71 悪霊退治へ行こう
「信じられん」
目の前の光景に信じられないものを見たとばかりに茫然自失の状態で呟く隊長さんである。
無理もない。呪われていた多くの衛兵たちが一斉に回復したのだから。
もちろん俺がイマジナリーカードを使った結果であってお札にそんな効果はない。
それっぽく見せるために使用後は消滅する使い捨てになっているんだけど。
「いやー、持て余していたお札が役に立って良かったですよ」
素人役者が台詞を棒読みしているような白々しさで俺は話し始める。
「何処の誰ともしれない行商人に買わされた代物なんですがね」
もちろん、そんな事実はない。
使ったお札は事前に聞いていたイリアの話からイマジナリーカードの効果が強力すぎやしないかと考えて用意しておいたダミーだからね。
「聖水を使ったインクで悪しきものを祓う呪文を綴ってどうこうという説明を聞かされていたので、ダメ元で試してみたんですよ」
言うまでもなく、そんな事実はない。
「なっ……」
胡散臭い話にものかかわらず隊長さんは驚きをあらわにしている。
それまで苦悶の表情を浮かべて横たわっていた衛兵たちが普通に起き上がっているから、お札に効果があったと誤解しても無理はないのだけど。
「ダメならダメで人海戦術でって思ったんですけどね。俺たち魔法使いだし」
ハッハッハと声に出してわざとらしく笑ってみた。
客観的に見て、ないわーと思ってしまう今日この頃。
無表情で乾いた笑いを漏らすなど大根役者がすぎるというものだ。
声だけでも自然な感じを出せればマシなんだろうが、それができるなら俳優を目指していたかもな。
自分が売れる姿をまったくと言っていいほど想像できないけれど。
「そうか……、助かった。礼を言う」
何故だか納得してくれましたよ?
俺自身が素人芝居すぎて酷いと思うくらいだから隊長さんが疑念を感じていることは充分に考えられるし様子見は必要かもね。
「そりゃ、どうも」
この件に関して報酬がどうこうという話もあったけど、そこから先は衛兵たちが撤収するのを眺めるだけで終わった。
「本当にいいのか」
「二束三文のお札で高額な報酬をもらうと心苦しいので」
実際、コストは1枚分の和紙と墨汁の分しかかかってないし。
2枚目以降は【秀逸な贋作】カードを使って倍々で増やしたからね。
「それに報酬を用意するのに時間がかかるなら、どのみち難しいですよ。こちらも約束があるので待っている訳にはいかないので」
「そうか、わかった。残念だが仕方あるまい」
どうにか報酬の話を終わらせることに成功した。
効果に嘘偽りはないが、山ほど金貨を受け取ることになっていたら罪悪感に押し潰されそうになっていたかもしれない。
話が一段落ついたところでイリアが召喚魔法を使う振りをして風力車を引っ張り出した。
「世話になった。いずれ、それに負けぬものを作ってみせるぞ」
そう言いながら隊長さんが笑う。
やはり、どうにかして風力車を作るつもりのようだ。
「期待していますよ」
俺たちがこれを今後も使い続けるかは微妙なところだが。
風を動力にしてしまったので人が大勢いる場所では気軽には使いづらいし、街の外では走破性も乗り心地も今ひとつだからね。
おまけに領主代行のオッサンに目をつけられることになったし。
これなら空飛ぶホウキを使った方がマシである。
あれはあれで目立ってしょうがないんだけど。
複雑な思いを抱きながら風力車に乗り込み出発準備完了。
「それじゃあ、俺たちはこれで」
こうして俺たちはマージュの街を後にした。
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街が見えなくなったあたりで風力車からホウキに乗り換え飛んでいく。
目指すは樹海を進むゴブリンゴーストども。
「あー、いたいた」
「相変わらず群れたままのようじゃな」
「思ったより移動していますね」
「霊体だからな」
鬱蒼と茂った森の中を一切の障害物を無視して直線で突き進めるのは大きい。
「霊体なのに昼間でも動けるんだねー」
「昼夜は関係ないぞ。明るい場所だと見えにくいってだけだ」
恨みつらみに妄執しているようなのは暗闇を好むみたいだけど。
陰気くさい場所の方が怨念を維持しやすいからのようだ。
「では、妾の出番じゃな」
樹海なら誰かに目撃される恐れもあるまいとばかりに張り切りだすリム。
イマジナリーカードを大量に消費すると疲れるので俺も止めるつもりはない。
「燃やすなよ」
髪の色が赤いままなので先に注意すると意外そうな目をして俺の方を見てきた。
「ダメか?」
「ダメに決まってるだろ。環境破壊は避けろよな。できないなら俺が全部やるけど?」
「それはダメなのじゃー」
一暴れできると思ったところでのキャンセルは嫌なようだ。
慌てた様子でリムはモードチェンジして白髪となった。
年を食って色が抜け落ちた感じとは違って艶やかで光り輝いているようにすら見える。
「この世に未練を残した哀れなる亡霊ども、迷わず消え去るが良い!」
大見得を切ったリムが大口を開けて光のブレスを放射状に吐き出した。
音もなく広がっていく光の奔流がゴブリンゴーストどもを蹂躙する。
いや、瞬時に消し去っていたので奴らは踏みにじられたと感じているのだろうか。
「どうじゃ、主よ」
浄化のブレスをこれでもかと念入りに吐き出したリムは俺たちにドヤ顔を向けてきた。
ゴーストをすべて消し去った後の樹海は何事もなかったように静寂を保っている。
この状態だけを見せられドラゴンブレスの痕跡を見つけろと言われても、誰にもできはしないだろう。
むき出しの霊体だけがダメージを受けるブレスだったからね。
「助かったよ。ありがとう」
「礼には及ばぬ。妾がしたかったことをしたまでじゃ」
「細かいことは気にしなくていいじゃーん」
俺とマヤが互いに引かない気配を感じたせいかマヤが混ぜっ返してきた。
そんな風に言われると、そういうものかと思ってしまうのだから不思議なものだ。
「これでアンデッドは全滅なんだよねー?」
「いいや。1体残っている」
「「「え?」」」
俺の返答に3人が怪訝な表情をのぞかせ、どういうことかとこちらを見てきた。
「1体って、やけに具体的だねー」
「上から見ていた限りでは討ち漏らしはないと思うのですが」
「当然じゃ」
相当な自負があるようでリムが鼻息を荒くさせていた。
「念入りにやったからのう」
それは俺もわかっているさ。
リムがブレスで攻撃する際にはスプレーで塗装をするときのように往復させていたし、マージンを大きく取っていたのも知っている。
手早いだけでなく丁寧な仕事だったと言えるだろう。
「それとも、はぐれのようなゴーストがおったのかえ?」
急に不安になったのか、そんなことを聞いてきたけどね。
「ゴブリンゴーストじゃないよ」
「む?」
「違うのー?」
見当すらつかないのかリムやマヤは首をかしげている。
「復活したという領主代行ですね」
イリアは気付いたようだ。
「正解」
式神に監視させておいて良かったよ。
ちなみに別々の場所に転移させた護衛の衛兵たちは、すでに死亡しているが誰かさんのような醜い復活はしていない。
「あの愚か者もゴーストになりよったか」
「ゴーストじゃないぞ」
【達人の目】を使って確認済みだから間違いない。
「じゃあ、なにー? ゾンビとかかなー」
「生身は残ってない。レイスだ」
「なんと!? よほど恨みが強かったのじゃな」
リムは驚きに目を見張っていた。
「面倒なことになりましたね」
そしてイリアは表情を曇らせている。
「どーゆーことー?」
さっぱりわからない様子でマヤが聞いてきた。
「ゴーストは普通の炎も弱点になりますがレイスはそうではありません」
「じゃあ、魔法でしか攻撃できないってことー?」
「そういうことだ」
そんなのが樹海を抜けて人のいる場所に現れでもしたら大変なことになる。
これも責任を持って片付けないとな。
読んでくれてありがとう。
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