48 憎悪の権化
黒幕王太子の体から出てきた黒いモヤを見た瞬間、反射的にイマジナリーカードを使っていた。
【賢者の目】と【達人の目】を同時にね。
正体を突き止めなければヤバいと直感したからだ。
案の定、それは王太子から独立した存在となっていた。
[ディテスト:憎悪の権化]
一瞬、悪魔の類いかと思ったのだが黒幕の激しい感情が生み出したものらしい。
つまりは生き霊ってことだ。
ただし会社員時代の社長の生き霊などよりはるかに強力なのは【達人の目】カードで表示させたHPとかMPからも明らか。
まあ、そういう情報がなくても見るからに凶悪そうなのが見て取れるがね。
黒きモヤは見えざる壁を通り抜け凝縮するように集まっていく。
「ええいっ、本体からは完全に乖離したのか!」
でなきゃ【遮断する壁】カードで黒幕を対象に設定した見えざる壁を越えられる訳がない。
誤算もいいところだ。
「だから言うたじゃろう。気配が別物じゃと」
リムに指摘されて初めてそのことを失念していたことに気付かされた。
「そうだったな」
情けない話である。
とはいえ悠長に反省などしていられる状況ではない。
密度を増しながら集まっている漆黒のモヤは四つ足の獣のような姿を取り始めていたからだ。
まだ明確な形にはなっていないものの確実に大きくなっていっている。
しかも血を想起させる赤い光点がふたつ形成されていた。
対の光点から放たれる激しい憎悪。
それは光点ができ始めたときからずっと王女へと向けられたままだ。
「っ!」
悲鳴こそ上げなかったもののガクガクと震える王女とそんな幼気な少女をかばうように抱きしめるロゼッタも体を強張らせていた。
あれでは逃げることはおろか助けを呼ぶことも満足にできまい。
「くそっ、迂闊だった」
【遮断する壁】のカードを重ね掛けしてディテストとやらから守りつつ2人の前に出る。
それで向けられる憎悪が変えられるものでもなかったが間に誰かがいれば少しでも違うかと半ば反射的に動いていた。
が、ここから先はノープランだ。
守りながら戦うのは悪手だろう。
せめて俺が目の前にいる間だけでもタゲを変えくれれば、どうにでもできると思うのだが。
「ゲームのようにはいかないなっ」
あれだけ憎しみが強くてはイマジナリーカードを使っても矛先を変えさせることはできないだろう。
おまけに人間ではなくなっているのが厄介だ。
憎しみだけを切り取ったような相手に揺さぶりをかけても通じるとは思えないからな。
やがてモヤはすべてを飲み込むような闇色の狼となり、上から見下ろしてくる血の色のごとき眼は変わらず殺意を振りまいていた。
闇の狼の姿となった憎しみの権化ディテストが体をかがめる。
突進の予備動作か。
人から生じた生き霊でありながら動きは獣そのものとは予想だにしなかったよ。
だが、意外性に驚いていられるような状況ではない。
次の瞬間には俺のことなど眼中にないように突進してきた。
このままだとトラックにひかれたも同然の凄惨な事故現場をお披露目することになるだろう。
もちろん、そんなのは御免被る。
俺は方針が決めきれずにいたものの、とっさにディテストを対象にして【反射の守り】カードを使った。
俺の眼前まで迫った闇の塊が弾き飛ばされる。
「ギャン!」
どうやら知性もないようだが、それをどうこう考える余裕はあまりない。
結構な迫力だったからな。
トラックで異世界転生するラノベの主人公はこんな感覚を味わうのかなどと益体もないことを考えてしまったのは現実逃避である。
生き霊なんだから質量なんてないに等しいだろうに。
大きさと勢いに惑わされてしまった。
さて、いつまでも現実から逃げている訳にはいかない。
己を奮い立たせて次の【反射の守り】を用意する。
使ったイマジナリーカードの特性上ノックバックはなかったが【遮断する壁】カード1枚では易々と突破されそうな気がしたからだ。
生き霊とはいえ奴は社長の生き霊などよりはるかに強者なのがわかる。
どんな能力を持っているかもわからない。
油断する訳にはいかないね。
「リム! あの狼もどきを倒せ。イリアとマヤは誰も近寄らせるな」
俺には仲間がいる。
なんでも自分だけで解決する必要はない。
攻撃はリムに任せて俺は後ろの2人を守り、イリアとマヤには護衛たちを抑えてもらおう。
外側に構築した壁は防音しかできないからこちらに入ることは不可能ではないしな。
「了解です」
「わかったよー」
イリアとマヤが返事をしてこちらに向かってくる護衛たちに対応するべく動き始めた。
あれだけデカけりゃ音がしなくたって気付かれるよな。
一方でリムはまだ動かない。
「妾が倒してしまっても良いのか?」
何か躊躇する理由でもあるのか確認してきた。
もしかしてキラーホーネットの時に手を出させなかったのを気にしているのだろうか。
「ああ。俺は守りに専念する」
返事をしながら念話での話に切り替えた。
『人化したままでも倒せるだろ』
『周囲に被害を出さぬようにであろう?』
『ああ、そうだ』
『問題ない』
「任せるがよい、主」
その返事を声に出して言い切ると同時にリムは体勢を立て直したばかりディテストへと肉薄していた。
「なっ」
背後から聞こえてくる驚きの声はロゼッタのものだ。
リムの動きが目で追えなかったというところか。
その程度で驚いていては腰を抜かしかねないぞ。
「ガアッ!」
ディテストが短く吠えリムへと噛みつきにかかる。
漆黒の牙がリムへと迫るが、リムは回避する素振りすら見せない。
「遅いわ」
眼前に迫った牙を片手でつかんで振り回すようにして巨躯を投げ倒す。
ズウゥン!
軽く地響きがした。
「ウソだろぉ」
思わず声が漏れ出ていた。
生き霊のくせに質量があるなんて思いもしなかったからな。
「最初に弾き飛ばして正解だった」
とっさのことだったから【遮断する壁】カードだと枚数が少なくて突破されたかもしれん。
「グゥオッ!」
ディテストは起き上がるとフワリと跳躍した。
軽く見上げるようなサイズでありながら軽快な動きをしている。
助走距離を稼ぐため、そのまま間合いを大きく開けるつもりなのかと思ったら……
「は?」
闇色の巨狼は透明な足場があるかのように四肢を踏ん張り空中に留まっていた。
そして奴は大口を開く。
赤き奔流が口腔内に渦巻いてこちらを狙っている。
「ブレスまで使うのかよ」
【反射の守り】カードは奴を対象にしたので、そこから放たれる攻撃も反射する。
炎のブレスであろうとそれは同じことだ。
が、しかし……
「角度が違う?」
奴は俺の方を向いてはいるがブレスの放出されるであろうラインが微妙にずれていた。
「しまった!」
狙いは俺じゃなくてジョセフィーヌ姫だ。
気付いた瞬間に奴は火炎放射器のような細長い炎を吐き出した。
「間に合えっ!」
【念動力】カードを使い斜め後ろに飛び上がる。
タイミング的にはギリギリで、かろうじて間に合ったような具合だ。
そのせいで反射したブレスはディテストへお返しとはいかず、何もない空を焼くことになった。
「あっぶねー」
冷や汗ものだった。
わずかでも遅れていたら、どうなっていたことか。
見えざる壁に守られている王女とロゼッタの婆さんはともかくとして周辺被害は免れなかっただろう。
あのブレスは直線状に伸びるだけかと思ったら、最後のところで燃え広がっていたからなぁ。
「カイ兄ちゃん、ディフェンダーが突破されたら点取られちゃうじゃん。しっかりするのだー」
マヤは何故かサッカー用語で発破をかけてきた。
「悪い」
警戒心が足りなかったのは間違いない。
気を引き締めてかからねば。
読んでくれてありがとう。
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