43 2人の正体
色々とツッコミを入れたいところではあるが、そんなものは後回しだ。
先にやっておかねばならないことがある。
『マヤ、頼みたいことがある』
『いーよー。念話でってことは極秘任務だよね』
その通りだ。察しが良くて助かるよ。
俺は手短に指示を出した。
『なるほどねー。りょーかーい』
テンション高めな返事とは裏腹にマヤは澄まし顔である。
そうでないと困るんだけどね。
「ローバーさん、頼みがあるんだが」
「ロゼッタでいいよ。それで何だい?」
「湯を沸かしてもらえないか。それと清潔なタオルが必要だ」
「わかった」
返事をするとメイドに目を向けた。
「はい、手配して参ります」
席を立ち馬車の外へと向かう。
彼女とすれ違った後にマヤにアイコンタクトを送った。
つい今し方、念話で出した指示のGOサインだ。
さて、どうなるかな?
そちらについては読み切れるものではないのでマヤの報告待ちとなるだろうけれど。
「見ただけで治療の目途が立ったのかい」
ロゼッタの言葉に馬車を出る直前だったメイドがわずかに反応した。
その先を聞きたそうな表情をのぞかせていたものの与えられた仕事がある。
後ろ髪を引かれる思いなのか疑心暗鬼なのかは不明だが一礼してから馬車を後にした。
「まあね」
「ずいぶんと──」
俺の言葉に疑わしげな目を向け何かを言おうとしたロゼッタだったが。
「ロゼッタ」
「なっ!?」
背後から聞こえてきた声に驚きの声を上げ慌てて振り返っていた。
「姫様っ」
いままでの芝居が台無しである。
まあ、俺は【賢者の目】カードを使っていたから馬車内にいた全員の素性はわかっていたんだけどね。
冒頭部分だけを見るなら、この2人はこんな感じだ。
[ジョゼ・ローバー(偽):女:11:-(偽)]
[ジョセフィーヌ・フェース:女:11:フェース王国第1王女]
[ロゼッタ・ローバー(偽):女:65:ローバー商会商会長(偽)]
[ロゼッタ・クローバー:女:65:ジョセフィーヌ専属家令]
姫様と言われる訳だよ。
孫でもなんでもないのは(偽)の表記を見れば明らかだ。
それでも、いままでは商人で押し通せてきたところを見ると普通は(偽)と表示されることはないのだろう。
イマジナリーカードを使ったから本当の名前まで引っ張り出せたにすぎない。
何かしら便利なアイテムがあると見るべきか。
ただ、それに対抗できるアイテムもあると思っておいた方がいいかな。
敵さんも通信機みたいなものを持っているみたいだし。
マヤが尾行しているメイドが物陰に隠れてボソボソ喋って黒幕に報告してるんだよね。
最初はトランシーバーみたいな通信機なのかと思ったけど、音声入力で文章を送信する代物のようだ。
便利なんだか不便なんだか、よくわからんな。
音声通話を目指して開発されたものが声の送受信で引っかかって文字の送受信に切り替えたのかもな。
音声入力は普通にできていてスゴいと思うんだけど通信距離とかで影響が出るのかもしれん。
まあ、携帯も中継機器がなければどうにもならんしな。
何にせよスパイがいるのは確実だ。
他にもいるかもしれないのでチェックし直さないとな。
【敵意レーダー】カードで調べようにも俺に対する敵意を表示するものだからロゼッタの婆さんたちに敵対しているかどうかはわからない。
イマジナリーカードも万能じゃないって訳だ。
俺の想像力が足りないと言った方が正しいのかもしれないけど。
それにしてもロゼッタの偽名は偽名になってないよな。
何かの拍子にボロを出してしまうことを危惧しているのかね?
誤魔化しやすいとは思うけど敵ではない相手にすらバレそうな気がするんですがね?
スパイがいる時点で考えるだけ無駄かな。
ロゼッタの婆さんはそれどころじゃないだろうし。
ずっと目を覚まさなかった大事な主君から声をかけられたのだから。
体の具合はどうなのかとかのやり取りをしている。
心配する側とされる側で大きく温度差があるようだけどな。
何処も悪くないと主張する少女はむくりと上体を起こしたのだが。
「いけませんっ」
ロゼッタは少女の動きを静止しようとしてアタフタしている。
出会った直後の凜とした姿からは想像もつかない狼狽ぶりに苦笑が漏れそうになった。
「何が?」
キョトンとした顔で不思議そうに小首をかしげる少女。
何を止められたのかすら見当がつかないのだろう。
「え?」
さすがに上体を起こしても平然としている主君の様子に無理が感じられなかったようでロゼッタが俺の方へ振り向いた。
「どういうことだい」
目を細めて鋭い眼光を突き付けてくる。
圧があるというか重いというか、なかなかのプレッシャーだ。
「治療したんだが、マズかったか」
「な……」
俺の返答に呆気にとられ言葉を失うロゼッタ。
「何を言っているんだい?」
どうにか声を絞り出して聞いてくる。
「聞こえなかったか。アンタの孫を治療した。それだけだ」
「バカなことを」
俺の言葉が信じられないと言いたげにロゼッタは苦り切った顔で頭を振る。
「アタシらが手を尽くしてもどうにもならなかったんだよ」
「それは大変だったな」
「ああ、そうだよ」
ぶっきらぼうに肯定するあたり苦労と苦悩は相当なものだったのだろう。
「けど、アンタは全然そう思ってないだろう」
「そんなことはない」
イマジナリーカードがなければ俺にはお手上げだったからな。
「ウソだね」
俺の返事はバッサリ切り捨てる形で否定された。
まるで信じていないな。
「まともに診察もしちゃいないのに顔色ひとつ変えずに治療しておきながら大変なんて言われて誰が信じるんだい」
そういうことか。
とはいえ俺からすると大したことはしていないんだけど。
最初に【賢者の目】カードで全員の状態を確認して色々と確認。
その際にメイドがスパイであることを把握したのでマヤに念話で指示を出した訳だ。
まあ、それは治療とは関係ないな。
とにかく確認した内容によって半永久的に昏睡させ衰弱死させる毒が原因であることを突き止めた。
だから診察していない訳じゃない。
そういう風に見えるのは仕方ないけれど。
続いて【解毒】カードで毒を無効化。
その上で後遺症が残らぬよう【集中治療】カードも使ったから王女様はピンピンしているって寸法だ。
俺がしたことはそれだけである。
「そんなこと言われてもなぁ」
ロゼッタが思い返しているであろう大変なことは何ひとつなかったので信じられないのも無理はない。
しかしながら、ロゼッタたちの苦労がわからない訳ではないのだ。
「今回は俺が対応できることだったというだけの話だ」
「アンタねえ」
呆れ顔で俺を見てくるロゼッタである。
「こう見えても難しい状況だったぞ」
完全に毒を抜くためには【解毒】カードが4枚も必要だったし。
ポーカーフェイスで平然としているように見せていたけど内心ではかなり驚かされていたのだ。
原因については【賢者の目】で表示された内容を確認して判明している。
ただの毒ではなく魔法を込めて効果を高めていたからだそうだ。
ロゼッタが八方手を尽くしても、どうにもならなかった訳である。
強制的に昏睡させて衰弱させる毒でなければ王女様はとっくに死んでいただろう。
毒の効果に助けられたというのはあるか。
読んでくれてありがとう。
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