67 無口な理由は
「おはよー。早起きだねー」
どういうことかと混乱している間にマヤが起きてきた。
「おはよう」
俺が挨拶を返すとマヤはズイッと身を乗り出すようにして俺の顔を覗き込んできた。
「どうした?」
「それはこっちの台詞だよー。アイラと何かあったー?」
「いいや? 寝てる間の様子を聞いていただけだ。話が見えない感じになって困惑はしてたけどな」
「あー、それでかもねー」
マヤは自己完結して勝手に納得している。
「おいおい、わかるように説明してくれよ」
「わかんなーい?」
「何が?」
「アイラがなんかストレス感じてるよー」
パッと見ただけで、そこまでわかってしまうとは伊達に付き合いが長い訳ではなさそうだ。
「マジか」
「マジだね」
「よくわかったな」
ただ、俺も期間は短いとはいえアイラと使い魔契約を結んだのだから、そのあたりを察することができても良かったのではないだろうか。
式神の監視内容に気を取られて配慮が足りていなかったのは否めない。
「えー、先に話をしてたカイ兄ちゃんにもわかったはずだよー」
マヤにも見透かされてしまっている。
しかしながら俺には何処がどうわかったはずなのかが見当もつかない。
「だって喋んなかったでしょー」
「あ」
言われてみて始めて気付いたという間抜けぶりだが確かにそうだ。
元から寡黙なアイラだったが、いつも以上に無口になっている。
まるで喋らないのだから違和感ぐらい感じても良かったはずなんだが。
「いや、スマン。申し訳なかった」
アイラに詫びはしたものの、しばらく話していたはずの俺が気付かなかったとは何とも情けない話である。
自分の至らなさに穴があったら入りたいところだが思わぬことにアイラが小さく頭を振って否定した。
どういうこと?
「カイ兄ちゃんが悪い訳じゃないって-」
本人に聞く前にマヤが教えてくれた。
会話をしなくても瞬時に察することができるのは、付き合いの長さがあってこそなんだろう。
いまの俺では難しいと言わざるを得ない。
「じゃあ、どのあたりにストレスを感じてるのか教えてくれないか」
それがわからないことには解決のしようもないしな。
が、アイラは答えてくれなかった。
「うーん、困ったなぁ」
しばらくマヤと2人であれやこれやと頑張ってみたがアイラは首を縦か横に振るばかりで一言も喋ることがなかった。
「こんなのさすがに初めてだよー」
百年級で付き合いのあるマヤが言うくらいだから余程のことだ。
だとすると、これ以上はどうしようもないのではないだろうか。
先に録画した内容を確認して時間をおくことも検討すべきかとも思ったのだが、何故かその気にならなかった。
打開策がある訳ではなかったのだけれど。
さて、どうしたものかと考えを巡らせ始めたその時。
「ご飯ですよ」
イリアが朝食の準備ができたと呼びに来たのだが、俺もマヤも腰が重く立ち上がることはなかった。
どうやら早急に解決すべき問題だというのは共通認識のようだ。
「どうしたんですか?」
渋い表情のまま動かずにいる俺たちに怪訝な表情を浮かべたイリアが聞いてきた。
「アイラがまったく喋らなくなったんだよー」
「え?」
意味がわからないと言いたげな顔をしたイリアにかくかくしかじかと説明することしばし。
「はあ、なるほど」
状況を理解したイリアも考え込み始める。
そこへ……
「なにをやっとるのじゃ」
呆れたような声を出しながらリムが現れた。
「待ちくたびれたではないか。朝飯が冷めてしもうたぞ」
そして再びの説明タイムでかくかくしかじか……
「ふむ。そういうことじゃったか」
「お手上げなんだよー」
そう言いながら万歳したマヤの様子を見たリムがフンと鼻を鳴らした。
「何処がじゃ。アイラの様子を見れば簡単ではないか」
「「「えっ!?」」」
「わかるの、リムちゃん?」
「当然じゃっ。妾に言わせればわからぬ方がどうかしておる」
「えーっ」
マヤが困惑していたが、不意にハッとした表情を見せた。
「もしかして、そういうことー?」
目を見開きながらもアイラの顔を覗き込むマヤ。
どういうことだよ?
サッパリわからんがアイラは頷いたので両者の間では意思の疎通はできたようだ。
「えーっと、言っていい?」
その言葉は俺たちに向けられたものではなくアイラの承諾を得るためのものだった。
コクリと頷きが返される。
「怖かったんだって」
何が? と聞きそうになってしまったが、それは聞くまでもないこと。
監視していた向こうの世界でアイラを怖がらせるような内容があったのは明白である。
問題はその正体なんだが何を見たのか聞いても答えられる状態ではないよな。
確認したいところではあるけれど、それよりも優先すべきは──
「イリア、魔法で恐怖心を払拭するとかできるか?」
怖がっているアイラを救うことだろう。
「はい」
イリアも俺と同じように感じていたようで返事をする前から魔法の準備に入っていたようだ。
すぐに魔法が行使されたのだが目に見えてアイラがシャキッとした感じになった。
フンスフンスという鼻息が聞こえてきそうな雰囲気である。
「スゴくない?」
マヤが目を丸くさせているが、イリアが次の魔法を使おうとしている。
どうやら二段構えのようだ。
で、ふたつ目の魔法を行使するとアイラが普段通りの落ち着いた様子を見せた。
「何をどうやったのー?」
興味津々でマヤがイリアにグイグイ迫っている。
「まずはブレイブハートという魔法でバフを掛けました」
「ふんふん」
「これだと恐怖心は消えますが同時に興奮状態にもなるので──」
「ふたつ目の魔法なんだねー」
「ええ。カーミングという興奮状態を抑える魔法です」
なるほど。気分を高揚させて恐怖心をなくさせてから落ち着かせたのか。
問題はトラウマを残さないかなんだが、それについては無理に確認することもないだろう。
「どうだ、アイラ。平気か?」
気が利かないというか間の抜けたことを聞いていると自分でも思うよ。
コミュ障と言うほどでもないが率先してコミュニケーションを取るタイプじゃなかった俺には、こういう時に気の利いたことが言える素地がないんだよな。
「ん、大丈夫」
ようやく声が聞けて一安心。
という訳で遅ればせながらの朝食となった。
すっかり冷めていたから温め直さなきゃならなかったけどね。
「でさー、深夜のパトロールに出掛けたけどー、なぁーんにも起きないんだもん。つまんないよねー」
「こちらの世界はそういうものじゃろう」
「そうでもないですよ」
「なぬ? 魔物はおらぬし妖怪もそうそう出てくるものではないとマヤが言うておったではないか」
「魔物はいなくても事件は起きますよ。ご近所トラブルなんかもそうですね」
「あー、スピーカーオバさんは迷惑だったなぁ」
「出たーっ! 御近所トラブル筆頭候補ぉ-」
「そんな楽しそうに言えるような手合いじゃなかったぞ」
「しつこかったですもんね……」
「ああ、二度と会いたくない」
「ふぅむ。そのスピーカーオバさんとやらが何者かは知らぬが人間というのは何処に行っても面倒なものじゃな」
こんな調子で他愛もない雑談をしながら朝食を取る。
深夜にアイラが見ていたものについては、あえて触れなかった。
アイラを気遣ったというのもあるけど陰気くさい話で飯がまずくなるのは嫌だもんな。
そんなこんなで朝食を済ませた俺たちはテレビの前に陣取って倍速再生で確認作業に入った。
とりあえず音声は必要ないのでササッと見ていけば……
「これを夜中に見せられたら嫌だよね-」
真っ先にそう漏らしたのはマヤだったが、俺も同感である。
「ゴーストの群れとはなぁ」
背丈こそ子供ほどしかなかったが数はやたら多い。
「昼間のゴブリンとどっちが多いんだろーね」
「というより始末したゴブリンどもの成れの果てではないか?」
半透明でわかりづらいが確かにゴブリンっぽい容姿をしている。
「ゴブリンゴーストか」
読んでくれてありがとう。
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