45 黒幕の事情
メイドが敵の一味であることを聞かされたことでロゼッタの婆さんが泡を食う。
「こうしちゃいられない!」
慌てて外に出ようと動き始めたところを手で制した。
「何のつもりだい。どきな! グズグズしてられないんだよっ」
相当焦っているようで苛立ちを隠すことなくぶつけてきた。
「心配無用。対策済みだ」
「なに!?」
「仲間に後をつけさせている」
「いつの間に……」
「そういうのが得意な仲間なんでね」
「やれやれ、首を突っ込むつもりかい」
呆れた様子でフンと鼻を鳴らすロゼッタ。
「やめときな。いくらアンタたちでも死んじまうよ」
黒幕の正体がわかっているようだな。
ただ、誰が信用できる相手かわからないのだろう。
魔物のように真っ向から向かってくるのではなく謀略を用いる人間が相手では周囲を信用できる者のみで固める必要がある。
「なるほど。だから城の外に出た訳か」
その口実は王女の療養のためだろう。
民に騒がれないためという口実があれば身分を偽るのも難しくはあるまい。
「ぐっ」
短く唸り歯噛みするロゼッタ。
素性が知られているせいで易々と読まれてしまう状況に苛立っているな。
「後手に回ってるよな。反撃の糸口もつかめていないだろう」
「痛いところを突いてくれるね」
苦々しげに吐き捨てる。
「とはいえ、これは我々の問題だよ」
「俺たちは部外者だって?」
「そうだよ」
「黒幕もそう思ってくれればいいんだけどな」
巻き込まれる前なら君子危うきに近寄らずだったんだが、すでに片足を突っ込んでしまっている。
「いまからサヨナラしても向こうがそれを許しちゃくれないだろ」
「なに?」
一瞬、ロゼッタが訝しげな顔をのぞかせたかと思うと探るようにこちらを見てきた。
「俺たちのことを上に報告してる真っ最中みたいだぞ」
コソコソ隠れて通信機のようなものを使っているのはマヤからの念話で把握済みだ。
「なんだって!?」
「探らせている仲間からリアルタイムで報告が入ってくるんだよ」
「なにっ?」
ロゼッタは怪訝な表情で探るような目を向けてくる。
この場にいない相手から報告を受けるというのが理解不能なようだ。
ロゼッタのような立場であっても知らないところを見ると通信機がレア中のレアアイテムであることがわかる。
アイテムではないが念話も似たようなものだ。
「向こうは便利な道具を使って黒幕に報告中。こっちは道具なしで離れた場所にいる仲間と意思の疎通がはかれるんだよ」
「そんなことが……」
唖然として頭を振るロゼッタ。
だが、すぐに表情を引き締め鋭い視線を向けてきた。
「泳がせるつもりかい?」
「泳がせる? 冗談でしょ。面倒事はさっさと潰すに限るんだよ。だから情報をもらってるだけ」
「そうは言っても自ら深入りしてくる必要はないだろう」
「それだと良かったんだけどね。俺たちのことまで報告している時点で黒幕は俺たちの敵だよ」
「くっ……」
短く呻くロゼッタの婆さん。
内心では余計なことをしてくれるとスパイに毒づいていることだろう。
「アンタは敵と言うけどね。黒幕が誰かもわからないような状況で──」
「事情はともかく黒幕は王太子だよ」
マヤからの報告でサクッと判明しましたが、なにか?
ちなみにジョセフィーヌ姫様の情報で検索したら母親は異なるようだ。
「なっ」
ロゼッタは絶句した。
自分でも感づいていただろうに、そんなにショックなことかね。
疑念の裏付けが意外なルートで判明したからかもな。
そこまで責任は持てない。
『追加情報だよー』
マヤから新しい報告が入るようだ。
『王子は前の宰相の子供だってー』
『は? 王の子供じゃないってことか?』
『そだよ』
意味がわからん。
それでどうして王太子になれるんだ。
『不義密通ってやつだね。今風に言うとW不倫?』
古臭い単語を使ってきていつの時代の人間かと思ったが数百年生きている妖怪だった。
普段の言動が子供っぽくて、そのことをつい忘れてしまうんだよな。
『ついでに言うなら托卵か?』
『そう、それそれ。秘密を知る人間を消してるんだってさ』
バレれば王位の継承権がなくなることを考えると失うものは大きいか。
存在自体が罪として当人が処罰されることもないとはいえない。
動機としては充分だが、お姫様を暗殺する理由にはなるまい。
どう考えても事情を知っているようには思えないからな。
『お姫様を殺すのは前の宰相に顔が似てるって言ったからだってさー』
『そうか……』
あっさりわかりましたよ。犯行の動機ってやつが。
少しでも己が疑われる要因を排除したいのだろう。
それにしても王太子ってバカなの?
この状況でベラベラと大事な秘密を語るなんて。
スパイが捕まったら尋問されて終わりだろう。
まあ、しらばっくれるとは思うけど回りくどい手を使う割に不用心だ。
これは真の黒幕ってのがいるかもしれないな。
最初は黒幕に退場してもらえば万事解決かと思っていたのだけど、考えが甘かったかもしれない。
これは王太子と目通り願う必要がありそうだ。
【賢者の目】カードで丸裸にしてやれば真相も背後で糸を引いている奴のことも明らかになるだろう。
「黒幕が彼だという証拠はあるのですか?」
そう聞いてきたのはジョセフィーヌ姫様だ。
ロゼッタと同様にショックを受けていたように見受けられたが先に復帰してきたらしい。
しっかりしたお子様である。
「ありませんよ。聞いているのは報告しているメイドだけのようですから」
だが、この状況で黒幕がウソをつく必要もない。
余人に通話内容を聞かれていないはずという油断もあるんだろうけど。
マヤは妖術を使って影に潜めるからスパイがいかに優秀だろうと察知できるものではないしな。
「本人の証言だけなのですね」
「ええ。仲間の報告によるとヒステリックになった挙げ句の自爆のようですが」
影に潜って双方の声を拾うという器用なことをしているマヤによると王女がとっくに衰弱死しているはずなのに生きているのはおかしいとキレているようだ。
そのまま自爆し続けてくれ。
「相手が単純で助かりました」
「単純ですか?」
「便利な道具を持ってるからって黒幕へじかに報告させるとか油断しすぎですよ」
レアな毒やアイテムを駆使してスパイまで送り込んでいるのに詰めの甘いことで。
「だとしても暗殺の首謀者として追及するのは難しいですね」
「追及なんてしませんよ」
「え?」
「黒幕は俺たちにとっても敵です。そして俺たちには証拠なんて必要ありませんから」
「だとしても、どうするつもりですか」
その疑問ももっともである。
王太子と対峙するには王城に乗り込む必要があるが一般人はまず赴ける場所ではないからな。
まさか直通で行けるようになった状態だとは思うまい。
「黒幕には行方不明になってもらいます」
通信機でつながったのが運の尽きだ。
マヤが影を通じて王太子のマーキングに成功したのも、そのおかげだからな。
「王城に忍び込むのですか? 警備が厳重ですし不可能ですよ」
王女は俺の言葉を受けて驚きに目を見張っている。
それだけ警備体制がしっかりしていることを熟知しているとは年齢通りのお子様だと思わない方が良さそうだ。
「忍び込む必要なんてありませんよ」
「え?」
何を訳の分からないことを言っているのかと困惑しきりの王女。
無理もあるまい。余人に真似のできることではないことだろうからな。
「証拠をお見せしましょう」
読んでくれてありがとう。
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