47 連行したはいいけれど
マヤは妖術で影を操りスパイの上半身だけを引き上げた。
万が一の用心てことなんだろう。
影の触手で雁字搦めにしているので逃げようがないんだけどね。
おまけに影の触手は目と耳をふさぎ猿ぐつわもしているのでスパイにはこちらの状況を把握する術すらない。
脱出のタイミングも計れないって訳だ。
「影を操る魔法かい。しかも無詠唱とはね」
何度目かの溜め息をついたロゼッタが頭を振っている。
どうやら向こうにとっては想像の斜め上だったみたいだな。
それでも、ひとつを除いて正しい認識をしているあたり伊達に年は食ってないと言えそうだ。
認識を違えている部分も妖怪のことを知らぬが故に妖術を魔法と誤認しているだけで根本的に間違っている訳ではない。
「アンタもアンタの仲間も常識外れだよ」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
苦笑しながら返事をすると不機嫌そうにフンと鼻を鳴らされた。
「あれこれ見せられちゃ黒幕を拉致するのも絵空事じゃないと信じるしかないようだね」
「なんだ、信じてなかったのか」
「信じられないと思うのが普通じゃないのかい」
「論より証拠ってのをお見せしただろう?」
あれでは足りないと?
「さっきのが幻だったとしてもアタシらには見抜けないからね」
ああ、そういうことか。
移動した実感が伴わないんじゃ幻影を見せられたと思っても仕方ないのかもしれない。
「だったら黒幕を引っ張ってくるか」
その方が手っ取り早い。
「なにっ?」
さすがにロゼッタも今すぐだとは思っていなかったようで驚きの声を上げている。
「マヤ、マーキングの同調」
「はーい」
指示を出しながら俺は【敵意レーダー】カードを新規にスタンバイ。
表示領域を広域に設定、対象を人に限定、敵意の選別をオフ。
その上でマヤから念話でマーキングの情報をもらい【敵意レーダー】に情報を載せる。
「そんなに離れてないな」
馬車なら数日はかかるのだろうが飛んでいけばすぐに着く距離だ。
まあ、【どこで門】カードに距離は関係ないけどさ。
ジョセフィーヌ姫たちを別荘に招待した時と同様に【影の門】とのコンボで王太子を引き寄せる。
【遮断する壁】カードを展開して身動き取れないようにした上でだ。
生き霊と対峙したときに使った手だな。
「そこの影に黒幕を出すからな」
「えっ!? ちょっと待ちな」
ロゼッタが制止しようとするが、もう遅い。
すでに指定した影の下で待機させた状態だったからな。
いまさら元の場所へ戻しても向こうを警戒させるだけだ。
故に聞こえないふりをして影の中から引き上げた。
「何故?」
思わず声が漏れてしまった。
それは他の仲間たちも同じだったようで互いに顔を見合わせ首をかしげる結果となっている。
闇の世界から現れた黒幕ことフェース王国の王太子がうずくまっていたからだ。
別に腹パンしたとかじゃないんだが?
膝を抱えてうつむきながらブツブツとなにやら呟いていた。
シャンとしていれば女性受けの良さそうな容姿をしているというのに残念な王子様である。
ただ、俺が何かした訳ではない。
こちらにつなげた影の中に落とし込んで何秒か待機させただけである。
どうしてこうなった感がハンパない。
「あー、病気の噂は本当だったんだね」
ロゼッタが苦笑しながらそんなことを言った。
どうやらこの状態に心当たりがあるらしい。
「病気だって?」
ただ、様子がおかしいとはいえ、とてもそういう風には見えないんだけどな。
「暗いところがダメらしいという話を聞いたことがあるだけさね」
「は? 暗所恐怖症なのか?」
「アンショ……なんだって?」
「暗所恐怖症。暗い場所を極端に恐れる心の病ってところだ」
「心の病とは言い得て妙だね」
ロゼッタは皮肉を込めた笑みを黒幕へと向ける。
「それにしても、さすがは賢者。恐怖症とは上手いことを言うじゃないか」
ロゼッタは妙に感心しているが俺が造語した訳じゃない。
「そんなのはどうでもいいよ。それよりこの男が報告を受けていた黒幕だが王太子で間違いないな」
「アタシに聞いてどうするのさ。アンタなら見抜く目を持ってるだろうに」
「そうなんだけどな」
ロゼッタの言う通り【賢者の目】カードを使って確認はしている。
暗所恐怖症のあたりはノーチェックだったけどな。
実の父親である前宰相や母親である王妃を暗殺するような輩の来歴を隅々まで余さず読むなんてやってられるかっての。
チェックしたのは暗殺にからむ情報だけである。
動機なんて酷いものだ。
保身のための証拠隠滅だけでしかなく事実を知る者すべてが消されている。
冷酷無比と言わざるを得ない。
「自分の目で確認しておけば、このあと行方不明になっても安心できるだろう?」
「まったく、アンタもお節介だね」
不機嫌そうにフンと鼻を鳴らしちゃいるが、まとっている空気は柔らかい。
「とはいえ、このままにはしておけないね。いつ復活するかわからないし今のうちに拘束しておかないと」
そう言って緊張した面持ちで人を呼びに行こうとするロゼッタを手で制した。
「なんだい? グズグズしてるとロクなことにならないよ」
「不要だよ」
「は? なに言ってんだい」
怪訝な顔で睨みをきかせてくるロゼッタだが……
コンコン
【遮断する壁】カードで構築した見えざる壁を軽くノックすると目を丸くさせる。
「何の備えもなく連れて来た訳じゃないんだよ」
念のために先程の防音壁も残したままだ。
尋問する際に騒がれて護衛たちが集まってくるようなことがあれば面倒のタネになりかねないし。
「そのようだね」
諦観を感じさせる顔で大きく嘆息したロゼッタの体から力が抜けた。
「それで? このあとのアンタの方針としては、どうするつもりなんだい」
「言ったろう? 行方不明になってもらうさ」
そう答えたときのことである。
突如、黒幕王太子が立ち上がった。
「うがあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」
頭をかきむしり獣の形相で吠え叫ぶ王太子にイケメンの面影など何処にもなくなっていた。
「そんなに暗い場所がダメだったのか」
影の世界から引き上げた後は暗闇じゃなくなってただろうに。
「ぐぅおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
見えざる壁に体のあちこちをぶつけながらの絶叫は異常な精神状態へと陥っていることがありありとわかる。
「主よ、何かおかしい」
「おかしいのは見ればわかるさ」
外側の壁に防音の効果をつけておいて良かった。
「そうではない。この者、何故か気配が変わっておる。先程までとは別人だ」
「は?」
凄まじい形相に変わり果ててはいるが輪郭が変わったとか顔のパーツが変化したって訳じゃない。
もちろん体格が変化した訳でもないのだ。
それに……
「ぎひぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいっ!」
うるさすぎて満足な思考がしづらい。
「多重人格というものでしょうか」
イリアが己の推測を述べる。
「なんじゃ、それは!?」
リムが疑問を口にするが何かおかしい。
人化しているとはいえドラゴンであるリムが黒幕から目を離さずにいるのだ。
今頃になって俺は自分が油断していたことに気付かされた。
警戒するような状況へと事態が動いていたのだとしたら……
「ロゼッタさんよ、殿下を連れてこの場を離れろ」
とは言ってみたが時すでに遅し。
「ひぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぅぐおあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっがあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
今まで以上に激しく悶えもがき苦しみだした黒幕王太子の体から黒いモヤのようなものがにじみ出してきたのであった。
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