38 妖術と屋敷の話
「妾は能登珂伊様の配下にして守護役のリムじゃ」
新たに仲間となったドライアドのアイラにリムが自己紹介したのはいいんだけど。
守護役なんて頼んでいないぞ。もちろん命じてもいない。
『アイラ……』
念話だとつながっている俺にしか聞こえないんじゃないかと思ったが……
「うむ。主の名付けは聞いておった」
リムにも聞こえていたようだ。
妖怪はつながった相手以外にも念話を伝えることができるのか。
「そなたドライアドだそうじゃな」
アイラは小首をかしげた。
「そんなこと言われても初耳だったからわかんないんだって」
マヤが通訳みたいなことをしている。
「主が鑑定した結果なんじゃから間違いあるまい」
「鑑定スキルを持ってるなんてスゴいよね」
瞳をキラキラさせて感動しているらしいマヤだけど、それは早とちりというものだ。
俺のは鑑定スキルではないからな。
効果の変わらないイマジナリーカードの【賢者の目】を使った結果なので、わざわざ訂正するまでもないとは思うけど。
アイラが感心するような表情をのぞかせて頷いているし納得できるならそれでいいんだ。
「そして妾は千変万化の竜、ポリクロームドラゴンじゃ」
自慢げに腰に手を当て仁王立ちするリムである。
ただ、耳慣れない言葉というのは得てして誤解を招く元になってしまうんだよな。
「ポリ袋?」
案の定、マヤが真顔で聞いている。
「バカ者、それではゴミ袋ではないか」
そんなツッコミを入れられるようになるくらい、こちらの生活に馴染んだか。
日はまだ浅いというのにね。
その分、異世界の探索がおろそかになっている。
向こうでやったことと言えば脱走に拠点の確保に魔物との戦闘と解体……
「ポリクロームじゃ。ポ・リ・ク・ロー・ム・ドラゴン」
意外に冒険してるな。
必要に迫られてしたことばかりなので、あまり楽しめていないのだけど。
俺はもっとまったり気分で異世界探訪がしたいんですよ?
せっかく自由の身となったのに時間の無駄遣いをしているみたいでもったいないもんね。
なんにせよ、しっかりと新拠点を確保してからだな。
「私はイリア・ルミニア。魔法使いです」
続いてイリアが名乗った。
召喚魔導師とは言わないんだな。
まあ、他の魔法も使えるから限定的に言う必要もないんだろうけど。
「アタシ本物の魔法使いって初めて見たー。さっきも使ってたよね」
マヤのテンションが急上昇している。
それどころか物静かなイメージのアイラまで食い気味で身を乗り出してマヤに同意するようにウンウンと頷いている。
「君ら妖怪なんだから魔法に近いことできるだろう」
マヤは人化できるようだし、アイラも光学迷彩で姿を消していた。
他にも色々できるようなのは鑑定してわかっている。
「えーっ、アタシなんて影に潜ったりとか地味な妖術しか使えないよー」
「充分スゴいことだと思うのだが?」
「だってファイヤーボールで派手にドッカーンとかできるんでしょ?」
「まあ、ファイヤーボールは使えますが延焼被害が出るのでほとんど使いませんよ」
イリアが苦笑しながら返事をする。
それとマヤが想像しているであろうドッカーンとなる魔法はボムボールである。
ファイヤーボールは焼き払うのを目的とした範囲魔法だな。
どちらも周辺に大きな被害をもたらしやすいので使いどころは難しい、とはイリアの受け売りである。
「じゃあじゃあウインドカッターは?」
めげずに期待感を残したまま質問を繰り返すマヤ。
「それも使えますけど強力な魔物相手に使うには威力が微妙ですね」
マヤが期待しているらしい敵を真っ二つにするような効果はない訳だ。
「ありゃりゃ」
想像していたのと違ったせいかマヤのテンションも少しは落ち着いたようだ。
「お主、魔法が使えぬと言うた割には詳しいのう」
「えっへっへー、友達の多美ちゃんがよく魔法使いになるための特訓をしてるからねえ」
リムの言葉に満更でもない様子で照れているマヤだが、今の発言は自慢して良いことだろうか。
女子中学生が発動しない魔法の呪文を唱えて一人芝居をする場面を想像すれば誰もが黒歴史認定するだろう。
そういうことを人前で言っちゃダメだって。
現状の多美ちゃんは気にしないかもしれないが、厨二病から復帰してきたときは……
他人事なのに羞恥心で身もだえしそうになってきた。
考えるのはよそう。
「それに影に潜るなど熟達した魔法使いでも容易にはできぬことじゃ」
「そうですね。私にはできません」
リムからのアイコンタクトを受けてイリアが補足した。
俺の方を見ないのは……うん、まあわかるよ。【影の門】カードを使ってたからね。
「えー、そうなんだぁ」
意外に感じたらしくマヤは目を丸くさせている。
「ということじゃから卑下などせず誇るべきであろう」
「わかったー」
何百年と生きている妖怪のはずだが素直に返事をしているな。
妖怪も人間と同じように色んな者がいるということなんだろう。
もし、これからも妖怪と出会うようなことがあってもクズ課長みたいな妖怪でないことを願うばかりである。
「ところで」
俺が少し思考を脱線させている間にリムがアイラに話しかけようとしていた。
「アイラはどのような妖術が使えるのかのう」
『水……』
ぼそりと呟くような念話が伝わってきた。
念話なのに聞き取りづらいと思ったのは俺だけだろうか。
リムにも聞こえているのかな。
「水? 水を出すということかのう」
ちゃんと伝わっていたようだ。
ただ、単語ひとつだけだと何を言ってるのか理解するのは困難ではある。
「それもできるけどねー」
リムも俺もどういうことかと首を捻っているとマヤが割り込んできた。
「アイラの妖術は水を操ることなんだよ」
当人であるアイラは恥ずかしそうにモジモジしているというのに何故かマヤは己がことのようにドヤ顔で胸を張っている。
「地下水を引っ張ってきてるから日照り続きでも、ここの木は枯れたりしないんだよね」
マヤの言葉にアイラが頷いた。
「ふむ。なかなか便利じゃのう」
「他にも井戸水を美味しくしたりとかー」
水道代がかからない上に飲料水まで確保できるのか。
「この辺り一帯に霧を発生させたりとか-」
割と広い範囲で細かい制御もできるんだな。
何の役に立つのかと聞かれてしまうと返答に困るところではあるが。
「それの応用で幻を見せることもできるし」
「幻?」
「そだよ。それでここの木を切ろうとした人間を追い払ったんだよね」
霧も役に立つみたいだ。
そのせいで屋敷が売れなかった不動産会社にしてみれば災難以外の何ものでもないのだけど。
だからこそ俺が購入できたのだから文句などあろうはずがない。
「この家、近所じゃ幽霊屋敷で有名なんじゃないのか?」
薄々ではあるが最初から感じていた疑念をぶつけてみると、マヤはビクッと身を震わせた。
それは一瞬でごくわずかなものであったため見間違いで押し通せば何とかなったかもしれないのだが。
「ソンナコトナイヨ」
平気なふりを装っているが明らかに声の調子が違う。
芝居が下手すぎるだろ。
とにかく幽霊屋敷の疑惑は正しかったのだと確信を持つに至った。
「そうか。知れ渡っているんだな」
「なんでわかった!?」
バレバレなのに大根役者の自覚はないらしくマヤは巣で驚いている。
「声が挙動不審なんだよ」
「なんじゃ、そりゃーっ」
「とにかく三文役者丸出しで論外だ」
「ぐぬぬ」
いまにも地団駄を踏みそうな悔しがりようを見せるマヤに苦笑を禁じ得ない。
「そのあたりについても後で聞かせてもらうぞ」
「そんな話、聞いてどうするの?」
「噂ってのはトラブルの温床なんだ。先に知っておけば対策も立てられるだろう?」
「そういうことね」
とはいえ御近所さんと仲良くやりましょうってつもりはない。
むしろ疎遠であった方が俺たちにとっては都合が良いのだ。
付き合いが濃くなるほど、ここに生活の実態がなければボロが出やすくなるからなぁ。
幸いにも周囲にお隣さんと呼べるような家はない。
見渡す限りとは言わないが、それなりの範囲で休耕田に囲まれているからね。
この田んぼも含めて購入したので近隣住民が近寄ることはないだろう。
問題は幽霊屋敷の噂を聞きつけた良識のない連中だ。
肝試しと称して乗り込んでくることは充分に考えられる。
脅かして追い払えば噂が噂を呼んでバカを引き寄せることになりかねないから迂闊なことはできない。
監視カメラで証拠をつかんで警察に通報するのが無難なところかな。
そのうち興味を失うとは思うが、異世界でまったり冒険をしたい俺たちには時間の無駄以外の何ものでもない。
実に面倒くさい話である。
読んでくれてありがとう。
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