42 助けたけど商談になりませんでした
「礼を言う」
そう言って頭を下げたのは身なりの良い婆さんだった。
白髪や顔のシワの具合は明らかに老人のそれであるというのに正反対の印象を抱かせる不思議な老婆である。
まあ、背筋が伸びていたり眼光が鋭かったりするせいなんだろうけど。
「ローバー商会のロゼッタ・ローバーだ」
商会の名前と老婆の名字が一致するということは……
「商会長さんかい?」
「ああ、そうさね」
初っ端から当たりを引くとは運がいいな。
「カイ・ノートだ」
俺と同様に名前だけを告げていく仲間たち。
下手にウソをつくよりは利口なやり方だと思う。
詮索されても沈黙を守ればボロを出さずにすむからね。
「アンタが商人だというなら都合がいい」
そんな訳で向こうから話しかけてくる前にこちらから話しかけた。
用事が済めばトンズラできるもんな。
「買い取ってもらいたいものがあるんだよ」
俺がそう言うと何故か周囲の人間が不自然に反応していた。
明らかに動揺しているんですがね?
ただ、ロゼッタの婆さんは眉ひとつ動かすことはなかったので違和感を感じたのは単なる思い過ごしの可能性もあるかもしれない。
「何を買い取れって言うんだい」
「魔物の素材だよ」
「そっちは詳しくないんだが恩人の頼みなら無下にはできないね。色もつけさせてもらおうじゃないか」
「大したこともしてないから相場でいいよ」
俺たちがしたのは盗賊どもを無力化したところまでだ。
慈悲なくすべて昇天させたのはロゼッタの護衛たちである。
俺の世界の感覚だと受け入れがたい対処なんだろうが、こちらは人の死が軽く扱われるからな。
むごたらしい死に様を見るのは初めてではないが盗賊団の頭数がそれなりだったので動揺するかと思ったけれど、そういうこともなかった。
生かしておいても食料を余分に使うことになるし解放すれば盗賊に逆戻りするのがオチだ。
それに何処かの街で官憲に引き渡しても大して金にならないとは事前にイリアから聞いている。
殺すつもりで襲ってきたんだから殺されても文句は言えないよな? って寸法である。
「バカなことを。アンタたちがいなきゃ人死にが出ていたよ」
呆れた様子で言われたし護衛たちも神妙な面持ちになっていたが、こちらとしても手こずった訳じゃないのでスルーさせてもらいますよ?
「これなんだが……」
取引のために用意しておいた大型のバックパックからエアコブラの皮を取り出したのだけど。
ザワリと周囲の空気が硬質なものに変わった。
ロゼッタの婆さんは特に変わりがないように見えるが、護衛たちが張り詰めた表情をしている。
「オタつくんじゃないよ、アンタたち」
ロゼッタがドスのきいた声で叱りつけると幾分かは落ち着きを取り戻したようだが護衛たちの表情は硬い。
「エアコブラだね」
「ああ、そんなにヤバいものなのか? 悪いがド田舎から来たので世間の常識には疎いんだ」
ド田舎というのはウソではない。
住んでいるのは杜の屋敷なのでド田舎は言い過ぎになるが山の倉庫を経由してきたからな。
そう。俺たちの世界の山奥にあるという枕詞が抜けているだけだ。
「コイツは空を飛ぶ上に威嚇したくらいじゃ追い払えないだろう? それだけで厄介な魔物なんだよ」
地上からだと攻撃手段が限られてしまうか。
「アンタたちは空を飛べるようだから、そうでもないんだろうけど」
色々とイマジナリーカードの効果を付与した特製ホウキのおかげでね。
【念動力】で飛び【遮断する壁】でホウキを保護し【台風の目】で風雨から守るといった具合だ。
「面倒くさい相手ではあるな」
「隠れても的確に追ってくるからね。風下に逃げてもお構いなしじゃお手上げさね」
「あー、奴らは熱を感知できるからな」
再び場の空気がザワついた。
今度はロゼッタの婆さんも驚きに目を見張っている。
「どういうことだい」
絞り出すような声でロゼッタが聞いてくる。
どういうことって言われてもなぁ。エアコブラの特殊能力としか言いようがないんだが。
「人だって炎に手をかざせば熱を感じるだろう。あれをもっと鋭敏にしたと思えばいい」
護衛たちが顔を見合わせて困惑をあらわにしている。
ロゼッタも理解しがたいのか表情が硬いままだ。
別のものに置き換えればわかりやすいか?
「たとえば獣は人よりも鼻がきくだろう。エアコブラにしてみれば熱が匂いみたいなものなのさ」
俺のたとえ話に、おおっというどよめきが起きた。
ロゼッタだけでなく護衛たちにも理解できたようだ。
「アンタはよくそんなことを知っていたね」
「俺は田舎者だが知識を得る手段がないわけじゃないんだよ」
「なるほどねえ。アンタ、賢者様だったのかい」
どうしてそうなるっ!?
ツッコミを入れたいところだったが護衛たちが妙に感心していたのでどうにかスルーした。
勘違いされたままの方が交渉を有利に進められるかもしれないからな。
それにリムとマヤが鼻高々でいるのも否定しない理由だ。
下手に否定すると騒ぎ出しかねない。
「ひとつ聞きたいんだがね」
すうっと目を細めてロゼッタが聞いてくる。
「毒には詳しいのかい?」
「先に言っておくがエアコブラの毒は処分したぞ」
あんな猛毒は持ってるだけで人から疑われる元だからな。
「そうじゃないよ。賢者なんだろう? そういう知識はないのかって話さね」
いまひとつ婆さんの意図が読めずにいると……
「身内に毒を受けた者がおるのじゃろう」
リムが会話に割り込んできた。
一瞬で場の空気が張り詰めたものとなる。
護衛のピリピリした感じはいままでの比ではない。
リムの言葉は根拠のない鎌かけに等しいもののはずだったが、どうやら図星のようだ。
「ああ、そうだよ」
ロゼッタは特に動揺するでもなく肯定したけどね。
護衛たちはそのことに焦った様子を見せたが、ロゼッタがひと睨みするとどうにか取り繕う様子を見せた。
「孫がね」
「もしかして、ここで野営するのはその子の体力が移動に耐えられなくなったからか」
「そうさ」
まだ昼過ぎくらいなのに野営を始めるなんて変だとは思っていたんだよな。
「ここにいるなら診ようか」
「なんと!? 賢者殿は医者でもあったのか」
ロゼッタが驚きの声を上げると護衛たちからもどよめきが起きた。
まるで身内であるかのような反応だ。
どうやら、この婆さんはなかなか慕われているらしい。
「医者ではないが知識はあるから真似事はできるさ。毒なら解毒方法も知ってる」
俺の医療知識なんて素人に毛が生えた程度のものでしかないがね。
ただ、イマジナリーカードを使えば毒の特定は可能だし解毒することも難しくはないのでウソにはならない。
ロゼッタの孫も治療することはできるはずだ。
そういうことだから堂々と返事をしたのだけど、そういうのは伝わるものだな。
運が良かったとか賢者はスゴいみたいな感じで護衛たちがザワついている。
「頼む。診ておくれ。報酬ならいくらでも払う」
最初の凜とした印象がかすむような懇願をされた。
護衛たちに慕われるのも頷ける気がする。
「そういうのは完治してからの話にしてくれないか。毒によっては後遺症が残ったりするものだからな」
「わ、わかった」
ロゼッタの声が上ずっていた。
孫のことになると落ち着いてはいられないってことか。
それにしては妙な違和感も感じるのだけど、それが何なのかまでは判然としない。
「こっちだ」
婆さんの後に続いて案内されたのは少し大きめの箱馬車であった。
「入ってくれ」
中に入ると大きい理由がわかった。
キャンピングカーのようになっていたのだ。
ベッドに横たわる少女とそれを看病するメイドがいる。
「どうだい?」
ロゼッタに話しかけられたメイドが思わしくない表情で頭を振る。
「ずっと眠りっぱなしでね。日に日に衰弱していってるんだよ」
「そうか」
さて、【賢者の目】カードで鑑定させてもらいましょうかね……
ふぁっ!?
アンタ、商人じゃねえじゃんか!
読んでくれてありがとう。
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