46 買い取りの追加おねがいします
俺が指をパチンと弾くと一瞬で周囲の様子が様変わりした。
イマジナリーカードを使ってリムを最初に呼び込んだ別荘の広間に転移してきたのだ。
【どこで門】単体では自発的にくぐらないと転移できないので【影の門】とのコンボである。
転移の瞬間に何とも言えない浮遊感があるのが難点なんだけどね。
「「なっ!?」」
王女だけでなくロゼッタの婆さんも驚愕している。
「ようこそ。我が別荘へ」
優雅に挨拶をしてみせてから再びフィンガースナップでパチンと指を鳴らせば元の馬車に戻ってきた。
2人とも唖然としているな。
過敏に反応される前に戻ってきて正解だった。
「御覧のように知っている場所なら瞬時に行き来できるのですよ、殿下」
「御存じの場所であるなら、でしょう?」
ジョセフィーヌ姫がすかさずツッコミを入れてくるが、それも織り込み済みだ。
「スパイがわざわざ直通で報告してくれましたからね」
「まさか……」
王女が呆然としてしまう。
それは言葉を発しこそしなかったもののロゼッタの婆さんも同じだ。
「仲間がすでにマーキングしていますので行き来だけではなく連れ去ることも可能です」
返事がない。
そりゃそうだ。鉄壁だと思っていた警備体制が何の意味もなさなくなってしまったのだから。
「いくら便利で貴重でも不用意に対策もしなかった誰かさんが不用心なだけですよ」
「それはそうですが」
声に重りが乗せられているかと思わせられるほど王女の発する言葉に切れがない。
まあ、なんだ。そんな簡単には割り切れないんだろう。
「御心配なく。こちらも全面的に争いたいわけじゃないので。ただ、敵にしかならない誰かさんには余人の知り得ない場所に行ってもらうだけです」
その言葉でロゼッタのまとっている空気が重苦しさを感じさせるものから硬質なものへと変わった。
「本当だろうね」
「俺たちは自由にのびのびと旅をしたいんだ」
冒険や商談を求めてね。
それがお尋ね者になったりしたら御破算になってしまう。
「政だの権力だのは重しにしかならない」
そちらと深く関わるつもりさえないと言い切ったのを受けてロゼッタは嘆息した。
「信じるよ。アンタらには助けられたしね」
「そりゃ、どうも」
重い話は真っ平だとばかりに軽く返事をしておく。
「ああ、ひとつだけ」
忘れていたことがある。
「なんだい?」
「ローバー商会の商会長さんとは取引がしたいね」
俺がそう言うとロゼッタは破顔した。
「欲がないね」
「そうか? こっちは田舎者だから世間知らずなんだ。それに文無しだしな」
あけすけな物言いだったかもしれないが変に取り繕うよりはいいだろう。
現にロゼッタは苦笑はしているが嫌悪感は抱いていないように見える。
「エアコブラだったね。この一件が片付いたら必ず買い取らせてもらうよ」
「あー、アレ以外にもあるんだが構わないか」
「もちろんさね」
という訳で現物を見せるために馬車の外に出てきた。
それなりに大きなものだからね。
先に預けておけば代金の受け取りもスムーズに行われるだろう。
「加工されていない魔物の素材なんて初めて見ます」
ワクワク顔で王女も馬車を降りてきた。
「いいのかな。割と刺激が強いと思うんだけど」
エアコブラの素材を見せたときも護衛たちが怖じ気づくとまでは言わないまでも緊張した様子を見せていたしなぁ。
戦闘職の大人でそれなんだから子供で箱入りのお姫様じゃ下手をすると卒倒しかねないと思うんだが。
「姫様は言い出したら聞いてくれないんだよ」
あきらめ顔でロゼッタが返事をした。
お姫様はどうやら奔放な上に頑固な性格をしてらっしゃるようだ。
それなら驚きはしても失神などはしないか。
念のために【遮断する壁】カードで見えない防音壁を構築しておこう。
王女に悲鳴を上げられちゃ護衛たちに誤解される恐れが無いとは言えないしな。
「そうかい。なら、出すぞ」
イリアに預けていたリュックからキラーホーネットの素材を出す。
それなりに長いものなので引っ張り出すのは、どうしても不自然に見えてしまう。
国民的アニメの猫型ロボットが便利道具をポケットから出すときの感じが近いかな。
「わあ」
お姫様が興味津々で覗き込んでくる。
「一応は危険物なので触れないでくださいね」
「あっ、ハイ」
俺が注意すると恥ずかしそうに赤面して後ろに下がってくれた。
聞き分けがないという訳ではなさそうで助かる。
ロゼッタは眉間にシワを寄せて諦観を隠そうともせず頭を振りながら溜め息をついていた。
「キラーホーネットの針だね」
「これも知っていたか」
「優先的に討伐すべき魔物は把握するようにしているさね」
「なるほど」
「けど、これはいままで見たものよりずっと大きいように思うんだが」
リュックの方をチラ見しながら呆れ顔を見せるロゼッタの婆さん。
容量が尋常ではないと気付いてくれたようだ。
まあ、そういう風に誤解されるよう誘導した甲斐があった。
本当はただのリュックだとは夢にも思うまい。
「この針は有象無象のものではなくクイーンのだからな」
「────────────────っ!!」
危うく大声を出しそうになったようでロゼッタがすごい形相になっている。
とっさに我慢するのは大変なようだ。
「これがキラーホーネットの女王の針ですか」
ジョゼフィーヌ姫は対照的にあっけらかんとして素材をしげしげと眺めているのだけど。
「いけません、姫様!」
泡を食ったようにロゼッタが針に近づこうとする王女の前に割って入る。
「キラーホーネットは猛毒を持っているのですよ。微量でも触れれば命にかかわります」
「まあ、そうなのね」
特に怖がる様子もなくあっけらかんと素材を見続けている。
子供特有の怖いもの知らずな一面が出ているのか、それとも素の性格なのかはわからない。
けれども腹が据わっていることだけは間違いないようだ。
ちなみに俺は素手で針を触っているんですがね?
もちろん素材に毒など残されていないからなんだが。
「これに関しては処理済みなので大丈夫。ただ、部位によっては怪我をしかねないので触れないようにお願いします」
「わかりましたわ」
了承した王女は見るだけにとどめてくれている。
そのあたりは信用できるのかロゼッタも口を挟んでこない。
「それにしてもクイーンとは命知らずな」
と呆れてはいるけどな。
「ただただ面倒だっただけで何も危険はなかったけどな」
その返事にロゼッタは深く嘆息するだけだった。
そこへ……
「たっだいまー」
上機嫌でマヤが戻ってきた。
「スパイはとっ捕まえてきたよー」
ギョッとした表情を見せるロゼッタ。
マヤは王女とさほど変わらぬ見た目だもんな。
「御苦労。捕まったことを報告される恐れはないよな」
念のために聞いたのだが、アハハと声に出して笑われてしまった。
「あるわけないじゃん。アタシの影縛りはたとえ関節を外したって逃れられないよ」
「なら構わない」
黒幕である王太子にこちらの動きを察知されると人を集めて警戒されそうだしな。
その状況で強引に連れ去ると後々が面倒なことになりかねない。
「奴は何処にいるんだい」
スパイの姿が何処にもないせいでロゼッタが訝しむようにマヤへ問いかける。
「ここだよー」
そう言いながらマヤはかかとを地面につけたままタンと踏み鳴らす。
「なっ!?」
「キャッ」
足下の影からニョキリと生えてきた人の頭にロゼッタと王女が驚きの声を上げた。
読んでくれてありがとう。
ブックマークと評価よろしくお願いします。




