66 樹海流しの刑
地下牢から領主代行と護衛の衛兵たちの姿が消えた。
「得意技ですね」
イリアが苦笑しながら言うほど何度もしてみせた訳ではないのだが。
「島じゃなくて緑の海とのことですが」
どうやらイリアは場所に見当がつかないらしい。
「樹海だよ」
「もしかしてキラーホーネットの時の?」
「そうさ。ド真ん中に放り込めば、あそこほど脱出困難な場所もそうそうないだろ?」
道も目印もろくにない樹海では方向感覚も狂わせられることだろう。
仮に迷わなくても樹海から抜け出すには途方もない距離を歩かねばならないのだ。
それにキラーホーネットという脅威は取り除いたが他にも魔物は数多くいる。
樹海にいる魔物の総数にさほどの差はないだろう。
「確かにそうですね」
魔物を排除しつつ樹海から抜け出すために移動するというだけでも無理ゲーだ。
これに加えて食料と水を現地調達しなければならないのだから連中が詰みの状態であるのは言うまでもないだろう。
念のためにイマジナリーカードで居場所を特定できるようにしてある。
【不可視の印】というカードなんだが任意の対象にセットして用いるビーコンみたいなものだ。
発しているのは電波のような謎の波長なので俺にしか把握できない。
【敵意レーダー】と組み合わせて使った場合は点滅表示されるようにしておいた。
今回は生きている間だけセットされた状態が続くようにしたので死んだ場合は確かめに行く必要がない。
生死の確認のためだけに様子を見に行くなんて面倒だもんな。
「ところで、主よ。今後の予定はどうするつもりじゃ」
「んー、どうって?」
「ランゲルとかいう衛兵の隊長が主の手を借りたがっておらなんだか」
「あー、俺たちの世話になりそうって話だろ」
「うむ」
「不確実な話じゃないか」
要請案件の発生する恐れがあるとかって段階じゃあね。
ギルドに対して冒険者を動員するように要請してきたというなら考えもするけど。
「それなんじゃが嫌な予感がするのう」
「おいおい」
あれから時間もたってるし要請されているかもしれないのか。
そもそも何があったのか情報がまるでない状態だ。
「状況の把握くらいはしておいた方が良さそうだな」
マージュの街の中なのか外なのか。
俺たちが連行されたときの街の雰囲気からすると中ということはなさそうだ。
それに俺たちの手が必要になるということは殲滅力を期待されている気がするんだよな。
「街の外で魔物がらみってところか」
「大きな盗賊団の襲撃って線はー?」
マヤがどんな妄想をしたのか、そんなことを聞いてきた。
「そういうのは門を閉ざして魔法なり弓矢なりで削っていけばいいだけだろ」
実際はそう簡単に削れるものでもないのだろうが、相手が人間なら負傷することを嫌うはずだ。
盗賊どもは街中の人間よりも怪我の治療手段が限られてくるだろうからな。
そのことも合わせて説明するとマヤも反論はしてこなかった。
「これから調査に向かいますか?」
イリアが聞いてきたが、ロゼッタの婆さんたちとの待ち合わせのタイミングを考慮してのことだろう。
状況しだいでは時間がかかることも考えられそうだからな。
「いや、先に式神で偵察しておこう」
当てもないまま向かっても疲れるだけだからな。
それなら式神に偵察させておいて俺たちはその間にゆっくり休んでおいた方がいいだろう。
俺は【耳目の式神】をいくつか用意して異世界に送り込んだ。
「さて、何が起きているだろうなぁ」
「また大繁殖だったりしてねー」
マヤがちょっとシャレにならないことを言い出した。
「勘弁してくれよ。アレかなり面倒なんだぞ」
イマジナリーカードの大量投入でかなり疲れるしな。
「さすがに同じ場所で何度も大繁殖は起きぬであろうよ。少なくとも、そんな話は聞いたことがないからの」
「わっかんないよー。前例がないから次も無いとは言い切れないってー」
それな。
「リムちゃんだって嫌な予感がするって言ってたじゃーん」
「むう」
根拠としてはどうなんだと言いたくなるような話であったが、リムは否定しきれないようでうなっている。
「可能性としては低いですが頭の片隅にでも残しておいた方が良さそうですね」
イリアもそんなことを言い出す始末だ。
否定する材料に乏しいので仕方のないことか。
「とりあえず式神の偵察待ちだな」
そんなすぐに異状を発見できるものでもあるまい。
何かあれば重点的に追うようにしてある。
指定の映像を記録する【万能レコーダー】というイマジナリーカードを【耳目の式神】とコンボで使っているので見逃しの心配もない。
という訳で今のうちに寝ておくことにした。
「おやすみ……」
異世界からの帰還組である俺たちが席を立ったのに対して留守番をしていたアイラは座ったままだ。
「アイラは眠らないのか?」
俺が問いかけると考え込む様子もなくコクコクと頷いた。
本人が大丈夫と言うなら無理強いはできないかと思っていたら……
「アハハ、アイラは樹妖だから眠る必要がないんだよー」
マヤから予想外のことを聞かされた。
そのせいで自分でもそれとわかるほど大きく目を見開いてしまう。
「妖怪って睡眠不足とか縁がないのか!?」
「マヤは寝るよー。元が猫だもんねー。他の妖怪はどうだろー」
どうやらアイラは特殊なようだ。
「だとしても休む必要があるだろ?」
「妖術を使うとき以外はずっと休んでいるようなものだよー」
マヤの言葉を受けてアイラに視線を向けるとコクリと明確に頷かれた。
「普段から省エネモードってことか」
「さー、どーだろー?」
マヤがわからないと言えばアイラもそれに合わせて小首をかしげている。
自分のことなのにわからないのかと思ったが、比較対象がいないんじゃ無理もないのか。
妖怪としての仲間はマヤがいるけど樹妖の同類がいないからね。
「なんにせよテレビに向こうの様子が映し出されるからって無理はするなよ」
コクリと頷きが返されたのを見届けて俺は寝室へと向かった。
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開けて翌朝。
「おはよう。どうだった?」
寝る前と変わらずテレビを見ていたアイラに声をかけるとコクリと頷いて少し間を置いてから再びコクコクと頷いた。
コクリの方が朝の挨拶でコクコクの方が何かあったことを意味していることはなんとなくわかったが難解だ。
契約して俺の使い魔になっていなければ何のことやらさっぱりだったことだろう。
「あー、やっぱり街から離れたところにある森に何かあったんだな」
またしてもコクリ。
「マヤが言ってたみたいに大繁殖とか?」
今度は少し考えるような素振りを見せてからフルフルと頭を振った。
ということは大繁殖ではないのか。
ただ、似たような状況にはなっているのかもしれない。
「ゴブリンより厄介な魔物でも出たかい?」
この問いにアイラは小首をかしげた。
どうやら判断がつきかねるようだ。
少なくともゴブリンではなさそうである。
「じゃあ数が多いなんてことは」
ないよなと聞く前にコクリと頷かれた。
「あれま。多いのか」
問題はどのくらい多いのかなんだが。
「まさかと思うが大繁殖と同程度ってことはないよな?」
アイラ自身はあの辟易するようなゴブリンどもの死体の山をじかに目撃していない。
が、帰還してからマヤと同調して向こうの世界でどんなことをしてきたのか、こちらで何があったのかの記憶のすり合わせをしている。
故にこの質問にも答えられるはずなんだけど。
予想に反してアイラが困惑したように固まってしまった。
どういうこと?
答えられないほど難しい質問じゃないはずなんだが。
それとも同調時に受け渡しした記憶が不完全だったのだろうか。
読んでくれてありがとう。
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