64 パーティ名
「馬なし馬車だって?」
カメリアも風力車の現物を見ていないので伝言を伝えてきた職員同様に困惑している。
果たしてその頭の中ではどんな想像が繰り広げられているやら。
もしかするとリヤカーや人力車のようなものを妄想していることも無いとは言えないな。
「あー、それ俺たちのことだ。門からここまで来るときに隊長さんの言う馬なし馬車に乗せてきた」
「なんだってそんな奇妙な言い方をしてくるんだい、アイツは」
不機嫌そうに鼻を鳴らして愚痴るカメリアである。
「名前だと間違って伝わる恐れがあるからじゃないか。俺たちはパーティ名も決めてないし」
「そうだったね」
肩を落として嘆息するカメリア。
こちらにとばっちりが来る前に落ち着いてくれたようで何よりである。
「さっさとパーティ名を決めちまいな。でないと、馬なし馬車の愉快な仲間たちでパーティ名を登録しちまうよ」
「ひどー、横暴だー」
真っ先にマヤが抗議したが俺も同感である。
ネーミングがダサいとかどころの話ではない。
「何とでもお言い」
「絶対に決めなきゃならないものでもないだろうに」
俺も抗弁してみたのだが……
「ランゲル男爵がアンタらを指名すると予告してきてるんだ。グズグズしてると真っ当な呼び方をされなくなっちまうよ」
どうやら俺たちのことを心配してのことだったようだ。
「そりゃ、すまないね」
気遣いを無下にする訳にもいかないので詫びはしたが、それで名前が決まるものでもない。
「どうする?」
自分だけで考えても良い案など浮かぶはずがないと皆に話を振ってみた。
「えー、カイ兄ちゃんの好きにすればいいじゃん」
「妾も小娘の意見に賛成じゃな」
速攻でマヤとリムにはネーミング会議から離脱されてしまうという薄情な裏切りにあってしまった。
残るイリアに目を向けるも……
「すみません。こういうのは苦手で何も思いつきません」
謝るだけマシだが案がひとつも出てこないという意味では先の2人と同じだった。
せめてヒントになるような単語だけでも挙げてくれれば助かったのだが。
自分たちのことに無関心というのはさすがにムッとするというものである。
「じゃあ、賢者と愉快な仲間たちで」
俺が投げやりに決めてしまったとしても仕方ないよね。
「ちょーっと、待ったー」
適当に決めようとしたらマヤが割り込みをかけてきた。
「なんだよ? 俺が決めていいんだろ」
「好きにすればいいって言ったけどー、いくらなんでも酷すぎるよ-」
「左様。安直すぎるのじゃ」
マヤがケチをつけてきたと思ったらリムまで乗ってくる始末である。
イリアに意見を求めようと視線を向けると気まずそうにふいっと目をそらされた。
色々と複雑な思いをしているようだ。
少なくとも2人の意見に手放しで賛同するようなことはなさそうだが、だからといって俺の側につく訳でもない。
「だったら少しは考えてくれないか。パーティ名でなくても取っかかりになるような単語とか」
俺がそう言うと3人とも意外なことを聞いたと言わんばかりに目を丸くさせて俺の方を見てきた。
「おいおい」
呆れて溜め息が漏れそうになったさ。
「皆で考えるというのは、そういうことじゃないのかよ」
過程をすっ飛ばして結果だけを求めているなんて縛りを入れた覚えはないですよ?
そりゃあ文句のつけようのない結果を提示してくれるなら、それに越したことはないんだけど。
「どうでもいいけど、さっさとしておくれ。アタシも暇じゃないんだよ」
カメリアはカメリアで無茶振りしてくるし。
まあ、仕事が山積しているというのはわかっているので文句は言えないのだけど。
「決めようとしたらストップがかかったからなぁ」
「なら仮決めしておいて後で変更すればいいじゃないか」
「そんなことできるんだ」
思わず感心したのだが、カメリアは当然のことだとばかりに仏頂面をキープしている。
「じゃあ、さっきの名称で──」
「はんたーい!」
「うむ。妾も反対じゃ」
「私も愉快なタイプではないですから……」
3名ともに拒否された。
「別に仮称なんだからいいじゃないか」
「仮だろうとギルドに記録が残るじゃーん」
「たとえ一時的なものであろうと珍妙な名を名乗るのは嫌じゃ。それに万が一にも名乗って定着してしまったら悲惨ではないか」
人に丸投げしておいてよく言うよとは思ったがネチネチ言っても解決はしない。
カメリアの婆さんも俺の方を勘弁してくれと言いたげな目で見ているし。
「そこまで言うなら何か案を出してもらわないとな。俺の案が嫌、自分で案を出すのも嫌では筋が通らないよな」
うっと言葉に詰まるリムとマヤ。
俺に丸投げしてきたくらいだから、そうそう簡単に思いつくものではないだろう。
イリアはずっと黙して語らずであったが彼女なりに考え込んでいる様子が見受けられたので声をかけるのは控えるとしよう。
まずはマヤに目を向ける。
ビクッと体を震わせてウンウン唸り始めた。
「うーんと、うーんと、……あやかしの森」
「却下」
一言で切って捨てたが、マヤはそれで納得する玉ではない。
『由来を聞かれたときに答えられないだろ』
念話で理由も説明しておいた。
「ぐはっ」
オーバーアクションで返り討ちにあったような芝居がかった真似をするマヤ。
昔の時代劇に出てくる悪役を見ているかのようなやられっぷりである。
そうやってしばらくは俺の追求から逃れようというのだろう。
まったく……
しょうがないのでリムに目を向けた。
こちらはいつの間にか腕組みをして口をへの字に曲げている。
一応は考えているようだ。
「で?」
水を向けると、リムはおもむろに口を開いた。
「森の乙女たち」
「俺、男なんだけど」
「うっ」
リムも撃沈だと思ったのだが……
「では、神の山ならばどうじゃ?」
「それは場所だろ。十中八九、パーティの名前とは思ってもらえないぞ」
「なんとっ!?」
今度こそリムも撃沈し残るはイリアのみとなった。
当然、皆の視線が集まる訳で。
「えっと、期待されても困るんですが」
困惑することしきりのイリアである。
「とりあえず案が聞きたいだけだから適当で構わない」
「適当は困るよー。愉快な仲間たちにされたくないじゃん」
「バカ者。イリアにプレッシャーをかけるでないわ」
マヤとリムのやり取りを見て苦笑するイリア。
「愉快な仲間たちがダメならフレンズにするとか」
賢者フレンズか。なんだか微妙な気もするけど、どうなんだろうな。
「えー、ダサーい」
マヤには不評なようだ。
「チグハグというか収まりが悪いのう」
リムも難色を示している。
自分たちの案のことは棚上げにしているとしか思えないんだが。
まあ、俺も恥ずかしげもなく賢者とか言っちゃってるし人のことは言えないか。
なんにせよ時間はあまりかけていられない。
そろそろカメリアの我慢も限界に達しそうな気配が見受けられるし。
「ひとつ聞きたいんだが」
カメリアに声をかけるとジロリと睨まれた。
「なんだい」
声のトーンが幾分低くなっている。
下手に刺激するのは危険そうだ。
「商売をする時の屋号を冒険者パーティの名前にすることは可能なのか?」
「ああ、そういうことかい」
俺の質問から意図を察したカメリアが小さく嘆息し同時に表情から険が抜けた。
「冒険者を副業にしている商人は大抵そうしてるさね。アンタらもそうするかい」
「そうだな。ノート商会で登録してもらえるか」
これならセンスがどうこうと言われることもないだろう。
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