55 片付いたと思ったら
「小隊長を捕らえよ」
隊長さんがそう命じると、門衛たちは戸惑うことなく行動を起こし早々にオッサンを取り囲む。
「何故だ!? 俺は罪など犯していない!」
剣の塚に手をかけて部下たちを威嚇しながらオッサンが吠えた。
「どの口がそれを言うのか。報告は山ほど上がってきているんだ」
「証拠があるのか!? 無いだろう! 若造がっ、調子に乗るなよ!」
もはや上官に対する口の利き方など完全に無視しているところを見ると、これがオッサンの本性なのは間違いあるまい。
「開き直ったな。バカな奴だ」
「なんだとぉ!?」
「私が何の証拠もなく動くと思ったのか、愚か者め。いままではお前の実家が握りつぶそうとするだろうから表に出さなかっただけだ」
「フン、今回もそうなるだろうよ」
勝ち誇ったように鼻を鳴らして不敵な笑みを浮かべるオッサン。
「残念だが子爵家はお前のことを見捨てたようだぞ」
「なにっ!? そんなバカなことがあるものかっ」
「向こうは向こうで横領が発覚して大変らしいからな」
「なっ、そんなはずは……」
オッサンにとっては寝耳に水らしく言葉が続かずに絶句してしまった。
「大方、密偵から入る情報を当てにしていたのだろう」
図星を指されたのかオッサンが鼻白んでいる。
「子爵家の断絶も取り沙汰されている中で密偵どもの連絡網が機能するとでも思っているのか?」
だとしたら、おめでたいと隊長さんは呆れていた。
「もはやこの者は平民だ。捕らえよ」
この言葉を切っ掛けにそれまで囲むだけだった門衛たちが再び動き出した。
が、しかし……
「ふざけるなぁっ!」
オッサンが吠え抜剣した。
そのまま闇雲に剣を振るい始めたために包囲がゆるくなる。
錯乱した人間の剣筋ほど読みづらいものはないから無理もないのだけど。
「俺が平民だとっ!? そんなことはあり得ない! あってはならない!!」
ブンブンと剣を振るうが誰の目にも明らかなほど体が泳いでいた。
あれでは剣に振り回されているといった方が正しいだろう。
素人剣術と言ってしまえばそれまでだが、こういうのもまた被害なく捕らえるのは難しいものだ。
「茶番よな。時間の無駄じゃ」
言いながらリムが俺の方を見てくる。
許可があれば自分がどうにかすると言いたいのだろう。
「向こうの面子を潰すのはよろしくないな」
「面倒じゃのう」
「安全に終わらせないと街の評判にもかかわるからなぁ」
「しかし、時間がかかるであろう」
「そうでもないさ。じきに息切れするはずだ」
あの様子では訓練をサボっているのは見え見えだもんな。
「ふむ。そのようじゃな」
俺たちが話している間も近寄ろうとする門衛に斬りかかっては下がられてを繰り返していたせいで息を切らし始めていた。
この程度で息切れするなど門衛としてはどうかと思うが、小悪党な言動に終始していたオッサンならば納得である。
そうこうするうちにオッサンは剣を振り上げられなくなり易々と取り押さえられた。
縛り上げられる間もぐったりして満足に抵抗すらできていない。
その後は引きずるように連行されていった。
「さて、部下が失礼した」
自ら詫びてきたところを見ると隊長さんはオッサンとは正反対と言えるできた人のようだ。
「いえ。特に被害を受けた訳でもありませんので」
もちろん相応の応対をする。
「そうか」
いいながら馬車の方をチラ見する。
「フェース王国のマージュへようこそ。身分証はあるかな」
「それを作りに来ました」
正直に答えたのだが意外な顔をされてしまった。
「高名な魔道具技師かと思ったのだが?」
だから身分証くらいは持っているだろうと言いたいのかもしれないが何を根拠に魔道具技師だと思ったのか謎である。
「馬なしの馬車など誰も考えつかなかったものを用意して旅をするなど普通は考えぬよ。自分の技術をアピールしたがる技術者でもなければな」
俺の疑問が顔に出ていたようで、そんな風に言われてしまった。
「それに金持ちの商人というのも考えにくい」
そう判断した理由は商材を運んでいないのがバレバレな状態であることを考えると詳しく聞くまでもないことだ。
「自分たちは珍しい物好きの田舎者でしてね。見聞を広めようと外に出たはいいけど色々と苦労させられたので身分証を作ろうとなったんですよ」
「なるほど」
隊長さんは苦笑しながら頷いている。
「その様子では通行税の支払いも厳しいのではないかな」
門衛として経験を積み重ねてきたからかエスパーかと言いたくなるくらい勘が鋭い人だ。
下手すりゃアラサーの俺より若いかもしれないんだけど。
「ゴブリンの魔石で良ければ山ほどあるんですが」
そう言いながらイリアに目配せすると袋に入れた魔石を鞄から引っ張り出して隊長さんに手渡した。
中身を確認すると目を丸くさせる。
「おいおい、これすべてゴブリンの魔石だと言うのかい?」
よほど驚いたのか職務中であることを失念して砕けた口調で問いかけてくる。
「そうですよ」
「これだけの数をどうやって集めたんだい?」
口調は軽いままであったが目は笑っていない。
ここはわずかでもウソが混じるとロクなことにならない予感がした。
そんな訳で、どうやって仕留めたかは伏せつつ場所や発生状況などを説明。
「それは困ったな」
信じてもらえないかと思ったら想定外の反応をされてしまった。
しかもなにやら考え込んでしまっている。
たかがゴブリンの魔石を持ち込んだことが問題になるというのだろうか。
だとしても、この反応は腑に落ちない。
問題があるなら真っ先に俺たちが追求されるはずだというのに向こう側の問題になっているように見受けられる。
「なあ」
黙考している隊長さんを尻目に皆とヒソヒソモードへと移行する。
「何が問題だと思う?」
「わかりませんね。あそこまで困るような事情があるとは思えないのですが」
イリアも俺と同じように首を捻っている。
「数を数えるのが面倒なんじゃないのー」
「バカ者、そんな訳があるか。時間はかかっても深刻に悩むようなことではないわ」
適当なことを言ったマヤをリムが叱りつけるが。
「あ、やっぱりー?」
マヤは意に介さないどころかテヘペロまでしている。
「お手上げだな」
「あの者が決断するのを待つしかあるまいて」
リムの言うとおりだが待たされるのは勘弁願いたいところだ。
「今のうちによそへ行くのはダメだよな」
「妾はそれでも構わぬが」
「やめた方がいいと思いますよ。先程と違って街には入れない訳ではないんですから」
「今度こそ不審者扱いされるよねー」
「だよな。俺もそう思う」
じゃあ、何故そんなことを言ったのかというと時間を潰すためだ。
「サクサク話を進めてくれると助かるんだが」
そう言いながら隊長さんの方を見ると目が合った。
どうやら黙考タイムは終わったらしいな。
ということは何らかの方針が決まったということでもある。
「すまないが君たちには同行してもらいたい」
だそうだ。
連行されて尋問されるという訳ではなさそうだが、どうしたものか。
俺の一存で決めるのもどうかと思ったので皆の方を見た。
イリアは無言で頷く。
「妾は主に従うのみじゃ」
「回れ右すると、また魔物探して狩らないといけないよー」
マヤの発言が意味不明で何のことかと思ったが、すぐに通行税を稼ぐ必要があると言っていることに気付いた。
俺たちが物納しようとしている通行税を隊長さんが押さえている訳だし逃げるように立ち去るとマヤの言う通りになってしまうよな。
「そいつは勘弁願いたいな」
この近辺には魔物がしばらく出てこないだろうし、悠長に探しているとあっという間に合流を約束した日になってしまう。
つまり、選択肢は端からない訳だ。
なんだか嫌な予感がしてきたんですがね。
読んでくれてありがとう。
ブックマークと評価よろしくお願いします。




