49 決着と末路
アレは王女への憎しみから生じたものだから目的は一貫しているようだな。
接近したリムへ攻撃したものだからタゲが変わるものだと勘違いしてしまった。
あの攻撃は本能的な防御だったのだろう。
『気をつけろ。アイツはあくまで王女を狙うつもりのようだ』
念話でリムにもタゲはどうあっても変わらないことを注意喚起しておく。
『そういうことか。すまぬ、主よ。読み違えた』
で、肝心のディテストは宙を駆けるように軽快な飛翔を見せ回り込もうとしていた。
「何度も同じ手が通用するものかよ」
奴がいかに速く立体的に走ろうと目標が動けずにいる現状は俺の方が移動距離が少なくなるため守りやすい。
向こうもそれは承知の上だろう。
明らかにリムから距離を取った状態だからな。
地面すれすれを位置取ったのはリムの接近を警戒してのことか。
そしてブレスの予備動作に入る。
今度はタメが長い。
高威力にして【反射の守り】を突破するつもりか。
「甘いわ。それで時間が稼げるなどと思うな、狼もどきめ」
リムはまたしても一瞬で距離を詰め宙返りをする格好でディテストのアゴを蹴り上げた。
奴の口は強制的に閉められブレスが封じられただけでなく大きく体が飛ばされる。
その途中で──
ドゴォッ!
派手な爆発音がして狼の顎が爆炎によって強制的に開かれた。
一瞬のことではあったが炎が奴の頭部を包み込む。
「あの野郎」
タメが長いと思ったらブレスに爆発の効果をつけていたのか。
結果は自爆も同然になったがね。
ただ、いまの暴発でも奴の頭部が消し飛んだりはしていない。
ブスブスと煙を生じることにはなったもののダメージは致命的なものではないように見える。
その証拠にディテストはすぐ軽快に飛び回り始めた。
「タフだな」
「じゃが、我らのことも気にしておるわ」
ガン無視ではないな。
どうにかディフェンスを突破しようという意図がありありとうかがえた。
「簡単なこと。頑丈ならば、それを打ち砕くまで」
勝ち気そうに見えるとはいえ美女の発想とは思えぬ脳筋ぶりだ。
まあ、元がドラゴンだからというのはあるのだろう。
フェイントを織り交ぜて上下左右に飛び回るディテストだが、リムからは逃れられない。
「それで妾を惑わせているつもりか」
奴とて肉薄されればブレスは封じられたも同然だ。
無視して放ってくる恐れもあるから油断はできないが。
読み通りと言うべきか横へのステップで射線を取ったディテストがブレスを吐き出した。
ツバを吐いたのかと思うほど短いものだったが。
ただ、速さだけはあった。
火炎放射器がダメで爆炎も潰されたから速射で脇を抜こうというのか。
生憎と抜けさせないよ。
王女たちの前に立つ俺がすべて反射してやる。
とはいえ、そう何度も攻撃させるリムではない。
「存外しぶといのう。じゃがな、ブレス攻撃は貴様だけのものではないわ」
そう言って地面に降り立つとリムはディテストを見上げる。
「本物のブレスを見せてやろう」
次の瞬間、髪の色を青く変えたリムの口からは氷雪のブレスが解き放たれた。
怒濤のごとき嵐が吹き荒れ一瞬で闇色の獣を包み込む。
「ふわぁ、すっごいねえ」
マヤがブレスのほとばしる勢いと大きさに驚き感嘆の声を上げる。
神の山に住まいし竜のブレスだからね。並みではないだろうさ。
そういや、マヤはリムのブレスを見るのは初めてだったか。
これで周辺被害を出さないように加減していることに気付いたらどんな顔をするやら。
吐き出されたブレスが途切れると静けさがあたりを支配した。
しばらく雪煙が舞っていたが、それも徐々に晴れていく。
しかしながら、何の影も現れることはなかった。
「ふむ、これはオーバーキルというものかな」
リムが腕組みをして考え込んでいる。
これで敵が残っているなら大きな隙となっただろうが、彼女の言う通りディテストは完全に消え去っている。
そのあたりは気配でわかるのだろう。
俺の方でも【敵意レーダー】で反応が消滅したことは確認済みだ。
「ああいう手合いはそれくらいでいいさ。下手に残ると潜伏して力を蓄え復活なんてこともあり得るから」
「そういうものか。素材くらいは残しても良かったかと思ったのじゃが」
「憎しみの塊みたいな生き霊なんて素材が残ってもいらないよ」
それにリムがもう少し加減をしていたとしても素材が残ることはなかったはず。
あのブレスには浄化の効果もあったみたいだし。
さすがドラゴンのブレスはひと味違うね。
「なるほど。汚らわしさを感じておったが、そういうことじゃったか。ならば素材などない方が良いの」
わかってもらえたようで何よりである。
となると次はいまだ警戒を続けるイリアとマヤをどうにかすべきだろう。
「イリア、マヤ、もういいぞ」
声をかけると、ようやく2人の肩から力が抜けた。
問題はその先だ。
周囲は静まりかえったままで我々一行を除けば誰も動き出す気配がない。
驚きの連続でフリーズしてしまったというところか。
ディテストも通常よりはるかに強力な魔物だったしな。
巨体に見合わぬ俊敏性と宙を舞う能力に多様なブレス攻撃というだけでもお腹いっぱいだろう。
その上でリムが氷雪のブレスを放ったんじゃ並みの神経の持ち主では卒倒してもおかしくない。
特にお子様には刺激が強すぎたかもしれないな。
ロゼッタの婆さんはともかくジョセフィーヌ姫は泡を吹いていてもおかしくない。
そう思うと背後を見るのが怖くなってきた。
ちょっと保留にしたい。
その間に憎しみの権化を吐き出した黒幕王太子のことを確認しておこう。
黒いモヤを吐き出しきった後に失神していた奴を影の中に放り込んでおいたのだ。
戦闘の邪魔になるだけだからね。
気を失ったままだから地面に横たえる格好で引っ張り出すことになったのは不可抗力だ。
「あれぇ? 真っ白だよー」
マヤが真っ先に奴の間近まで行ったかと思うと、うずくまるような格好で腰を落として王太子の顔を覗き込む。
「真っ白だって?」
王太子の顔は元から美白でもしているのかと思うほど白かったが、いまさらそんなことを指摘するのはおかしい。
疑問に思いながら王太子の方へ近寄っていくと……
「うわぁ」
そこには美形だったことがにわかには信じられないほど変わり果てた姿の王太子がいた。
頭髪からは色が失われマヤが言ったような状態になっている。
しかも変化はそれだけではない。
肌はシワだらけシミだらけで王太子の面影がかろうじて残っているような有様だった。
どうしてこうなった?
「心臓は動いているようですね」
イリアは落ち着いて診ているな。
こんな状態になったことを何とも思っていないのだろうか。
「カイさん、どうしますか」
「イリア姉ちゃん、冷静だね-」
マヤも俺と同じことを考えていたみたいだな。
「そうですか? あれだけのものを吐き出しきれば、こうなるのも不思議じゃないと思うのだけど」
「消滅したあれに生命力を持っていかれたと言いたいのか」
「はい」
【賢者の目】カードを使って確認してみたが、その通りだった。
最初は保身のためだけに動いていたはずなのに吐き出しきれない憎しみを募らせた挙げ句、自分でも制御できなくなる怪物を生み出してしまった訳だ。
どうやら途中からは逆に操り人形のような状態にされていたらしい。
イリアが多重人格と言っていたのは当たらずとも遠からずといったところか。
真の黒幕を自ら生み出し操られることになるとは哀れな奴だ。
同情はしないがね。
いずれにせよ、いまの王太子は抜け殻である。
目を覚ましても満足に受け答えができるかも怪しいし、それ以前に行方不明で決着することになるだろう。
読んでくれてありがとう。
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