70 悪霊退治へ行く前に
「領主代行のオッサンが死んだぞ」
奴に生きている間だけという条件で付けていた【不可視の印】の反応が消えたのだ。
連動させていた【敵意レーダー】の点滅が消えたので間違いない。
「ありゃー、ゴブリンゴーストが心配だねー」
「そっちは変化なしだ」
監視させている式神からの視覚情報によれば夜明け前に樹海の端へと至り行軍を続けている。
進路も変わらずだ。
惰性で動き続けているのだろうか。
だとすると何かあれば散り散りになる恐れもあるな。
「主よ、あの男の影響は端から無かったのではないか?」
「それはないよ。【賢者の目】で確認済みだからね」
すべての情報を見た訳ではないが、ゴブリンゴーストは領主代行との魔法的な契約によりつながりができており引き寄せられるとあった。
「ふむ、ならば急いだ方が良いのやもしれぬな」
そんなやり取りをしている間に予想外の変化があった。
「んんっ?」
「どうしたのじゃ、主よ?」
「【敵意レーダー】の光点が復活した」
「なんじゃと?」
赤の点滅が消えて、しばらくしたら赤い点灯になったのだ。
レーダーの光点を点滅させるという【不可視の印】で設定した条件が外れたということは死んだのは間違いない。
けれども何らかの形で復活したので光点が点滅から点灯になった。
復活することまで考慮してなかったおかげで何かあったことに気づけたのは幸運と言うべきなのだろうか。
オッサンを孤立させたからと油断して近づいていたら痛い目を見ていたかもしれない。
もっとも何が起きたのかは推し量りようもないので懸念材料は残っているけれども。
「エリクサーで復活したとかー?」
マヤが無茶苦茶なことを言っている。
「ゲームじゃないんだぞ。死んだ人間を復活させる薬なんて──」
「あるという話は聞いたことがあります」
「あるのか!?」
イリアの話に思わずビックリだ。
「おとぎ話の類いだと思われているような代物ですが」
「ないのか」
どっちなんだよ。
ちょっとワクワクしただけに落胆させられたが、まあ世の中そんなものだろう。
「大昔に使われたという記録は残っているので無いとは断言できませんが……」
「おとぎ話だと思われるほどの代物じゃ作るのも探し出すのも、ほぼ不可能だろうな」
領主代行じゃ手に入れられるはずもないってことだ。
「なーんだ、つまんないのー」
「つまらなくていいんだよ」
あんな迷惑なオッサンが復活なんてされたらたまらん。
いや、ゴブリンゴーストどもをオプションにしている時点で迷惑千万な存在なんだが。
「それよりも目の前の問題を片付けないとな」
ゴブリンがゴーストとして復活したということは討伐し切れていないも同然。
そのことで街中で被害が出た訳じゃないが、それは衛兵たちが奮闘した結果である。
こういう事態になることを誰が見通せたのかとは思うものの不始末の尻拭いをさせてしまったのは間違いない。
「ゴーストどもを調伏しに行くのじゃな」
リムが張り切っているが、そうではない。
「そっちは後回しだ」
「む? 他にすべきことがあるのかえ」
「ゴブリンどもを滅しきれなかったせいで衛兵たちに負担をかけたからな」
「詫びに行くと?」
「そこまではしないさ」
実際はともかく表向きはゴブリンを全滅させた事実などないことになっているし。
「負傷者の治癒ですか?」
イリアが聞いてきた。
「まあ、そんなところ。衰弱を怪我と言って良いのかは微妙なところだけど」
「自然回復は難しいでしょうから同じ扱いで良いと思いますよ」
「それは初耳だ。どういうこと?」
「ゴーストの攻撃でダメージを受けた者は衰弱することがあります」
結構な人数がその状態だ。
「これは呪いを受けた状態のため安静にしているだけでは回復することがありません」
「OH……」
【応急手当】や【集中治療】のイマジナリーカードでは回復できないじゃないですか、ヤダー。
「それどころか長く衰弱が続けば死に至ります」
「うわー、シャレになってないねー。苦しませて殺すとか怨霊の類いだよー」
マヤが辟易したとばかりに舌を出している。
長く生きているから見たことくらいはあるのかもしれない。
「魔法で治癒もできない訳か」
「普通の治癒魔法だと延命できるかどうかではないでしょうか」
そうなると治癒系のイマジナリーカードでも結果は同じだろう。
「先に呪いをどうにかしないといけないのか」
呪いさえ消えてしまえば治癒できるのであれば手はある。
要するに浄化してしまえばいいのだ。
「マヤは無理だよー。アイラはできるみたいだけど向こうに行けないよねー」
お手上げのポーズをするマヤと残念そうにしているアイラ。
まあ、異世界の人間をこちらに連れてくる訳にも行かないからしょうがない。
「あの人数の呪いを祓うのは時間がかかりそうですね」
イリアはできない訳ではないが簡単ではないようだ。
「ならば妾の出番であろう。その程度の呪いなど瞬時に解呪してくれようぞ」
鼻高々に胸を張って宣言するリムだったが。
「ちょい待ち」
俺がストップをかけると小さくズッコケた。
最近ハマっているギャグアニメの影響らしい。
「なんじゃ、主よ。妾がやってはいかんのか」
「解呪する時の髪は何色だ?」
「白じゃな」
「大勢の前でホイホイ髪の毛の色を変えるのは目立ってしょうがないから却下」
「なんということじゃあ」
リムは両手で頭を抱えてショックを受けてしまった。
それこそ白くなってしまったんじゃないかというくらい抜け殻になっている。
「でも、浄化を急がないとゴーストがどう動くかわかりません」
呆然としているリムをスルーしてイリアが懸念を口にした。
領主代行が復活したからつながりは残っているとは思うものの絶対の保証がある訳じゃないもんな。
「浄化は俺がやろう」
「カイさんがですか?」
「そういうイマジナリーカードがあるんだよ。イリアの呪いもそれで解除したし」
「あ」
イリアを連れて脱獄した後に呪いで強制的な睡眠状態に陥っていた話をしたことがあるのを思い出したようだ。
あの時使った【穢れは無に】のカードならば解呪できるはず。
それでダメなら、さらに強力な【浄化消毒】を使うまでだ。
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衛兵が大勢いて慌ただしさは残っていたが隊長さんはすぐに発見することができた。
まあ、式神で監視していたからなんだけど。
「君たちか」
平気そうに振る舞ってはいるが声には疲れがにじみ出ていた。
「霊体型のアンデッドにやられたみたいですね」
「どうしてそれを!?」
「部下の人が誰も怪我をしているように見えないのに何人も倒れていますよね。よく見れば呪われているようですし」
「そんなことまでわかるのか」
「ある人に賢者なんて呼ばれたくらいですから」
自分でこんなことを言うのも微妙なところだが、誤魔化すには都合がいいので押し通す。
ある人がロゼッタの婆さんであるのは言うまでもないことだろう。
ただ、隊長さんに誰であるのかを明かすつもりはない。
自分の国の王女様に仕えている側近だなんて言っても信じてもらえるとは思えないし。
なんにせよ──
「そうなのか」
と、やや強張った表情で返事をした以降は追求してくることもなかったのでありがたい。
どういう風に受け取ったかは不明だけど、俺の方からも聞くことはできなかった。
やぶ蛇になるのは嫌だよな。
「とにかく、こんな状況だからお節介を焼きに来たんですが……」
いかがですかと目で問いかけると頷きが返された。
「この人数だ。正直、助かる。できる範囲でいいから──」
「カイ兄ちゃーん、準備完了だよー」
隊長さんの話を遮るようにマヤが呼びかけてきた。
見れば、横たわる衛兵たちの額にお札が貼り付けられている。
「何を?」
困惑の表情で問いかけてくる隊長さんをスルーして俺は【穢れは無に】のイマジナリーカードを使った。
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