68 ゴブリンの魂は何を求めるのか
ゴブリンゴーストどもは無秩序な密集の仕方をしていたが向いている方角は同じだった。
夢遊病患者のようにフラフラした感じで前進している。
そのせいか普通はこれだけの大群が一定方向へ進んでいれば行軍を連想するのだろうが徘徊しているようにしか見えなかった。
「コイツらが町の方へと向かっていたら大変だね-」
その言葉とは裏腹に他人事のような口ぶりを見せたマヤが大あくびをした。
「我らが冒険者登録をしたマージュのことか」
「向こうの世界で知ってる街って、それしかないじゃーん」
「そういうことを言いたいのではないのじゃ。いずれにせよゴーストどもが何処に向かっておるのか、この映像からではわからぬのう」
「あー、街とは逆方向だ」
式神から送られてくる情報を確認すれば、すぐにわかる。
「ならば、一安心じゃな。世話になった者たちが被害を被るのは免れたか」
「油断はできませんよ。あれらが転身してこないとも限りませんし」
「それ、大丈夫なんじゃなーい?」
テレビに映し出された映像を見ていたマヤが適当なことを言う。
「適当なことを言ってると誰からも信用されなくなるぞ」
「違うってー。街の外に隊長さんがいるんだってばー」
言われてみてみれば、別の式神が送ってきた映像が流れていたのだが。
「確かにいるな」
それも1人ではなく大勢の部下を引き連れてのことだ。
ランゲル隊長は次から次に部下から報告を受け指示を出している状態だった。
部下は様々だ。
走り回る者がいたかと思えば横たわっている者もいる。
「なにやら慌ただしいのう」
「何かと一戦交えた直後のように見受けられます」
「重傷者が続出って感じだねー。怪我してるようには見えないけど」
「ゴーストどもと一戦やったのか」
それならば怪我をしていないことにも説明がつく。
外傷を負ったのではなく精神や生命力にダメージを受け衰弱しているのだろう。
「無謀ですね。あれは普通の武器では傷つけられませんよ」
「うむ。魔法使いでもない人間が数を頼りにしただけでは押し退けられるものではないぞ」
イリアやリムはそう言うが、映像で見た限りでは追い払えたように思える。
「何かしらの対抗手段があったんだろう」
倒れている者が大勢いるところを見ると、それ相応に無茶な作戦であったとは思う。
衛兵の方が圧倒的に少ないのだから無理もない。
あれだけの数を相手にしたことを思えば無謀のひとことで片付けるのは、いささか酷というものだ。
「そうするしかなかったのでしょう」
「どういうことじゃ」
「彼らは衛兵。街を守る立場の人たちです」
立場的に逃げることは許されない訳だ。
「ゴースト相手では街を囲う塀もすり抜けてしまって役に立ちませんし外に出て追い払うしかなかったのでしょう」
「ふぅむ、止むなくということか」
「私たちに協力要請を打診してきたくらいですからね」
「そのようなこともあったのう。遠慮せず我らに依頼すれば良かったのじゃ」
魔法で対抗すれば被害もそこまで多くはならなかったはず。
いや、それをしてあの被害だったのか。
魔法の使える衛兵がどれだけいたかにもよるけれど。
「なんにせよ昨晩の様子だろ。問題は現状だよな」
確認してみたところゴブリンゴーストどもは同じ方向へ向かっている。
追い払われるままに退いたにしては、散り散りになったりしていないどころか密集しすぎなんだよな。
目的地があるからだとしても人の多い場所を目指している風には見えない。
アンデッド系って生者への恨みを募らせて人を襲う印象があったけど、奴らは雰囲気的に違う気がする。
「主の言う方向へ向かっておるとなれば樹海を目指しておるのやもしれんのう」
「は? 樹海だって!?」
思わず驚きの声を発してしまったものの確認してみれば確かに樹海の方へと向かっていた。
まあ、たまたまということも否定はできないんだが。
「何のために?」
そこがハッキリしないからね。
「それを妾に問われてものう」
「もしかすると何かに惹かれているのかもしれません」
「何かねえ」
思い当たる節など俺にもイリアにもないのだけど、それくらいしかゴブリンゴーストどもが樹海方面に向かう理由が思い当たらない。
「ねーねー、カイ兄ちゃん」
「なんだ? どうした、マヤ?」
「この映像って時間はわかんないよね」
「時間? どのタイミングで何が起きているのか知りたいのか?」
「そだよー」
「大体でいいならわかるぞ」
どうしてそんな情報を求めるのかは謎ではあったものの害もないので普通に答えた。
「それじゃあさ、ゴーストが方向転換したのって何時ぐらいかな?」
妙なことを聞いてくるものである。
「そんなことを知ってどうするんだ?」
「えー、もしかしたらだけどさー、ゴーストは隊長さんたちが追い払ったんじゃないかもしれないよー」
ちょっと何言ってるかわかんないんですが?
「ほら、樹海に向かってるかもしれないんだよねー」
「そうだな」
返事をしながらも俺はマヤの言葉に何か引っかかりを感じていた。
「タイミング的にさー、領主代理とかいうオッサンを樹海に飛ばしたのと同時刻じゃないかなーって思ったんだよねー」
言われて初めて気付いたがマヤの言う通りだった。
因果関係を示すような証拠は何ひとつないので、こじつけと言ってしまえばそれまでなんだが。
ただ、言われてみると否定ができないのも事実。
「かなり遠いから、まさかとは思うんだけどなぁ」
そう言いながらも領主代理の居場所を【敵意レーダー】でチェックする。
加えてゴブリンゴーストどもとの位置関係を把握した上で連中の移動方向と照らし合わせると……
「おいおい、まじかぁ?」
確かにマヤが推理したとおりの結果になっていた。
俺が思わず発してしまった声を耳にしてマヤはドヤ顔をしている。
地味にイラッとしたがムカついてしょうがないというレベルではない。
それよりも確認しなければならないことがある。
言うまでもないことだが何がゴブリンゴーストどもを引きつけているのか。
「すべてのゴーストが領主代行に呼び寄せられているというのは考えにくいんだが」
「じゃが、実際はそうなっておるのじゃろう?」
「それなんだよ。何かカラクリがあると思うんだけど……」
「ならば、そやつのところに出向いて始末すれば良いではないか」
リムは事もなげに言ってのけるが迂闊な真似はできない。
「そう簡単にはいかないよ」
「何故じゃ?」
不服そうに聞いてくるリム。
「オッサンが死んでゴブリンゴーストどもが散り散りにならない保証がない」
あの数が拡散すると収拾がつかなくなるだろう。
しかも目印に向けて移動するという目的を失った結果、手当たり次第に生き物を襲う恐れすらある。
「むぅ、無いとは言えぬか」
「そうですね。アンデッドを使役する魔法もありますし」
「えーっ、あのオッちゃんにそんな高度なことができるとは思えないんだけどな-」
「魔法自体は他の者に代行させて契約者を選択する方法もありますよ」
「他力本願ってことかー。そうまでして支配したのがゴブリンの亡霊ってみじめだねー」
マヤはなかなかに辛辣である。
「いや、そうではなかろう」
「どーゆーこと?」
意味がわからないとマヤが首を捻っている。
「彼奴の目的は生きたゴブリンを支配することだったということじゃ」
「ゴブリンなんか支配してどうするのさー」
「街に攻め入らせるつもりだったのじゃろう」
「あれだけの数なら街に常駐している衛兵たちでは守り切れなかったでしょうね」
「そんなことして何になるのさー。損するだけじゃん」
「いえ、最終的にはあの男だけが得をする話だと思いますよ」
「ちょっと何言ってるかわかんないんですけどー」
「衛兵に大きな損害を与えた魔物を自らの力で押し止めれば簡単に英雄になれますね」
確かに支配していれば襲わせるのも追い払うのも自在だろう。
「うわー、自作自演がしたかったのか-」
「そうなるようだな」
もっともゴブリンどもが死んでもつながりが残るのは計算外だったと思うが。
読んでくれてありがとう。
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