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「君は武器を選ばないのか?」
隊長さんと対峙すると真っ先に問われてしまった。
武器を持たなかったのは無手なら油断を誘えるかと考えてのことだったのだけど、さすがに舐めていると思われただろうか。
それならそれで隙ができるはずなので問題はない。
「不服ですか?」
「いや、君がいいなら問題ない。むしろそういう状況を想定した訓練を積んできているのだろう」
油断を誘えるかと思ったが逆に警戒されてしまった。
これは不意打ちで終わらせようという目論見が潰えたことになるか。
街を守る衛兵のトップなんだから当然なんだが侮れない。
「では、始めようか」
俺が頷くと審判が掛け声を発する前に間合いへと飛び込んできた。
うん、速いね。
姿勢を低くして剣を下からすくい上げるように振るってくる。
体の陰に隠れて軌道もリーチも読みづらい。
先程までの連中とは段違いの腕前であるのはこれでハッキリした。
下がってかわすのは下策だろう。
この一振りを皮切りに連撃してくるのは目に見えている。
故に前へ出た。
斜めに振り上がってくる太刀筋ではあるが追撃を意識しているせいか脇に避ける余地があるからだ。
これがなぎ払いに近い軌道であれば前には出られなかった。
「そう来たか!」
隊長さんは足を止め正対すべく体の向きを変える。
単に横を向いたのではなく剣の間合いへと戻すべく下がりながらだ。
当然、向きが変わった直後に再び斬りかかってくる訳で。
振り上げた剣の勢いを利用して袈裟切りに振り下ろしてくる。
剣の腹とすれ違うようにして回り込んで回避。
次は横薙ぎにしてくるはず。
そう読んだのだが……
「おっと」
俺は大きく飛び退いた。
隊長さんは袈裟切りの勢いを止めずにそのまま横に1回転してなぎ払いしてきたのだ。
読みとは逆方向からだったので反撃し損ねてしまった。
「これをかわすか」
隊長さんが不敵な笑みを浮かべた。
「まあ、なんとか」
「とてもそうは見えないな」
不意を突かれた格好なのでウソではないのだが余力があるのを見抜かれてるね。
「やはり思ったとおりだ。これなら遠慮はいるまい」
あー、本気にさせちゃったか。
そうならないように立ち回ろうと思っていたのがおじゃんになってしまった。
長引きそうなのは面倒なんだが仕方あるまい。
「行くぞ!」
今度は喉を狙って鋭く深い突きが飛んで来た。
俺がこの突きをかわせるものと信じているせいか遠慮というものがないな。
確かに突きは点の攻撃であるがゆえに単発であれば回避しやすくはある。
剣の切っ先が飛び込んでくる前に横へ一歩踏み出しスライド移動でやり過ごす。
それは織り込み済みだったのだろう。
そのまま引いて終わりとはならず突ききった状態から剣を横薙ぎにしてくる。
生憎とその流れは俺も読んでいた。
むしろ、そうなるように仕向けたというべきか。
突きが来た瞬間にとっさに組み上げたシナリオではあるが、これでこの模擬戦を終わらせるつもりである。
剣の軌道に合わせて下がりながら剣の腹を両手で挟む。
そう、真剣白刃取りだ。
「なにっ!?」
ここで強引に剣を止めることはせず横薙ぎの勢いに合わせて体を泳がせながら頭上を越えるように剣の軌道を変えてやる。
「くっ」
短く呻く声が聞こえてきたが、そこで止まりはしない。
剣が頭上を越えた後は下へと動きを変えながら顔面に突き入れるような跳び蹴りを見舞う。
「なっ」
これはかわされたが姿勢を崩させるのが狙いの一部なので当たらずとも構わない。
本命の狙いは剣を軸に跳び越えることで、ひねりを加えることだ。
その結果として剣を奪い取ることに成功した。
予期せぬ動きに振り回されバランスを崩した状態で剣の柄を急激にねじられては抗いきれなかったとしても無理はない。
だが、見学していた面々からすると予想外の展開だったようで大きなどよめきが起きた。
特に驚きもなく見ているのは、うちの面子だけである。
奪った剣を軽く放り上げて柄を握ってヒュンと風切り音が聞こえる程度に一振り。
「まいった。まさかこんな負け方をするとはな」
隊長さんは両手を小さく挙げて降参の意を示した。
「そっ、それまでっ」
上ずった声で審判が終了を告げると、わっと歓声が上がった。
無手の俺が勝つとは誰も予想していなかったのだろう。
外野の連中は信じられないとか最後の技は何だったのかとかと口々に騒いでいる。
そんな言葉を耳にすると、どうにか終わらせることができたのだという実感が湧いてきた。
長引くかと思ったんだけど単発の突きが来なければこの結果はなかったし運が良かったと言うべきだろう。
「見事だ。魔法も格闘も超のつく一級品だった」
「あ、どうも」
いくらなんでも褒めすぎだと思ったせいで間の抜けた返しになってしまった。
そのせいで隊長さんには苦笑されてしまったさ。
「あれも君にとっては朝飯前ということか」
すがすがしく言われると、なんだか申し訳なくなってくる。
幸いにして【敵意レーダー】カードの反応は青くなったのでリップサービスということもなさそうだ。
逆に赤い光点になっていたらと思うとゾッとするけどね。
「最後に残った彼女も強いのだろう?」
「ええ。俺よりも」
素手で岩を割り砕くなんて芸当はイマジナリーカードなしでは真似できないからなぁ。
「道理で最後に残る訳だ」
目を丸くさせて驚きつつも隊長さんは納得したらしく頷いている。
「隊長」
そこへ衛兵が現れた。
「お戻りください」
多くは語らないが強張った表情から察するに何かのトラブルだろう。
「わかった」
即座に察した隊長さんが了承して挨拶もそこそこに去っていった。
「さて、俺たちの方も終わらせよう」
急かすようで悪いが、さっさと試験を終わらせたいからね。
「腕が鳴るのう」
リムも俺たちの試合を見て気持ちが高ぶったのかやる気満々である。
「ほどほどにな」
「わかっておる。殺さねば良いのじゃろう」
物騒なことをリムが言うせいで外野が畏縮してしまっていた。
「おい、次の相手はお前だろう」
「無理っ、無理だ! あんなスゲー奴より強いってシャレになんねえよ」
「素手で剣を奪っちまったもんなぁ。あれより強いんじゃ下手すりゃ死ぬぞ」
「冗談じゃねえっ。どこが新人の試験なんだよ!」
始める前から降参状態ではどうにもならない。
おまけに代わりの対戦相手をその場で募集してもカメリアが目を向けると見学者たちは視線をそらす有様で誰も名乗り出ないし。
この調子じゃ無理に指名しても逃げ出すのがオチだろう。
「困ったねえ」
カメリアは思案顔をしているが解決策は簡単には見つかるまい。
「何日か待ってもらうことになるかもしれないよ」
「それは無理だな。近いうちに別の場所で待ち合わせの約束をしているから長逗留するつもりはないんだ」
「困ったねえ」
「リムの強さを証明できればいいんだろう?」
「そうだけど、何を考えてるんだい」
「デモンストレーションだよ。さっきの石柱はここでも作れるかい?」
「同じもので良ければね」
何をするのか見当もついていない様子ではあったもののカメリアは魔道具を使って石柱を用意してくれた。
その間にリムには何をするのかを説明しておく。
「それで何をさせるつもりだい?」
「破壊するだけだ」
「魔法を使わずにかい?」
キョトンとした顔で聞いてくるカメリア。
「もちろんだ」
そう返事をした直後に破砕音がした。
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