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39 招かれざる客

 引っ越してきた翌週になって電気やネット回線などの工事がすべて完了。

 ようやく終わったと安堵していところで、さっそく非常識なのが訪ねてきた。


「どうもぉ~。私、アカツキ放送のようこそ幽霊屋敷へという番組の者ですぅ」


 テレビ局の名前を出してきたが自分の名前は言わず名刺も出してこない。

 アカツキ放送はキー局だし目の前のオッサンが口にした番組名はゴールデンタイムの枠組みで放送されている人気番組だ。

 全国の幽霊屋敷と噂される家に住む人を訪ね、心霊現象のあるなしを面白おかしく紹介するという内容で人気を博している。


 が、誰でも知っているような情報を出してくるが故にオッサンの胡散臭さが際立っていた。

 なれなれしい態度でちゃちゃっと挨拶を済ませると、許可もしていないのに撮影を始めようとしたしな。

 撮影は許可しない旨を告げ帰るように言ったのだが……


「お願いしますよぉ」


 いい年したオッサンの猫なで声なんて聞きたくもないってのに、しつこいったらありゃしない。


「人助けだと思って、ねっ」


 そんな軽薄な頼み方をする奴が困っていると思う方がどうかしているだろう。

 人の家を幽霊屋敷と決めつけて撮影させろと言っておきながら抜け抜けと人助けなんて言葉を口にするなど図々しいにも程がある。

 オッサンは視聴率を稼いで自分の出世ポイントをゲットしようとしているだけだろうが。


「しつこいですね」


 冷淡に告げるが相手はさして応えた様子もなくヘラヘラした表情を崩さない。


「頼みますよぉ」


「何度言われてもお断りします」


「そこを何とか~。最近は動画投稿者に視聴率を削られて困ってるんですって」


「そちらの事情など知りませんね。帰ってください」


「撮影はすぐに終わらせますから、ねっ」


 そんなことを言いながら隠し撮りのための時間稼ぎをしているのはわかってるんだよ。

 まあ、それは保険か。

 粘りに粘ってこちらが根負けするのを待っているのは明白だ。

 隠し撮りじゃ屋敷の中は撮影できないからな。


 連中にしてみれば、うちは格好の獲物に見えているはずだ。

 鬱蒼とした木々に覆われた近代的外観の屋敷はそれだけで映える撮影素材だろうし希少性もある。

 そのせいか最初から何が何でも隅から隅まで撮影してやろうという意図が透けて見えていた。


 だが、こちらは異世界での自由な活動のために目立ちたくないのだ。

 全国区のバラエティ番組で紹介されようものなら屋敷を一目見ようとひっきりなしに人が押し寄せてくるのは目に見えている。

 俺たちと向こうの主張が相容れるはずもない。


 それに見物人は基本的に常識の通用しない連中だと思っておいた方がいい。

 つまらない理由で見知らぬ相手に自分の家を監視されて不快に思わない方がどうかしているというのに、そのあたりのことを理解していないのだから。


 おまけにゴミのポイ捨てをする輩もいるはずだ。

 休耕田の雑草が生えているあたりはゴミだらけになったとしても不思議ではない。

 夜中に来て騒ぎ立てる連中も出てくるかもな。


 場合によっては屋敷の敷地にまで乗り込んでくることだって無いとは言えない。

 常識の欠落した連中ばかりを引き寄せるようなものだから突出して良識がないのがいることは充分に考えられる。


 それらの迷惑行為により被る被害は何があろうと許容できるものではない。

 俺の立場になれば誰でもそう思うはずだ。

 だが、目の前にいるオッサンはそのことについて追及しても責任を取ろうとはすまい。

 個人の責任だと言うのがオチだ。


 正論のように思えるかもしれないが、それは違う。

 この連中が面白おかしく番組を作ってバカな連中をあおっているも同然なのだから。

 被害者からすれば教唆犯としか思えない。

 訴えてコイツが逮捕されるかは難しいとしてもBPO(放送倫理・番組向上機構)は動かすことができるだろう。


 とはいえ実際に被害が出てからの話になるのが腹立たしい。

 これを切り札にして交渉しても、このオッサンは柳に風と受け流すのは目に見えている。

 コイツが良識のないバカだからな。

 実際にBPOが動いて局内で処分されるまで暴走は止まらないだろう。


「許可しない。帰れ」


 口調を変えてもオッサンは空気を読まない。

 少しでも長く撮影させたいようだが、それは無意味だ。

 イマジナリーカードで密かに妨害しているので隠し撮りしている映像は残らない。

 使っているのは【遮断する壁】だ。

 隠しカメラに対して光と音だけを遮っているので何も記録されていないのと同じことになる。


「そんなこと言わずにぃ」


 実にしつこい。

 オッサンに媚びられても気持ち悪いだけなんだが?


「ダメなものはダメだ。帰れ」


「お願いしますよぉ」


 念押しして帰るように告げても聞く耳を持たない。


「帰れと言ったら帰れ」


「そんな意地悪なことを言わずにぃ」


 そのしつこさで相手の根負けを誘う腹づもりなのだろう。

 今までは、それで上手くいったのかもしれないが通用しない相手がいるということを思い知るがいい。


「何度も帰れと言ったはずだ」


 これは最後通牒である。


「人助けだと思って、ねっ」


 大事なことでもないだろうに同じことを2回も言うとは度し難い。

 オッサンの口癖なんだろうと思うと言葉の軽さが更に際立つ。


「帰らないと言うなら不退去罪で警察に通報する」


 躊躇うことなくスマホを取り出すと、初めてオッサンの顔色が変わった。

 さすがに警察のお世話になるのは嫌なようだ。

 繰り返し帰れと言っていたのはこのためだ。

 一度きりだと聞いてないと寝ぼけたことを言い出しかねないからな。


「冗談ですよね」


 引きつった笑みを浮かべて御機嫌うかがいをしてくるが最後通牒は終わっている。


「冗談? 何度も警告したぞ。ちなみにアンタとの会話は最初から録音している」


「なっ!?」


 そのままスマホを操作し始めるとオッサンは慌てだした。


「撤収! 撤収だぁ!!」


 オッサンは大声を張り上げて踵を返したかと思うと辞去の挨拶もせず外に停めていた車の運転席へ駆け込んだ。

 他のテレビクルーたちも慌てて後を追う。

 全員が乗り込んだところで車は急発進して走り去った。


「危ないな」


 それまで姿を消していたアイラが俺の隣でウンウンと頷いている。


「まったくだねえ」


 マヤも俺の足下で同意しているが、猫の姿で顔を洗いながらだと適当に流しているように見えてしまう。

 数日は人化した状態でいたのだけど今は飯時と都合のいい時だけ人化する横着者だ。

 異世界に行ったらそれではダメだと言ったんだけど、向こうではちゃんとすると返事をして終了。

 こっちだと猫の姿を近所に見せておく必要があるのだとか。

 屋敷の中では必要ないだろうというツッコミは柳に風である。


「やれやれ」


 ドッと疲れが押し寄せてきた気分だよ。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



「くそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそっ!」


 カイに胡散臭いと言われたテレビ局のオッサンは運転しながら悪態をつき続けていた。

 追い払われてからずっとだ。

 高速道路に上がってからは更に酷くなりハンドルをバンバンと叩いて八つ当たりしていた。


「何だよアイツ! こっちが下手に出てやっているのに何様のつもりだっ?」


 オッサンはカイが応対していた時とは人が変わったように毒を吐く。

 車内の雰囲気は最悪だ。

 テレビクルーは誰一人として話しかけようとしない。


「こっちは天下のアカツキ放送様の看板背負ってんだぞ。少しはありがたがりやがれっ!」


 テレビクルーたちはこれが本性だと知っているので黙って嵐が通り過ぎるのを待っていた。

 下手に声をかけると理不尽な被害を被ることを経験則として知っているからだ。

 少しでも目立たぬように小さくなるしかない。

 だが、それが逆にオッサンにとっては目障りに感じることもある。


「おいっ、なんでチェックしねえんだ」


 ドスのきいた声を出しながら振り返る。


「まさか隠し撮りしてなかったって言うんじゃないだろうなっ」


 驚愕に凍り付くカメラクルーたち。

 だが、それはオッサンの逆鱗に触れたからではない。


「まっ、前っ!」


 次の瞬間、轟音と激しい衝撃が彼らの乗る車に襲いかかっていた。


読んでくれてありがとう。

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