62 薬草採取と品種改良?
「あったよー」
夕方近くまで薬草探しをして、ようやく最初の1本が見つかった。
発見者であるはずのマヤは肩を落として少しも嬉しそうには見えない。
「こんな調子だと15本も集めるなんて何日かかるんだかわかんないよー」
脱力した様子でマヤが愚痴る。
「いいや。今日中に終わらせるさ」
「そんなの夜中までかかったって無理だー」
「普通に探せばな」
半泣きで嘆くところを見ると徹夜覚悟の残業だと思ったらしい。
どこのブラック企業だよ。
まあ、ロゼッタの婆さんたちとの待ち合わせがあるからタイムリミットがシビアなものになると思ったのかもしれないが。
「普通じゃない探し方なんてあるの?」
拗ねた表情で聞いてくるマヤ。
「もちろん! ここからは俺の仕事だ」
自信たっぷりに答えましたよ。
前の職場で社長が粉飾決算をしていた証拠を探す際にも使ったイマジナリーカードの【サーチ】があるからね。
とはいえ実は街の外に出たところで使って一度は失敗している。
他の薬草にも反応して、どれがどれやらということになってしまったのは内緒の話だ。
原因はギルドの資料室で調べたときに見た絵が微妙だったせいだろう。
説明文が詳細でなかったら自分たちで探すのも無理だったんじゃなかろうか。
おかげで薬草というざっくりした指定で【サーチ】することになって他の薬草にも反応することになった。
薬草のある場所だけはわかったので時間短縮にはなったけど、そこから目的のものを探すので手間取ったんだよな。
他のものでも5本あれば1件分の依頼になりはする。
普通に考えれば片っ端から集めて5本1組にすれば充分だろう。
そう思っていたことが俺にもありました。
「これなら5本そろいそうだな」
「でも、資料室で見た薬草図鑑には記載されていませんでしたよ」
せっかく集めた薬草も知られていないものだったせいで使えないという有様だったのだ。
そんなのばかりが見つかるせいで時間がかかって仕方なかった。
「傷薬用の薬草はありふれたものだという説明文は何だったのじゃろうな」
リムも嘆息して呆れていたが気持ちは皆同じである。
「きっと乱獲したんだろうねー」
「いや、根っこを残せばすぐに生えてくるって図鑑の説明にあっただろ」
「根に傷がつけば根だけが伸びるようになるともありましたよね」
「やる気のない見習い連中が適当に引っこ抜き続けたんじゃろうな」
薬草で依頼をこなそうとする見習いが少ないと聞いていたが、そういうカラクリだったとは開いた口がふさがらないというものだ。
結局は自分たちの首を絞めることになるということに気づけていない連中は多そうだ。
「この調子だと傷薬も不足しているかもな」
「愚かじゃな」
「同感-」
「正しい知識を身につけていないからでしょうね」
イリアの言うことも見習たちには響かないだろう。
困って初めて痛感することになる訳だが、それでも自分たちのせいではないと言いそうな気がする。
そんなやり取りをしながら探し続けてようやく1本を発見した訳だが。
傷薬用の薬草を明確に認識した上で【サーチ】を使った結果、近場ではほぼ全滅だったのは言うまでもない。
「かなり足を伸ばしたなぁ」
「すっかり日が暮れちゃったよ-」
マヤの言う通り月明かりが穏やかな光を降り注ぐ時間になっていた。
イリアが魔法で周囲を照らしてくれたので視界は確保できたものの街の門はすでに閉まっていることだろう。
普通の冒険者パーティーなら野宿を選択するところだ。
「帰ろ-?」
にもかかわらずマヤはそんなことを言った。
これは街に帰ろうという意味の言葉ではないからだ。
文字通り家に帰りたいと言っているのである。
「ああ、街には明日出直すか」
「さんせー。アイラも待ってるよ」
「そうだな」
日本の自宅で留守番をさせているドライアドのアイラも俺たちが帰ってくるのを待ち遠しく思っているに違いない。
積極的に自己主張する質ではないけれども、だからこそ気を配らないとね。
「あっ、そーだ。いいこと思いついちゃった-」
「いいことじゃと?」
ろくでもないイタズラを思いついた、の間違いじゃないのかと言いたげに疑わしげな視線を向けるリム。
「ここにアイラを連れてくれば根っこだけになった薬草も元の状態に戻せるよー」
確かに樹妖であるアイラであれば、草花を操ることもできるだろう。
だが、それも現場に来ることができて初めて可能となる話である。
「アイラは本体である自分の木から離れられないだろう」
だからこそ留守番をしているようなものだ。
仮に一時的にでもこっちに来ることができたとして留守番をどうするかという問題もある。
「あー、そっかー。いい案だと思ったんだけどなー」
「発想は悪くないが実現性に乏しいのう。それにじきに元通りになるのが目に見えておるわ」
「そこはギルドで初心者講習を開くとかさー」
「モラルの低い連中に常識を教えても素直に従うとは思えんのう」
「傷薬が不足しててもー?」
「自分勝手な連中が頭ごなしに強制されても素直になるはずなかろう。たとえ規則を定めて違反すれば罰が与えられるのだとしても人目がなければ勝手をするはずじゃ」
「そうでもないかもな」
「む? どういうことじゃ、主よ」
「罰は罰でも天罰が下るんだとしたらどうだ?」
「天罰じゃと?」
「薬草を乱暴に引っこ抜くと枯れてしまうようにする」
「それが天罰になるのかえ?」
「草むしりをするだけで終わって依頼も達成できず報酬もない。これぞ自業自得という名の天罰さ」
「ふむ、そういうことか。じゃが、薬草が急に性質を変えたりはせんじゃろう」
「そこは専門家の出番だよ」
「意味がわからん。アイラはこちらの世界に来られぬではないか」
確かにリムの言うとおりではあるが、発想を変えれば不可能ではなくなる話なんだよね。
「やりようはあるってことだよ」
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
という訳で日本の自宅に戻ってきましたよ。
「ただいま。留守番ご苦労様」
お帰りを言うかわりとにアイラがコクリと頷いた。
「いきなりで悪いんだがひとつ仕事を頼みたい」
小首をかしげて不思議そうにするアイラさん。
まあ、帰ってきてお土産でも渡しそうなタイミングでそんなことを言われればね。
それでも俺から話を聞くとコクコクと頷いて──
「可能」
そう呟いた。
「まさか根っこを持ち帰るとはね-」
アイラを異世界に連れて行けないなら向こうから現物を持ってくればいいだけのことだ。
「うむ。発想の転換じゃな」
リムは感心することしきりである。
「柔軟な思考ですよね」
イリアもか。
「おいおい、褒めても何も出ないぞ」
とか言いつつ悪い気はしないあたり俺もチョロいものである。
だが、そんなことより薬草の根っこの処理の方が大事だ。
「じゃあ、頼むな」
アイラがコクリと頷いた。
渡した薬草の根っこを両手で包んで瞳を閉じる。
すぐにポコンと薬草が生えた。
ニョキニョキって感じじゃなくて一瞬で完全に成長した状態になったのだ。
「おおっ、これは見事じゃのう」
リムが目を丸くさせるのも無理はない。
「根っこ、育ちすぎ。元の状態に戻しただけ」
実行した本人に自覚はないようだけど。
「それじゃあ品種改良なんてできるか?」
「なんですと──────────っ!?」
大声で驚きをあらわにしたのはマヤである。
うるさいが、それよりも質問の返答の方が大事だ。
「どんな風にしたいの?」
そんな風に聞いてくるということは、できるみたいだな。
助かるよ。
読んでくれてありがとう。
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