44 賢者ではないけれど
「魔法毒だったからなぁ」
異世界らしい代物だなと思う。
「魔法毒だって!?」
ロゼッタが驚きをあらわにするほどか。
「道理でわからなかった訳だよ」
悔しそうに歯噛みする。
その様子からすると専門家にも問い合わせたはずだ。
それでもわからなかったのだから使われた毒のマイナーぶりがうかがえるというものである。
ただ、だからこそ敵の意図が読みづらい。
そんなものまで使って暗殺しようとする割には手ぬるいにもほどがあるからな。
スパイも送り込んでいるのに手を下さないし。
襲撃してきた盗賊どもは偽物というわけではないので金で雇ったか情報を流したかなんだろうけど。
黒幕が怪しまれることを警戒しているのか?
その割にスパイが黒幕へじかに報告しているというのはお粗末だ。
なんにせよ詰めの甘さを後悔することになるさ。
あのメイドも俺たちの戦いぶりを目撃していたらしいが、それが連中の運の尽きだ。
王女様がどういう裁定を下すかは今のところ不明だがスパイが俺たちの情報まで流しているようなので容赦するつもりはない。
悪党に常識が通用しないことも情けをかけても意味がないことも身に染みてわかっているのでね。
イジメで殺されかけたことも一度や二度ではないのだ。
暗殺者とか送り込まれちゃ面倒だし向こうが動き出す前に潰すよ。
「アンタはよくわかったね。一目見ただけだってのに」
「俺のことを賢者と言ったのはアンタだろう」
「そうだけどね。一瞬で的確に見抜いて解毒までしてしまえるとか尋常じゃないよ」
「これくらい賢者ならできても不思議じゃないとは思わないのか」
「いや、これはもう賢者ができることの範疇を超えているじゃないか」
「超えていようがいまいが俺はやってのけたんだから気にしなくていい」
「無茶苦茶だね」
「アンタらの事情の方が大概だと思うが? らしくないミスをしたよな」
俺が指摘すると、ようやく思い至ったのかハッと気付いたような顔をのぞかせた。
すぐに苦虫を噛み潰したような顔になったのは失態を悟ったからだな。
「アタシとしたことが動転しちまったねえ。情けない」
そして自嘲の笑みを見せる。
だが、それも瞬く間のことだ。
「何処までわかっている?」
鋭い視線を交えつつ詰問するような口調で睨みをきかせてきた。
いまさらだけど、この婆さんは大事な話をする時に目を細めるクセがあるな。
「さて、どうなんだろうな」
「誤魔化すんじゃないよ」
ロゼッタは俺が何もかも見抜いたと言わんばかりの態度だ。
実際、そうなんだけどさ。
「答えてもいいが、覚悟はあるのか」
「なにっ?」
「素知らぬふりをしておけば、お互いになあなあにできることもあると思うんだが」
ロゼッタの表情が険しくなる。
いまの言葉で俺が想像以上に情報をつかんでいることを察したか。
察しのいい婆さんだ。
「喋ればそちらの事情に踏み込むことになる」
「それは……」
即答できないのは俺たちを巻き込みたくないと考えているからか。
だとすれば厳しく問い詰めてきた割に、お人好しなことだな。
生憎とすでにそんな段階は終わっている。
「踏み込まなきゃ俺が何をしようとロゼッタさんたちは知らぬ存ぜぬを通せるだろうよ」
王女様の安全を考えれば、それが一番だ。
俺が黒幕を潰したら誰かの恨みを買うことだってあるかもしれないからな。
「ちょっとアンタ! 何を考えてるんだい」
そんなことを言って問い詰めてくるが完全に察している雰囲気だ。
おまけに猟犬が威嚇しているのかと思わせるような顔で威圧してくる。
ロゼッタとしては俺が勝手に動くのは承服しかねるのだろう。
敵が誰であるかを把握し、その強大さを実感しているからこそか。
その迫力とは裏腹にずいぶんとお優しいことだ。
まるで子を守ろうとする野生の獣のようだと思ったんだが、どうなんだろうな。
必死さが気迫の刃となって突き付けられていることだけは間違いないんだが。
けれど俺も子供の頃からそれなりに修羅場を山ほど乗り越えてきた身だ。
殺意のこもらない気などで動じることはない。
普通に見返していると、やがてロゼッタは脱力して深く嘆息した。
気の圧力も霧散しているところからすると無駄と悟ったか。
「カイ・ノートと言ったね」
「ああ」
「忘れておくれ。そして他言無用に願いたい」
当然の要求だ。
俺が同じ立場でもそうするだろう。
「言わないさ。部外者にはな」
「どういうことだい」
「覚悟はあるかと聞いたろう。全部わかってるんだよ」
「全部、とは?」
「偽名を使ってるよな」
わずかに強張った表情でロゼッタが押し黙る。
俺にはそれが下手なことを口走ってボロを出すまいとしているように見えた。
「アンタの本名はロゼッタ・クローバーだ」
返事はない。表情も大きく崩れてはいない。
が、ロゼッタの周りの空気は明らかに硬質なものへと質を変えていた。
「もちろん商人ではなく、やんごとなきお方の家令だよな」
当てずっぽうだと言い張られても面倒なのでダメ押ししてみた。
「っ!?」
いま、短く小さくうめき声を発したな。
これ以上は言う必要もないか。
「魔眼持ちなのかい」
鋭い眼光を突き付けながら絞り出すような声で聞いてくる。
「魔眼? いいや。人物鑑定の真似事ができるだけだ」
「人物鑑定?」
ロゼッタの視線が訝しみのそれに変わる。
本気でわからないみたいだな。
まあ、スキルなんてこっちの世界にはないようなので仕方がないのかもしれん。
「魔眼のようなものに頼らずとも他人の来歴なんかがわかる能力があるんだよ」
ゲームとかではね。
「俺の場合はその真似事ができるってだけだ」
「とても真似事とは思えないんだがね」
「名前と職業を言い当てただけじゃないか。どこで生まれてどんな幼少期だったかなんて言ってないぞ」
【賢者の目】カードならそのあたりもわかるけどね。
ただ、詳細が長々と連ねられている内容からピックアップするのは面倒なのでいまは調べるつもりがない。
「本物の鑑定とやらは、そんなことまでわかっちまうのかい」
ロゼッタが呆気にとられているところを見ると俺に対する問いかけという訳ではなさそうだ。
その分、俺のは大したことがないと思ってもらえれば儲け物ってね。
せっかく取引できそうな相手と知り合えたんだから変に警戒されてしまう事態は避けたい。
まあ、ロゼッタは商人ではないんだけどさ。
「部外者には言わないとはどういうことですか」
それまで沈黙を守っていた少女が、このタイミングで横入りしてきた。
いままでは情報の把握に努めていたといったところか。
ずっと眠り続けていた少女が事情の子細を知るはずもないとはいえ、すでに色々と察した表情を見せている。
この状況を見極めようと口出しせずに真剣な表情で聞き入っていたことからも間違いないだろう。
「敵はこの場にいないでしょう。王女殿下」
「私のこともわかるのですか!?」
「どうやら私は賢者のようなので」
冗談めかして言ってみたが普通に感心している。
「どうも、初めまして。カイ・ノートと申します」
「ジョセフィーヌ・フェースですわ。賢者様」
いまさらながらの自己紹介はササッと済ませて本題に戻る。
「敵とは誰ですか」
「殿下を看病するふりをして監視していたメイドなんかは一味ですね」
「なにぃっ!?」
主の話に口出しすまいと頑張っていたロゼッタがたまらず大声を上げた。
読んでくれてありがとう。
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