に大きくL字カーブになっている地点をキルゾーンに設定して、岡崎率いる前衛班Aチームが2丁の機関銃を基軸として攻撃態勢を整えていた。