59 試験は続くよ
「全員が魔導師級の魔法使いとか悪夢でも見ている気分だよ」
カメリアの婆さんが愚痴るが、俺たちからすれば知らんがなの心境である。
「とはいえ前衛がいないのは問題だね。タンクもいないじゃないか」
「そうだな。冒険者のパーティとしてはバランスを欠きすぎている」
カメリアはギルド長として当たり前の指摘をしてきたつもりだろう。
それに同意する隊長さんも常識的な考えをしている。
とはいえ魔法の試験だけをしてそんな風に言われるのは心外である。
「そう思うなら白兵戦の試験もすればいいんじゃないか。できないとは言ってないんだが」
ギョッとした顔をされてしまいましたよ。
「防具も着けずに前衛だって!?」
「俺たちの防御力は下手な鎧なんかを身につけるより高いんだけど?」
普段から皆に【遮断する壁】カードを使っているし、いざとなれば重ね掛けで防御力は上げられる。
その気になれば【反射の守り】カードでドラゴンのブレスも反射できるからね。
「常に魔法防御をかけているってのかい!?」
いちいち驚く婆さんだと思ったが、隊長さんが唖然としているところを見ると俺たちの方が非常識らしい。
「特に負担もないからね」
いまさら隠してもしょうがないので素直に返事をしたら、カメリアの顔がチベットスナギツネを思い出させる虚無感たっぷりなものになってしまった。
「で、そっちの試験をするかしないかを聞かせてほしいんだけど」
そう言うと、ようやく我に返ったカメリアが真顔に戻る。
「誰が前衛なんだい。こっちも試験官を用意する必要があるんだ」
「全員だよ」
「本当だろうね。怪我しても知らないよ」
カメリアはそう言うが【遮断する壁】を使っているので万が一にも怪我をすることはないな。
故に不敵に笑って返す。
模擬戦の形を取ることになるだろうから勝敗は相手しだいにはなると思うがね。
それでもこちらに来る前に事前準備として色々とやってきているのだ。
もちろん魔法を使わずに戦う術も身につけている。
リムやマヤは身体能力の高さもあって端から戦えたし俺はかつてイジメを受けていた時の対策として武術をかじっている。
道場に入門したりとかではなくイマジナリーカードを使ってだけどな。
【武芸の心得】は見ただけで動きの善し悪しがわかるカードだ。
加えて繰り返し見ればたとえ映像であっても、その動きを習得できる。
複数枚を同時に使用すれば見る回数を減らせるため習得までの時間短縮も可能という作成した俺も驚きのチートぶり。
これを体術の心得がなかったイリアに使ってみたら後衛専門と見られがちな魔導師とは思えぬほど動きが良くなった。
リムやマヤを相手に鍛錬してきたので実戦でもそこそこは使えるはず。
という訳で先陣を切るのはイリアとなった。
「ギルド長、本当にいいんですかい」
対戦相手に選ばれた剣士とおぼしきオッサンが困惑している。
防具も身につけていない相手と模擬戦をするのだから無理もない。
問われたカメリアは念を押すように俺の方を睨み付けてきた。
「刃引きをした剣で怪我をすることはないさ」
「そこまでか」
と目を丸くさせているのは相変わらず見学を続けている隊長さんである。
もしかして暇なのか?
そっちが問題ないなら好きにすればいいけどさ。
「本気でやんな。試験になんないよ」
「へーい」
返事はしたもののオッサンは目に見えてやる気がない。
それも始まるまでのことかと思っていたのだが。
「はじめっ」
審判を務めるギルドの受付嬢っぽい女性の掛け声で模擬戦が始まった。
にもかかわらずオッサンはまともに剣も構えず突っ立っている。
「あの者、イリアに対して舐めた真似をしてくれるではないか」
「舐めプしてると痛い目を見るだけだよねー」
俺も憤慨するリムとマヤの意見には同感だ。
ただ、イリアがどう感じているかは見て取ることはできない。
手にした杖を構えることなく立っているが、こちらは自然体だ。
向こうがここで急に突っ込んできても対応できるだろう。
「ヘイヘイ! どうしたんだい、お嬢ちゃん」
オッサンは挑発してくるがやはりまともな構えはしていない。
あれで強襲されても即応できるなら大したものだ。
「ギルド長?」
俺が声をかけるとカメリアは不満のこもった目でオッサンを見ながら大きく嘆息した。
「腕はそれなりにあるはずなのに不真面目な奴でね」
だろうと思った。
なぜ、そんな輩を使うのか疑問ではあったがギルドの都合もあるのだろう。
「それで怪我をしても文句は言えないと思うんだが?」
「もちろんさ」
そうしてくれと言わんばかりの返事である。
どうやら懲罰的な意味合いで対戦相手として呼ばれたようだ。
負ければ大恥だもんなぁ。
それに新人を相手にして勝っても自慢にはならないから調子に乗ることもないはずと判断されたっぽい。
「主よ、イリアが動くぞ」
リムに声をかけられイリアの方を見るとスタスタとオッサンの方に向けて歩み始めていた。
「あーん? まるっきり素人じゃねえか」
嘲笑するオッサンだが、それは大きな隙だ。
見逃さなかったイリアが不意にノーモーションで大きく踏み込む。
「はっ? ぐえっ」
オッサンが呆気にとられた直後、杖の先が鳩尾のあたりへめり込むように突き込まれていた。
ドサッと地面に伏したオッサンはピクリとも動かない。
「それまでっ」
審判の合図とともに周囲で見学していた者たちからざわめきが起きた。
オッサンへの酷評半分、イリアへの驚きと称賛が半分といったところか。
「あれじゃ試験にならんでしょ。別の対戦相手を入れて仕切り直しだな」
「いいや」
俺の言葉にカメリアの婆さんは頭を振った。
「油断せず相手の隙を見逃さなかったし動きも悪くない。充分だよ」
短い時間ではあったものの細かな部分まで見極めていたとはギルド長の肩書きはお飾りじゃないってことか。
「次だ!」
ギルド長が声を張るとオッサンは隅っこへ運ばれ別の男が出てきた。
「アタシの出番だよーん」
男の対面にピョコンと飛び出すマヤ。
子供っぽい登場の仕方に見た目も中学生くらいと幼いことで先程のオッサンであれば舐めきった態度を取ったことだろう。
しかしながらマヤの前に立つ男は静かに待っていた。
男の装備は小さめの丸いシールドと片手剣。
動きを阻害しないように気を遣っているところを見ると素早い動きの戦闘が見られそうだ。
「はじめっ」
審判の掛け声でマヤの試験となる模擬戦が始まった。
と同時に男が突進してくる。
強引に間合いへと踏み込むつもりのようだ。
「はあっ!」
裂帛の気合いとともに下から剣を振り上げる男。
それに対しマヤは踏み込みながら半身になって剣をかわす。
「遅いよ」
そのまま男の背後に回り込んで膝裏に蹴りを入れる。
バランスを崩して倒れ込んだ男の頭部に訓練用の剣を突き付けて終了だ。
「呆れたもんだね。あれで凄腕の魔導師だってんだからさ」
カメリアのぼやきに近い言葉に隊長さんが同意するように頷いている。
「魔法なしでも戦えるのは確かに大きい」
「この調子だと残る2人も普通じゃないんだろうね」
「見物だな。面白そうだ」
などと勝手に盛り上がっている。
「冗談じゃないよ。対戦相手を用意するこっちの身にもなっとくれ」
「ハハハ、では私が次の相手を務めようじゃないか」
隊長さんがそんなことを言い出して訓練用の武器を選びに行った。
それを見たカメリアが嘆息しこちらに視線を向けてくる。
「いいかい?」
「こっちは選ぶ立場じゃないからね」
わざわざ確認してくるぐらいだから隊長さんの実力は先程までの連中とは段違いだと思った方が良さそうだ。
で、次は俺の番なんだが貧乏くじを引かされたかな。
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