52 森ガニは過ぎたる獲物でした
ホウキで飛び続けて近くまで来ればリムの言った通りの結果になっているのがよくわかった。
ゴブリンどもは森ガニに有効打を与えられずにいたのだが、それも当然のこと。
子供ほどの背丈のゴブリンでは全長が2メートルを超えるようなヤシガニもどきの甲殻類に有効打を与えられる訳がない。
連中の武器は粗末な棍棒のみである。
プロテクターの上からおもちゃのバットで叩かれても痛くもかゆくもないのと大差ない。
そんな状態で数を頼りに攻撃を繰り返しても徒労に終わるのがオチだ。
数は力だと力説した顔面傷だらけの巨漢も、この状況を覆せるとは言うまい。
おまけに森ガニはコケっぽい色をしたヤシガニのそれに近い見た目をしておりハサミによる攻撃力も侮れないことは容易に想像できた。
現に俺たちが接近する間に何匹かのゴブリンどもは地面に倒れ伏していたしな。
中には首と胴体が切り離されたのもいる。
そんな状況に追い込まれても逃走しないゴブリンども。
「なんだかなぁ。恐怖を感じてないのか?」
何かに取り憑かれているようにすら見えるほど一心不乱に森ガニを叩き続けている。
防御はお構いなしだ。
身をかわすどころか防ごうともしない。
「奴ら、森ガニの身が旨いことを何処かで知ったのじゃろう」
リムがそんなことを言った。
現地民の意見はとてもありがたいのだが素直に頷ける意見ではない。
「命をかけるほど旨いのか?」
「そうは思えぬが何とも言えんのう」
生存本能を上回る食欲を持っているのだろうか。
「森ガニに襲われてパニックになっているだけではないでしょうか」
イリアが自分の考えを提示してきた。
「そっちの方が頷きやすくはあるな」
「何故じゃ」
持論が覆されたリムは不服そうに唇を尖らせる。
「だってさ、食べるためには倒さないといけないだろう?」
「むう。それを失念しておったのじゃ」
リムさんや、もう少し考えて喋ろうぜ。
「そういえば森ガニは悪食であったのう」
「ゴブリンはお腹を壊すほどマズいそうですからね」
「だとしても逃げないのはどういうことだ?」
「奴らはバカじゃからな」
「うわー、テンプレだねー」
マヤがケラケラと笑った。
「で、どうしよっか。ゴブリンなんて売っても二束三文でしょ」
「通行税にもならないかもな」
「森ガニはどうなのさ、イリア姉ちゃん」
「いくらになるかはわかりませんが通行税の代わりにするには過剰でしょうね」
「ふーん。じゃあ、スルーして他の獲物を探す?」
「いや、あれも狩っておこう」
言いながらリムの方を見た。
「森ガニは旨いんだろう?」
「わからぬ」
「は?」
「妾も話に聞いたことがあるだけで食したことがないのじゃ」
ガクッ
リム以外の3人でズッコケた。
「こうなったらなんでもいいよ。突撃~」
気合いを入れているんだかよくわからない気の抜けた声を発したマヤが裏腹な勢いで急降下した。
「おいおい、大丈夫か」
とは言ったものの、マヤはすでに突貫した後だから聞こえているはずもない。
「過保護じゃな、主は」
「そうは言うけどさ」
見た目からして中学生くらいの女の子であるマヤが近接戦闘を仕掛けて楽勝だとは思わないだろう。
必死に抵抗しているらしいゴブリンどもを見た後では尚更である。
妖術を使って己の土俵に引き込んでどうにかってところか。
などと思っていた時期が俺にもありました。
「ゴブリン、邪魔っ」
その一言で半減しつつも生き残っていたゴブリンは影の刃に下から貫かれて一瞬で全滅。
たしか影刺しとかいう妖術だったかな。
森ガニには何の変化もなかったが、言葉通り邪魔なゴブリンを先に一掃したということなんだろう。
その森ガニはゴブリンを死滅させたマヤを探そうともせず、お構いなしで死体あさりを始めた。
左右のハサミを使って死骸を持ち上げ口へと運ぶ。
残っていたゴブリンどもを屠ったのが誰であるのかさえ気にならないようだ。
「食事優先か」
「それがマヤの狙いなんじゃろう」
「どういうこと?」
「ほれ、大技がくるぞ」
そこからリムが予告したとおりとなった。
最初の数倍はある影刺しが森ガニの胴体を分断。
この威力を引き出すために接近して影への支配力を高めたのか。
そして、同時に爪や足の付け根が影刺しによって切り落とされた。
「関節狙いとはね」
堅牢な殻を持つ森ガニには有効な手だろう。
リムが過保護だと言ったことが当然と思えるくらいの瞬殺ぶりだった。
「それにしても、よく大きいのが来るとわかったな」
「こちら側に戻ってくる前にあやつが一通り使える妖術を披露したではないか」
普通はそれでどの妖術を使ってくるのか見当がつくとか思わないですよ?
「まあ、こうやって離れて見ておったから気づけたにすぎぬ」
リムはそう言うが、それにしたって俺には兆候のちの字も見えないくらい何もわからなかった。
イリアの方を見るが頭を振られたので俺と同じ意見のようだ。
「カイ兄ちゃーん、回収してよー」
「はいはい」
なんにせよ苦戦することなく倒せたのであれば、とやかく言うことはない。
危うい部分があった訳でもないしな。
それどころか森ガニを仕留めるまでの手順が見事と言う他ないくらいだ。
まずゴブリンを全滅させて森ガニから戦う意思を消させた。
そのことで食欲を沸き立たせることに成功し警戒心も薄れさせたのは偶然か狙ってのことなのか。
おそらくは後者なのだろう。
すかさずバラバラに切り刻んだからな。
「これで通行税は大丈夫だよね」
マヤは鼻高々である。
「どうでしょうか」
そこに水を差したのはイリアである。
「えー、なんでー」
「森ガニも通行税としてはやや過剰な気がするからですよ」
「あー、大物だもんねえ」
雑魚すぎるゴブリンと差がないくらい簡単に倒した魔物だが、真正面からぶつかるしかない者たちにとっては脅威だろうし。
こんなのを街に入る時に出したら騒ぎにもなりそうだ。
という訳でもう少し問題のない素材を求めて飛び回ることとなった。
【敵意レーダー】カードで魔物の居場所はわかるけど、その強弱まではわからんしなぁ。
【耳目の式神】カードを使って偵察させることはできるけど出向いた方が早かったりするし。
もっと良い感じのイマジナリーカードを創造すればいいんだろうけど、アイデアがなければ作りようがない。
焦ってもしょうがないので当面の課題ということにしておこう。
その後は近場から魔物を狩って回ったのだが……
「ゴブリン、ゴブリン、またゴブリン」
遭遇する魔物はゴブリンばかり。
屠った数の勘定はすでにやめてしまったが体感的には数百に達していそうだ。
森の奥地で集落のような場所を発見して全滅させたからな。
それでも他の魔物はいまだ発見できていない。
「アハハ、呪文みたいだね-」
マヤは平気そうだが俺は飽きてきた。
猫って飽きっぽいんじゃなかったっけ?
「魔物とは言わないまでも鹿やウサギがいないのか」
「ゴブリンが増えすぎて狩りつくされたんじゃないでしょうか」
「イリアの言う通りじゃろうな」
「迷惑な連中だな」
人畜有害だし死んでも肉は腹を壊すほどまずくて素材は二束三文らしいので有効活用しづらいし。
ただただ腹立たしい奴らだ。
「そっちがそのつもりなら俺もやってやるよ」
「つもりはないんじゃないかな-」
「マヤはどっちの味方なんだ」
「正義」
「ほほう」
「いやいや、冗談だってば」
俺がひと睨みするとマヤは即座に白旗を揚げた。
「で、どうするつもりなのさ」
「この辺り一帯のゴブリンを根絶やしにしてくれる」
こういう時こそイマジナリーカードの出番だ。
読んでくれてありがとう。
ブックマークと評価よろしくお願いします。




