56 ギルドへGO
「同行はしますが時間がかかるのはなしにしてくださいよ。近日中に人と会う約束をしているものでしてね」
先に釘を刺しておくが、何処まで効果があるのやら。
「とりあえず今日のところは大丈夫なのかな?」
「ええ」
「ならば問題ない」
太鼓判を押されてしまいましたよ。
その言葉を信用したいところだけど俺たちは隊長さんのことをほとんど何も知らないも同然だからなぁ。
誠実そうには見えるものの、何処までその姿勢を貫くかの線引きは見極められていない。
「ちなみに何処へ行くのか先に聞いても?」
「この街のギルドだ。この件について話をしなければならない相手がいる」
門衛や衛兵の詰め所とかではないんだ。
ギルドに行って何を話すのかはわからないけれど。
「ギルドはこの近くですか?」
「いや、歩くとそこそこ時間がかかる」
どうやらマージュというこの街の規模は思った以上に大きいようだ。
「だったらコイツで行きましょう」
俺たちが乗ってきた中型サイズの馬車を指差す。
ベース車両は観光地で使われていたもので状態も悪くなかったのだが、魔改造のせいで外観は別物になってしまっている。
主に前後左右に配置した塩ビ管のせいだけど。
目立たぬようにと馬車本体もろとも塗装はしたけど形状はどうしようもない。
イマジナリーカードの【吹けよ風】を付与した塩ビ管こそが動力源だから外す訳にもいかないし。
たとえ馬車本体に【念動力】カードを付与して加重が減るようにしてあっても推進力がなければ動かせないからね。
故に対外的には馬車なんだけど俺たちは風力車と呼称している。
「そうか。ここに置いていく訳にもいかないな」
隊長さんも盗難を気にしてか、そんな風に言って納得してくれた。
もっとも徒歩でギルドへ行くことになったとしても置いてはいかないけどね。
ただ、できればこの場所で風力車を格納するところを見られたくはない。
人前で格納する方法は事前に考えていたものの耳目を集めている中で馬車が消えるのを目撃されると、どんな騒ぎになるのか見当もつかない。
俺たちはすでに小隊長と呼ばれていたオッサンのせいで考えたくないほど目立っているからなぁ。
「では、失礼する」
そう言って隊長さんはさっさと御者台に乗り込んだ。
案内するためだろうしハンドルとか無い方に座ったので何も言わない。
そのまま俺たちも乗り込む。
ここに来るまでの運転はマヤがしていたが、さすがにここからは俺がすることにした。
一度は車を操縦してみたいと駄々をこねられたのを思い出して、まだ自分の番だとか言い出したらどうしようかと思ったけれど特に交代を拒否されたりはしなかった。
すでに充分満喫したらしい。
「では、出発します」
「ああ。門をくぐったら、しばらくは真っ直ぐ進んでくれ」
「わかりました」
返事をしてパーキングブレーキを解除。
シフトレバーを操作してからゆっくりとアクセルペダルを踏み込めば、じわりと風力車が動き始めた。
周囲からどよめきが起きる。
馬なしで走る馬車というのは想像以上に衝撃的なようだ。
さらに目立ってしまったが走り去るので気にしないようにしよう。
「これはスゴいな」
同乗している隊長さんは感心した表情で馬車のあちこちを見回している。
「こんなに乗り心地の良い馬車は初めてだ」
【念動力】カードで浮かせ気味にしているおかげなので説明はできない。
どうしたものかと考えている間に隊長さんの興味は塩ビ管の方へ向いていた。
「ふむ、風を起こす筒状の魔道具を設置して動かしている訳か」
隊長さんには動作原理を説明していなかったはずだが、軽く見渡しただけでどのように走るのかを把握したみたいだな。
連行されていったオッサンとは大違いである。
「ふむ、その輪っかで進路を調整すると」
内部構造まで理解したとは思えないが、それでも観察から得られた情報から的確な推測を立てられるようだ。
オッサン小隊長ならば、こうはいかなかっただろう。
思考を放棄し決めつけで結論を出す相手と同列で考えること自体が失礼ではあるか。
「見たところ、操作方法を覚えれば誰でも扱えるようだが?」
「身内以外には運転できないようにしていますよ」
「なるほど。当然だな」
その後も道案内を受けながら街中を徐行運転で進む。
シフトチェンジすれば速度も上げられるが、強風で周囲に迷惑をかけるし人の往来もあるから安全重視だ。
歩くよりはずっと速いので少なくとも隊長さんからクレームがつくことはないはず。
まあ、それは間違っていなかったんだけど到着まであれこれと質問攻めにあってしまった。
どうやら自分でも作ってみたくなったようだ。
魔道具職人を手配しなければとか言っていたから、かなり本気になっているっぽい。
俺に頼まないのは職人であることを否定したからだろう。
自分の手で製作していないとは言ってないんだが。
なんにせよ話しかけてくれるのはありがたかった。
街中を走っている間も大勢からガン見されるほど注目の的でやたら居心地が悪かったからね。
隊長さんと話をすることで気が紛れた訳だ。
ロゼッタの婆さんたちに同行する際の予行演習にもなるかと思っていたのだけど、これじゃあ使いづらいったら。
ホウキで飛ぶのとどっちがマシかな。
「ここだよ」
大通りの大きな建物の前で停車する。
馬車を駐車させる場所もあるようだが、そこには持っていかない。
降車した後は──
「イリア。送還を頼む」
召喚魔法で指定の場所に送還すれば駐車の必要はないし送還場所が神の山の別荘なら誰も侵入できないので盗難の恐れもない。
という訳でイリアの魔法によって風力車はサクッと送り返される。
まあ、充分に注目を集めてしまってはいるけど実力のある魔導師がいることも見せておけば不届き者がからんでくることも少しは予防できるはず。
「君の連れは召喚魔導師だったのか」
隊長さんが意外な事実を知ったとばかりに軽く驚きをあらわにした。
驚愕するほどではなさそうではああったが珍しいのだろう。
「召喚魔法も使える魔導師ですよ」
「それはそれは」
事実を告げると目を丸くさせてさらに驚いているな。
これなら考えの足りなさそうな連中への牽制になりそうだ。
「うちの小隊長が狼藉を働いていたら容易く返り討ちにあっていただろうな」
「どうですかね」
などと話しながらギルドの中へ入っていく。
往来の喧噪とは違った雰囲気が漂っているが、決して静かな訳ではない。
ザワザワした活気のあるオフィスといった感じかな。
務めていた頃のことで表現してしまうのは元リーマンの悲しい性分と言うべきか。
そんなことを考えている間に空気が変わる。
不意にこちらを見た誰かが軽く驚いた表情を見せて、それを切っ掛けに注目が集まる結果となってしまったからだ。
わざわざ指差してこっちを見るのはよしてくれ。
とはいえ門衛を含む衛兵たちの頂点に立つ隊長が訪れたのだから当然か。
俺たちはおまけだが同行者である隊長さんがいる以上は愚痴ることもできやしない。
黙って隊長さんの後に続くのみである。
「これはこれは男爵様。ようこそギルドへ」
窓口に辿り着く前に神経質そうな線の細いオッサンが出てきて挨拶してくる。
ただし、隊長さんに対してだけだ。
後ろに続く俺たちのことなど眼中にもないとばかりに完全無視。
加えて浪速の商人を彷彿させるような揉み手とペコペコした応対をしているせいで、何処か胡散臭さを感じてしまった。
ギルド職員なら俺たちを騙すような真似はしないと思うが、つい警戒したくなるのは無理もないと思う。
「ギルド長に話がある。取り次いでくれ」
やはり、そうなるのか。
話がどんどん大きくなってくるなぁ。
読んでくれてありがとう。
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