37 妖怪樹に認められるか
「カイ兄ちゃん、ちょっと」
マヤが右の前足を器用に使っておいでおいでをする。
「ぐぬぬ、解せぬ」
呼ばれるのは自分ではないのかとばかりにリムがうなる。
「まずは俺からってことじゃないのか?」
「む? そうか、妾の主じゃからな」
リムも納得したところで門をくぐって屋敷の敷地に入る。
和洋折衷でレトロな感じがする家屋に目が奪われそうになるが今は樹妖の方が大事だ。
今まで屋敷を守ってきた管理人みたいなものだし、ないがしろにはできない。
まあ、俺が近づいただけでビクビクするんだけどな。
黒髪黒目で二十歳前後くらいの和装美人なんだが怯えているせいか雰囲気はもっと幼い感じだ。
「すまないな。うちのが怖がらせてしまった」
フルフルと頭を振る樹妖。
「俺は能登珂伊という。この屋敷を買った者だ」
今度はコクリと頷かれた。
「向こうにいるのがイリアとドラゴンのリム」
ドラゴンのところでビクッとしたが樹妖はちゃんと頷いている。
ただ、そこから先が続かない。
てっきり向こうが名乗るものだと思ったのだが、よくよく考えればマヤの時がそうだったように名前がないのだろう。
猫ならクロちゃんみたいに勝手に名前をつけて呼んだりもするだろうけど樹木じゃそういうこともなさそうだし。
「悪い。名前はないんだな」
コクコクと頷く樹妖。
「それなんだけどさー」
このタイミングでマヤが割って入ってきた。
「何だよ?」
「樹妖とも契約してくんない?」
「は?」
どうしてそんなことを言い出すのか。
マヤの場合は異世界に行きたいが故に結果として契約することになった。
が、樹妖はそんな要求をしていない。
というより、まだ一言も喋っていない。
「まさか異世界に行きたいのか?」
フルフルと頭を振る樹妖。
だよなぁ。リムの威圧を直接受けた訳でもないのにビクビクしてるくらいなんだし、危険だという話を耳にしてマヤのように行きたいとは言い出さないだろう。
「アハハ、違うよぉ。契約すれば強くなれるからに決まってるじゃん」
「どういうことだ?」
さっぱり意味がわからない。
「ゲーム的な言い方をすれば常時バフがかかってビビらずに済むってことだよ」
それでリムに抱いた恐怖を拭おうと画策した訳か。
こういう発想をするのはマヤだろう。
「あー、そういうことか」
とりあえずは納得できたのだけど、猫がゲームのことを理解しているのが微妙な気分にさせられましたよ?
ただ、本当に気にすべきことは他にある。
「君はそれでいいのか」
俺の問いかけに樹妖は大きくハッキリと頷いた。
当人が了承しているなら俺に拒否する理由はない。
「じゃあ名前を考えないとな」
そう言っただけで、今まで表情に乏しかった樹妖がパアッと擬音が聞こえてきそうな笑顔を見せた。
なかなかの美人さんである。
いや、元からそうなんだけど影が薄かったというか目立たない感じだったんだよな。
本人は臆病なようだし目立たないなら、その方がいいんじゃないかとは思う。
「和風の方がいいよなぁ」
何か由来になりそうなネタはないものかと思って【賢者の目】カードを使ってみたんだが……
「へえ、種族的にはドライアドなんだ」
俺の独り言だったのだが樹妖が小首をかしげている。
聞き慣れない単語が耳に入ったからだろう。
「えー、樹妖は妖怪だよぉ?」
マヤがツッコミを入れてくる。
それに合わせて樹妖がコクコクと頷いていた。
「そんなこと言われてもなぁ。鑑定した結果だし妖怪でも──」
「ええーっ!? 鑑定なんてできるんだぁ!」
話している途中でマヤに割り込まれてしまった。
「ホントに異世界もののラノベみたぁい」
君も友達の多美ちゃんみたいに厨二病を罹患していると思うぞ。
「とにかく妖怪樹とドライアドの両方に分類されているんだよ」
「なんで~?」
「知らんよ」
説明文の詳細を読み込めばわかるかもしれんが、そこまで読み込むつもりも時間もない。
「じゃあじゃあ、アタシは?」
期待のこもった目でグイグイ来るマヤだ。
「妖怪猫でケットシーだってさ」
「やったーっ!」
何が嬉しいのか俺にはわからないがマヤはピョンピョン跳びはねて喜んでいる。
「妖怪というのは妖精に近いかそのものなのやもしれぬな」
リムがそんなことを言った。
あり得るかもしれないけれど調べるつもりはない。
今は樹妖の名前を考える時だ。
ドライアドからもじるのが良いかもしれない。
ドを取ってライアだと日本人っぽい外見と合わないしライアンと間違われて男だと思われそうな気もする。
だが、これを捨てると他に由来を引っ張ってくるのは難しそうだ。
いっそ何の関係もない思いつきの名前にしようかとも思ったが、それは最終手段にしたい。
イリアが苦手と言っていたが、俺だって得意な訳じゃないんだ。
デザインのことならサクサクと思いつけるんだがなぁ。
なんだか頭の中がグシャグシャになりそうですよ。
ん? グシャグシャか……
文字をシャッフルして並べ替えるのはありかもしれないな。
ライアは単純にひっくり返せばアイラになる。
日本人の名前として考えると割り当てる漢字しだいでキラキラネームと認定されかねないのが微妙なところか。
樹妖が気に入るかどうかもわからないし漢字は考えなくてもいいか。
マヤも深く考えずカタカナの名前にしたし。
「アイラはどうだい?」
ダメ元で聞いてみたのだが、樹妖は身を乗り出すようにしてブンブンと首肯する。
『アイラ、……いい』
呟くような感じの声が頭の中に響いた。
念話だ。
一瞬マヤかと思ったけど声質が違う。
使い魔の契約を完了させた樹妖あらためアイラだな。
些か戸惑ったよ。
今まで一言も喋らなかった相手に話しかけられたからね。
極端にシャイなのかリムにビビって声が出せないのかと思っていたし。
「樹妖は声が出せないからねー。会話は念話オンリーだよぉ」
今更な補足説明をしてくるマヤである。
会話は成り立ってたから問題なかったけど、そういうのは先に言ってくれっての。
それで抗議をしようとしたらアイラが身振り手振りでマヤに何かを訴えている。
念話は使っていないのか頭の中にも声は届かない。
何か必死な様子がうかがえるが使い魔の契約が上手くいかなかったのだろうか。
「アッハッハ! そうだったね、ゴメンゴメン」
マヤは軽いノリで応じているけれど何なんだ?
「何があったんだ?」
「いやぁ、怒られちゃった」
その割にはテヘペロしてるんだけど大丈夫なのか?
「名前はアイラになったんだから樹妖って呼ぶなだって」
「念話も使っていないのに、よくわかるな」
「そりゃあ付き合い長いからね-」
目だけで通じ合う何かがあるらしい。
「それに樹妖、じゃなくてアイラは念話でも無口だから言いたいことを汲み取るのは必須技能だよ」
「勘弁してくれよぉ」
思わず情けない声が出てしまった。
会話ができるようになったのは好都合だと思っていたら、そんな罠が待ち受けていたとは想定外もいいところだ。
「そのスキルを習得するのに何年かかるんだ?」
「わかんなぁい。気がついたらって感じだったもんねー」
あっけらかんとしているマヤだが答えになっていない。
「主よ、それよりも大事なことがあるであろう」
痺れを切らしたのかリムが敷地の外から声をかけてきた。
「おっと、いけない」
怯えているアイラの状態を確認しなきゃリムは屋敷に入ることができないじゃないか。
そのことを問おうとアイラの方を向くとコクリと頷かれた。
「大丈夫だって」
マヤが太鼓判を押してくれる。
ホッと一安心だ。
使い魔の契約をしておいてダメでしたじゃ手詰まりになっていただろうしな。
読んでくれてありがとう。
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