02-04.状況報告と補給
王都ボルハンへの堂々たる凱旋ののち、バルログ退治の報奨金を得た特務隊はタラス砦へと引き上げた。
日が暮れるまでは武器整備と砦の清掃を行い、そののちはいつもの通りに宴会へとなだれ込んだ。
ハジメが取り決めた通り、報奨金の四分の一を予算として足立たち斥候組が買い出し部隊となって酒などを買い込んできた。
金井と双葉の二人がこしらえてくれた料理を口にしながら隊員たちは談笑し、それぞれに戦闘の勝利を祝ってはしゃいだ。
人とあまり打ち解けないことで有名だった鎧塚でさえ、心なしか楽しそうに見える。
(ここに居場所を見出してくれたんだったらいいんだけどな)
ハジメは遠目に鎧塚を見ながら、ふとそんなことを思った。
新設時にはぎこちなかった特務隊も、今では隊員相互の結束がいい感じに固まってきた気がしていた。
ハジメ自身、この部隊を根気良く育てて、どこまでも行ってやろうなどと思っている。
そろそろお開きの頃合いか、という雰囲気が見えてきて、ハジメは庶務係で副官的立場の押井に目配せをした。
人当たりが良く何事にもそつがない押井が、すっと立ち上がって言った。
「えー、縁もたけなわではありますが、今宵はこの辺でお開きにしたいと思います。では最後にタイチョーから一言お願いします」
「はーい」
ハジメも立ち上がった。
「本日は強敵に対して被害なしの大勝利、まことにありがとう。みんなの尽力のおかげだ。まあ、半分は俺の作戦勝ちだけどな!」
「うぇーい!」
「たいちょー!」
「あー、うん。いや、マジでみんなには感謝してる。ってことで、明日明後日は有給休暇にします。存分に英気を養ってほしい。宴会終了後も飲み続けたい奴は飲んでもよし」
ハジメが有給休暇を宣言すると、隊員たちはいっせいに喜んだ。
「じゃあ、これで宴会は終わり。各人は休暇を有意義に過ごすように!」
最後に乾杯をして、全員が一斉に、
「おつかされまでしたー!」
と言いあって宴会はお開きとなった。
「押井2曹。悪ぃんだが明日の午前中だけ付き合ってくんねーか。お前の休暇を買い上げる」
「はい、構いません。なんです?」
「カリザト駐屯地に行って3連隊から弾薬の補給を受けてくる。あとは古巣への挨拶だな」
「了解しました。補給業務のほうは私が済ませておくので隊長はまっすぐ連隊長室へどうぞ」
「そうか? じゃあそうさせてもらう。小銃弾を500発くらいもらえると有難いんだがな」
宴会終了後もまだ飲み足りない連中がタラス砦の広間で二次会をやっていたが、大半の隊員は明日に備えて寝に行った。
ハジメも押井に、「じゃ、明日」と言って寝室へと向かった。
******
翌朝、ハジメは王都ボルハンの入り口にある馬屋で馬を2頭借りた。
副官とたのむ押井2曹を伴ってカリザト駐屯地まで南下し、カリザトの官舎村の馬屋に馬を預けた。
二人は第3普通科連隊の隊舎――とはいっても平屋の木造建築群だったが――まで歩いて、そこで別れた。
「では補給を受けてまいります。終わったらどうしましょうか?」
「官舎村のサテンで待っていてくれ」
「了解しました」
ハジメは押井と別れ、連隊長室に向かった。
「よく戻ったな。健勝なようで何よりだ」
みる人が見ればわかる、ほんのわずかににこやかな表情を浮かべて戸田がハジメを迎えた。
「それにしてもその恰好、まるっきり現地人だな。山賊の親玉といっても通るぞ」
「それはよく言われますよ」
ハジメはニヤニヤして言った。
「まあはみ出し者の集まりですしね。自衛隊にあって自衛官ではない者たち、それが特務隊。でしょ?」
「沖沢1尉、入ります!」
ハジメが帰還したという知らせを受けてタモツが入室してきた。
「ハジメ! 久しぶりだな」
「よう、タモツ。ちょっと顔を見に戻った」
「会えてうれしいよ。それにしてもお前、山賊みたいな恰好をしているな」
「みんな言うことは同じかよ……」
特務隊は独立部隊で第3連隊長は直属の上官ではないのだが、補給系統など便宜上第3連隊付きのような立ち位置でもある。
方面司令部へ直接報告するのが筋なのだろうが、司令部への報告は戸田に仲介してもらう形になっていた。
司令部の方でも、山賊みたいな恰好をした連中に本部隊舎をうろつかれるのは嫌なのだろう。
ハジメは戸田連隊長に状況報告を始めた。
特務隊が帯びている任務は大きく分けて3つある。
1.トラホルン領内の魔物、合成獣など怪物に対する遊撃任務
2.現地人との交流による全般的な情報収集活動
3.刈谷ユウスケに関する情報の収集
「まずは一つ目、領内の魔物の数がここ数年目に見えて減っているっていう話。異世界自衛隊が駆逐を始めて40年近くなるんだから当たり前だが、この先魔物狩りの需要が無くなったら俺たちの存在意義を改めて問われるかもしれねえ」
「役割を終えた猟犬は煮て食われるかもしれん、そういうことか」
「そうっすね、それもあります」
ハジメはうなずいた。
「あとは例のアレ。魔獣討伐はもういいから、バルゴサとか外国との戦争に役立て! って話に持っていかれるんじゃないスか?」
「ああ。確かにそういう話にならざるを得ないな」
「食い扶持をトラホルンの国税に依存している現状では、そう言われたら断れない。現実に防衛戦争については協力するっていう条約を結んでしまいましたしね。侵略戦争にも加担しなくてはならなくなる可能性はある」
「どーします? 遊撃任務、適度にサボります?」
「そうもいかないだろう。トラホルン領内で怪物の被害にあって困っている人がまだいるのも事実。そして、現状で我々異世界自衛隊の存在意義が怪物たちへの戦闘力にあるのも事実だからな」
戸田は冷静にそう言った。タモツは何を言うでもなく、ずっと黙って話の成り行きを見守っている。
「じゃー、現状続行で。見つけ次第、ザクザク倒しますよ」
ハジメはニヤリとして言った。
「二つ目。異世界自衛隊の評判はトラホルンの庶民たちの間ですこぶる良いです。何を考えているのか分からない異人部隊という印象がずっとあったようですが、ここ10年くらいで自衛隊に好意的に興味を持っている人が増えたみたいだ」
「この国の人々に成り代わって、命を張って魔物を倒しているという印象が強いのかな?」
「だろうな。<魔物殺しのオキザワ>なんか、王都で紙芝居の演目になっていたぞ」
「ええっ!?」
タモツは目を白黒させた。
「ふん、官舎村への出入り業者あたりから話が漏れたか」
戸田は面白そうに言った。
「良かったではないか。自衛隊のイメージアップに貢献出来て」
「で、最後の案件、刈谷の行方についてですがね……」
ハジメは苦々しい表情になって続けた。
「これが、確証のある情報がないんですわ」
「そうなのか……」
「そうなんす」
ハジメはとりあえず、王都で聞き込みをして分かった限りのことをまとめた。
「刈谷の容姿で目立ったのは眼鏡で、5年前に王都ボルハンで<目が四つある男>、変な飾りを目元に着けていた異人を見たっていう話はなくもないんです。乞食みたいなこともしていたらしい。ただ、おそらくボルハンに滞在していたのは数日で、その後はどこかに立ち去っている」
「どこへ行ったんだろう? 国外に出たのかな?」
「皆目見当がつかんが、4年間で独学で言語、さらには魔導や暗殺術を学べたとも思えない。何かの組織に拾われたと考えるのが妥当ではないか?」
「もし国外に出たのだとしたら、特務隊の活動範囲ではそれ以上の足取りは追えませんよ」
「そうだな。これはギスリム王子配下の白魔導士部隊の力でどうにかなるものなのか分からないが、トラホルン王国が国外に密偵を放っているならそこに頼るしかないかもしれない」
「王宮にまた貸しを作ることになりますね……」
タモツは考え込むように言った。
「とりあえず現状報告は以上でーす」
陰鬱になった雰囲気を壊すつもりで、ハジメはそう言った。
「うむ。わかった。ご苦労だった。引き続きよろしく頼む」
戸田はうなずいて言った。
******
官舎村の軽食店、通称サテンでは押井2曹がこの世界の茶を飲みながら待っていた。
「悪い、待たせたか」
「いえ。大丈夫です。ただ、弾薬は300発だけです。交渉はしてみたのですが」
「そうか。まあ、仕方ねえな」
「7.62mmが100、5.56mmが200ですね」
現実世界では敵兵を適度に負傷させる5.56mmの小銃弾がスタンダードだが、異世界の怪物相手には口径のでかい弾のほうが需要が高い。
「じゃあ、それ飲んだら帰るか」
官舎村の馬屋に預かり賃を払って馬を引き取り、ハジメたちはボルハンまで再び北上した。王都に帰り着く頃には昼近くだろう。
「休暇を半日買い上げちまって悪かったな押井」
「いえ、まったく問題ありません。むしろお金になって有難いです」
「え? お前何か金に困ってんの?」
「いいえ、そういうわけではないのですが……」
「なんだよ」
「実は、この世界の女性と所帯を持ちたいと考えています」
「はえっ?」
「他の隊員には内緒ですよ」
「……ああ、わかった。いわねえけど、時期が来たら紹介してくれるのか?」
「ええ、はい。それはもちろん」
「そうか」
ハジメはそれ以上聞かないことにして、二人は黙ってボルハンまで馬を進めた。
ボルハンの馬屋に借りた馬を返し、タラス砦まで徒歩で帰り着いた。
弾薬庫に弾薬をしまい終え、ハジメは押井に任務終了を告げた。
「じゃ、これで仕事は終わりだ。俺は部下たちの休暇の様子でも見て回るつもりだが、押井はどうする?」
「そうですね。今日は夕暮れ時まで特に予定もありませんし、良かったらお供しますよ」
「そうか? じゃあ連中がいきそうなところをブラブラしてから、ダラボアの店で少し遅い昼飯でも食べるか」
「いいですね。あそこは昼時に行くとすごく混雑していますから時刻を外していきましょう」
ハジメと押井はタラス砦から市街に繰り出した。