65 牢屋に入れられた
ギルドの建物から出たところで衛兵に囲まれて同行を求められた。
「大人しく来てもらおうか」
衛兵の1人が口を開いたと思ったら、ずいぶんと刺々しい。
ランゲル隊長や見覚えのある門衛たちの姿はないのでこんなものなのかもしれないが。
「これから用事があるんだけど?」
時間制限のない薬草採取の依頼をこなすだけなので同行しても問題はないのだけど、やんわりと突っぱねてみた。
なんか引っかかるものを感じたんだよな。
だから探りを入れてみたって訳だ。
「逆らうな」
ずいぶんと横柄な衛兵だ。
「領主様がお呼びだ」
用があるのは領主であってランゲル隊長ではないってことか。
「呼ばれるような覚えがないなぁ」
「貴様になくても領主様にはあるのだ。黙って付いて来い」
逮捕される訳ではないようなので同行することにしましたよ。
早々に間違いだったと思い知らされるんだけどね。
なにせ牢屋に入れられたんだから。
衛兵相手に暴れるのは得策ではないと判断して大人しく入っただけで抜け出そうと思えばどうとでもなるけどね。
それをしないのは領主の人となりや目的が不明なためだ。
衛兵が無礼千万な態度だったからといって領主もそうとは限らない。
必ず連れてくるようにと命令を出して用件を言わなかったとしたら。
命令を受けた衛兵どもが受諾した任務を必ず遂行させるために高圧的に振る舞ったり逃がさないように牢屋に入れた、なんてことも無いとは言いきれない。
悪い忖度ってところだな。
まあ、そういう可能性もあるというだけで微塵も期待はしていないのだが。
「かような狭くてジメジメした場所に閉じ込めるなど実に不愉快じゃな」
「そーだ、そーだー。飼い猫じゃないんだぞー」
衛兵がいなくなった途端にリムやマヤが不平を漏らした。
それまでは暴れないよう念話で言い含めたから何とかなったけど、止めてなかったら街中で大暴れしただろうなぁ。
「なんと!? 猫は人に飼われると、ここまで非道な扱いを受けるのか」
「んな訳ないだろ。この檻を飼い猫用のケージになぞらえて皮肉っているだけだ」
「ケージとな?」
「柵で囲われた縄張り兼用の寝床みたいなものだ。外で自由に暮らす野良猫には窮屈に見えるらしい」
そのくせ狭いところが大好きというのだから猫という生き物はよくわからない。
「なるほどのう」
まあ、悠長な話をして感心している場合じゃないんだけどね。
俺たちを連行した衛兵はいないし牢番もいないので気がゆるんでしまったところはある。
「カイさん、どうされるんですか」
ここでイリアが、まだ明かしていない俺の方針を聞いてくれたのはありがたかった。
でなければ無駄話を延々と続けていたことだろう。
「2パターン考えているんだけど、どっちにするか迷ってるんだよな」
「というと?」
「片方は領主の出方を見極めてから対応するからとりあえずは何もしない。もう片方はさっさと抜け出してトンズラだ」
「迷わず抜け出せば良いではないか。無礼な輩の都合に付き合う必要などないわ」
リムは鼻息も荒く後者を選択すべきと言う。
「さんせー」
不機嫌さを表情に乗せたまま手を挙げるマヤ。
「こんな扱いをしてくる連中がまともであるはずがないってー」
もっともな話だ。
ランゲル隊長はまともだったが、その部下がすべて同じとは限らない。
中には面従腹背な奴もいるんじゃなかろうか。
現に俺たちを牢に放り込んだ奴らは端から態度も感じも悪かったしな。
そう考えると連中に指示を出した領主とやらもまともとは考えにくくなってしまった。
元々その可能性は低いとは思っていたけどさ。
「そうは言うが慎重にやらないと今後の行動範囲が狭まりかねないんだぞ」
「どういうことじゃ?」
「適当に罪状をでっち上げられて犯罪者にされることも充分に考えられるんだよ」
「それは冤罪というやつであろう」
「そうだよ。けど、向こうは権力を握ってるから俺たちの方が不利だ」
「卑怯な手を平気で使ってくると申すのか」
鼻息も荒くリムは聞いてくるが人間社会というものに対する理解が不足しているな。
まあ、人とまともに交流してこなかったドラゴンだからしょうがない。
「俺たちを問答無用でここに押し込めた奴らが躊躇うと思うか」
「むう。そういうことか」
「そういうことなんだよ。だから抜け出すにしても上手くやらないとな」
「面倒くさいのう」
「手間はかかるが後腐れのないように始末をつける方が大事なんだよ」
領主が何を目論んでいるのかしだいでは消えてもらうことも考慮するとしよう。
殺しはしないが生きていけるかは保証しないということで。
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『こんな場所にいつまでもいたくはないだろう』
嫌みたらしい口ぶりで問いかけてきた神経質そうな男が領主であった。
護衛の衛兵がそう言っただけで実際は領主代行だったけどね。
【賢者の目】で確認したところによると、王太子が本来の領主であり代行を任ぜられたことにより調子に乗っているようだ。
『何とか言ったらどうだ』
返事はしない。
というよりできないと言うべきか。
残してきた式神にはそういう機能を持たせなかったのでね。
そう。俺たちは連中の目の前にはいない。
とっくに牢から脱出して自宅でくつろいでいる。
なお、使ったイマジナリーカードは【身代わりの式神】だ。
指定した任意の対象の姿を写し取るだけでなく見聞きしたものをリアルタイムで確認できるので、こういう時には重宝する。
「傑作じゃな」
「間抜けだよねー」
「私たちでも見分けがつかないくらいそっくりですから、しょうがないですよ」
「そっくり……」
今回は式神の見たものを自宅のテレビに映しているのでアイラが入れてくれたお茶を飲みながら皆で鑑賞会のような状態になっていた。
『半日もたたぬというのに、この有様か。地下牢に入れたのは正解だったな』
ヘストンとかいう名の領主代行は満足そうに笑っていたが俺たちからすると滑稽きわまりない。
現にマヤなどは真っ先に吹き出したかと思うと腹を抱えて笑い出してしまった。
「道化もいいとこだよ-」
「いつ気付くのじゃろうな」
勘のいい奴なら式神が無反応なことを訝しがると思うのだが領主代行はおろか護衛の衛兵たちからも、そんな素振りは見られなかった。
しばらくは大丈夫そうだ。
『貴様たちが所有している馬なし馬車とやらを献上するなら出してやっても良いのだぞ』
「あー、それが目的だったのか」
ちょっと考えれば想像がついたことだが言われるまで気付かなかったな。
「ゆすりたかりとかダサいよね-」
マヤが扱き下ろしている間も領主代行はなにやらブツブツ呟いている。
例の計画以外にもこれを王太子に献上すればさらに出世できるとか言ってるみたいだけど……
「強奪した品で地位を得ようとは貧相な品格じゃのう」
『献上せねば一生ここからは出られぬぞ』
「ウソばっかりだね。二度と外に出す気なんてないくせに-」
「同感じゃな。あれは嘘つきの目をしておるわ」
言うまでもなく俺も同意見である。
『強情なことよ。いつまで平気でいられるかな』
そう言ったかと思うと領主代行が哄笑し始めた。
「耳障りじゃのう」
「キンキンするよー」
イリアやアイラも顔をしかめている。
「そろそろお仕置きタイムといこうか」
ろくでもない目的も確認できたことだし何の憂いもなく退場させられる。
「待ってました-」
「大丈夫なんですか?」
マヤが歓迎する横でイリアは心配そうにしている。
「ここには目撃者もいないだろ」
俺たちを地下牢に閉じ込めたことは秘密にしているだろうし疑われる心配もないだろう。
「島流しですか……」
「今回は島じゃなくて緑の海だけどな。それも合流できないようバラバラに分断する」
単独行動になればサバイバルもより困難になるだろう。
という訳で俺は事前に仕込んでおいたトラップを発動させた。
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