61 試験以外にも
「無茶苦茶だよ、アンタら」
ギルド長の執務室に戻ってくるなりカメリアが溜め息まじりでぼやいた。
「特に最後のアレは何だい」
「何だいって言われてもなぁ。石柱を破壊しただけだけど?」
「破壊しただけぇ?」
素っ頓狂な声でカメリアの婆さんが威嚇するように聞いてくる。
とはいえ返事を求めている訳ではないだろう。
「おかしいだろ。素手で粉々にしてるんだよ。人間業じゃないよ」
そりゃあ人化してるドラゴンだからね。
【遮断する壁】カードを使わなくても頑丈だし破壊力も人間の域を超えているさ。
そう言いたくなる気持ちはわからなくもないんだけど、こちらにも事情ってものがあったからなぁ。
「あれくらいしないと戦わずして合格とはならなかっただろう?」
「魔法の時点で合格だよ。ランクが違ってくるだけさね」
「へえ、そうだったんだ」
思わず感心したらジト目で見られてしまった。
「他人事みたいに言ってくれるじゃないか」
判定するのは俺たちじゃないから仕方ないと思うんだけど、それを言うと何を言われるかわかったものではないのでスルー推奨だ。
「で、ランクが確定したならライセンスを発行してもらいたいんですがね」
「まだだよ」
「まだかよっ」
「アンタらのうち少なくとも1人には商業資格を取ってもらわないとねえ」
「どういうこと?」
俺たちは商売もするから渡りに船ではあるけれど。
「大繁殖をたった4人で片付けましたと言って誰が信じると思ってるんだい」
「要するに無かったことにしたい訳だ」
聞けば聞くほど大繁殖なんて災害みたいなものだからなぁ。
発生しなかったことにしておけば街の住人たちに騒がれずに済むだろう。
ただ、単に話を伏せるだけでは出所不明の大量の魔石という証拠があるからバレる恐れがある。
「それで商業資格の話につながってくる訳か」
商人が仕入れて持ち込んだことにすれば出所不明ではなくなるし、どうやって仕入れたかは商売上の秘密ということで詮索しないのが暗黙の了解だ。
これが日本なら産地偽装ってことになるんだろうけど異世界では取り沙汰されることもない。
「察しが良くて助かるよ」
そんな訳で俺とイリアが商人の試験も受けることとなった。
まあ、リムとマヤが面倒くさがってパスした結果なんだけれど全員が商人である必要はないよな。
で、実技試験の後に筆記試験と相成ったわけだれども……
「馬鹿にしてる?」
問題に一通り目を通した直後の感想ですよ、これ。
小学生の算数レベルの計算問題のみが10問だけじゃあ無理もないよな。
4桁の数字が複数並んだ加減算がもっとも難しかったかもしれない。
乗除算もあったけど2桁までだったし。
計算ミスがないように見直しを2回しても時間は半分も余ってしまいましたよ。
「ウソだろう?」
早く終わって全問正解だったということでカメリアが目を丸くさせたのには驚かされたが。
信じ難いことに、あの問題は難易度が高いものだったようだ。
いずれにせよ商業資格が得られるなら文句はないと思っていたのだが。
「アンタらは魔石を大量に持ってきたから実技は免除だよ」
どうやら計算能力よりも仕入れや交渉の実務面が重視されているみたいだな。
それが無しになるならラッキー以外の何ものでもあるまい。
余計な口は挟まぬのが吉というもの。
「あー、忘れていたよ」
不意にカメリアがなんでもないことのように言った。
「見習いの制限を外すための仕事をしてもらうよ」
「はあ?」
聞けば新人は通常であれば見習いとして登録され、制限枠内での依頼を一定量こなさなければならないらしい。
「後出しがすぎるだろう」
「スマンスマン。すっかり忘れていたのさ」
謝ってはくれたけど、軽い調子で少しも悪いと思っているようには見えない。
それを追求したところで仕事は免除にはならなさそうなので先を促す。
「制限解除の条件は所定の仕事を3件分こなすこと」
失敗すればマイナスされるというし楽なものではないようだ。
仕事の内容は、側溝清掃・配達・薬草採取の3種類。
一番人気は汚れることもなければ手間もかからない配達だという。
楽なはずなのに失敗も多いそうだ。
原因が不注意による汚損や破損によるものというのが聞いていて信じられなかったけど。
不意の事故ですらないとか仕事に対する意識の低さはどうなってるのかと思ったさ。
ネコババすらあるというくらいだから酷いものだ。
そういう輩はギルドの威信にかけて必ず捕まえ処分するんだと。
強制労働の奴隷落ちらしいから犯罪は割に合わないというものである。
そして、不人気ナンバー1は汚れるし臭いのが確実な側溝清掃である。
配達でヘマをした連中は強制的にこの仕事をさせられるのだとか。
そういう連中の仕事は手抜きになるのが明白であり最初は必ずと言って良いほど依頼は未達成として判定されるそうだ。
真面目にやる気のない連中は見習い期間が長く続くことになる。
残る薬草採取は同種のものを5本集めると1件扱いとなるが慣れていないと、やたら時間がかかるらしい。
おまけに納品時にチェックされて品質が悪いとはじかれるという。
見習いを抜け出すためには、それなりに苦労させられるってことだ。
で、俺たちが選んだのは薬草採取15本で3件分。
これなら、まとめて1回で仕事を終わらせられるからね。
街の外に出る必要があるので期限付きの通行証を発行してもらった。
とはいえ薬草の情報がないので現場に直行はせず、まずはギルドの資料室で調べてからだ。
司書がいる図書室のような場所で利用者は俺たちだけだった。
薬草や魔物の資料を司書に用意してもらい皆で手分けして調べていく。
「薬草って色々あるんだね-」
マヤが感心しているが、そんなのは日本でだって同じことだ。
薬草なんて専門家でもなければ調べでもしない限り分かる訳ないっての。
「解毒薬の材料となる薬草はどうじゃ?」
「解毒薬ね。あれば喜ばれそうだな」
「これならば寝床の近くでよく見かけたから簡単に集められるはずじゃ」
その言葉でリムが目を通していた資料を覗き込む。
見れば納得。
解毒薬の薬草は高山植物というやつであり、別荘のある神の山なら余裕で確保できそうだった。
ただ、このあたりでそういう高い山はない。
「これはやめておいた方が無難だな」
「何故じゃ」
「希少性が高いのに入手先を問われると面倒なことになるのが目に見えてるからだよ」
しかも見習いの制限解除のために受ける依頼なので強気ではね除けるのは難しい。
「ままならぬのう」
「どんな薬草か指定されていないんだし他のものでいいじゃないか」
「このあたりで採取できる薬草もあるけど簡単じゃなさそうだよー」
マヤの口ぶりだと何か障害になるようなことがありそうだが何だろうか。
「どう簡単じゃないんだ?」
「傷薬用だから日常的に使われてるって」
「あー、採取も頻繁に行われてるのか」
そうなると見つけるのも一苦労ということになる。
カメリアの婆さんがやたら時間がかかると言っていたのは、そういうことか。
「そうは言ってもそれしかないだろうな」
「15本も集めるのー? 面倒くさそうだよ」
マヤは今からやる気がなさそうにしている。
「1本、見つければ何とでもなるさ」
薬草図鑑の絵が微妙なのが、いささか不安要素ではあるけれど。
それでも説明文は詳細だし何とかなると思いたい。
最初の1本さえ見つかればどうにかできる自信はあるのだ。
切り札は俺の中にある。
読んでくれてありがとう。
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