36 妖怪猫は仲間になるか
「異世界に連れて行って死なれちゃ寝覚めが悪いんだが?」
いかに長生きしている妖怪といえど、見た目は少し大きめの普通の猫だ。
「大丈夫ダイジョーブ」
人よりも脆弱でか弱い存在であることを認識しているのかいないのか、黒猫は軽いノリで問題ないと告げてくる。
「カイ兄ちゃんと使い魔の契約を結べば万事解決なのだ」
「ちょっと何言ってるかわかんないですね」
説明を求む、だ。
「強くなるに決まってるじゃん」
「………………」
疑いの眼差しを向けざるを得ない。
軽薄な黒猫の態度を見てきた以上は仕方のないことだと思う。
「ホントだってー。ずっと人の姿でいることもできるようになるしぃ」
妖怪ならあり得るのか。
生憎と他に妖怪の知り合いがいないので確かめることは……
知り合いじゃないけど妖怪なら、すぐそばにいるな。
先程から木の陰に隠れつつ興味深げに覗き込んできている妖怪樹が。
まあ、話しかけても逃げられそうな気はするから黒猫の言うことが正しいのか確かめるのは難しそうだけど。
「じゃあ契約して人化したままでいられなかったら異世界には連れて行かないからな」
「やったーっ!」
万歳しているつもりなのか両前足を上げて喜ぶ黒猫。
くっ、可愛いじゃないか。
思わず写メしたくなったが、ここは我慢だ。
気取られただけで更に調子に乗りそうだからな。
「で、どうやって契約すればいいんだ?」
「名前をつけてよ」
「は? クロちゃんじゃないのか」
「契約の意思もないままつけられた適当な名前を流用しないでよね」
どうやら使い魔として契約する際には明確な意思を持って名付けをする必要があるようだ。
「急に言われてもなぁ」
イリアの方を見た。
召喚魔導師なんだから慣れているだろうと助けを求める視線を送ったのだけど……
「無理です、無理です。こういうの苦手なんです。センスありません」
両手を顔の前で振りながら拒否されてしまった。
そうなると助っ人はリムしか残っていないが……
「主らしくないのう。妾の時のようにスパッと決めれば良いではないか」
要するに自分で考えろってことね。
「気に入らなきゃダメ出しするから大丈夫だって」
黒猫にまで、こんなことを言われたんじゃしょうがない。
適当に何かにちなんでもじってしまおう。
黒猫をじっと見る。
何よりも特徴的なのは真夜中を想起させる漆黒の毛並みだろう。
「真夜中……マヨ、はダメだな」
マヨネーズみたいだと文句を言われそうだ。
しかしながら夜はヨだけでなくヤとも読める。
「マヤなんてどうかな」
「あらら、危うくマヨネーズにされるかと思ったけど、いいんじゃない」
どうやら合格点をもらえたようだ。
「じゃあ、今日からマヤちゃんを名乗っちゃうね」
「……それで終わりなのか」
「そだよ。妖術を使って名前を自分の中に刻んで終わり。つながってるでしょ?』
途中から喋るのをやめたかと思ったのだが頭の中に黒猫クロちゃん改め使い魔となったマヤの声が届いていた。
いわゆる念話とかテレパシーってやつか。
『ああ、つながったようだな』
試しにこちらからも念で返事を送ってみる。
「上出来だよ」
マヤはそう言うが、解決すべき問題は残ったままだ。
「じゃあ、家の中に入ろうか」
「あれえ? アタシが変化するのを確認するんじゃないのぉ?」
「誰が見てるかわかんないのに表で猫が人に化けたら騒ぎになるだろ」
「アハハ、それもそっか」
とか言いながらもテヘペロしている。
どうなるか理解していながら聞いたな、コイツめ。
地味にイラッとした俺の気配を察したのか……
「おい、猫よ」
リムがドスのきいた声でマヤに呼びかけた。
たったそれだけで──
「うひぃっ」
裏返らせた声で悲鳴を上げビシッと姿勢を正し後ろ足だけで立ち上がった。
人化してないのに人の姿を幻視したのかと思うほど見事な直立っぷりだ。
「主の下につくことを選んだからこそ契約したのであろう」
「はいぃっ」
ガクブルで返事をしているよ。
低く威圧するような声音は呼びかけたときだけなのにね。
まあ、最初は神と勘違いしたくらいだからビビってしまうのも無理はないのか。
「ならば主に敬意を払え」
「サーッ! イエッサーッ!!」
「なんじゃ、それは?」
困惑の表情で問い返すリム。
「ひっ」
マヤが短い悲鳴とともに震え上がった。
何気なく問われたはずであってもビビっていると威圧感たっぷりに見えるのだろう。
人間なら血の気の引いた顔色を見せていたに違いない。
あわあわしてとても答えられる状態でないのは火を見るより明らかだ。
しょうがないなぁ。
「最上級で了解したってことだよ」
ここには鬼軍曹はいないけど服従したとも言えるだろうね。
「そういうことか。ならば良し」
表情を戻したリムを見てマヤもようやく人心地ついたらしくホッと脱力した。
「ゆめゆめ忘れるでないぞ」
マヤが気を抜いた瞬間にリムがジロリと睨みをきかせて念押しするとマヤは飛び上がらんばかりに身を震わせた。
安堵したところにアレは心臓に悪いだろうな。
「ははあっ」
今度は平伏しちゃってるよ。
猫の姿だと単に伸びをしているようにも見えなくはないんだけど。
顔が伏せているから土下座のつもりなんだとは思う。
「はいはい、じゃあよろしくってことで」
締め付けすぎるとビクビクしっぱなしになりかねないから俺の方で緩めておく。
ガス抜きは大事だ。
それで調子に乗ったらリムに任せよう。
「それじゃあ中に入ろうか」
そう言って屋敷の方へ足を向けたのだが、すぐに歩みを止めることになってしまった。
「どうしたのじゃ、主よ」
「もうひとつ問題ができた」
「んん? どういうことじゃ」
意味がわからないとばかりに首をかしげるリム。
この様子だと自分が原因になったということに気付いていないな。
「あー、樹妖が……」
マヤは状況をすぐに理解してガクガク震えている妖怪樹に寄っていく。
「はて? どうして震えておるのやら」
リムも状況は把握したようだが、その原因にまでは気がつけないようだ。
「マヤを威嚇しただろう。その余波でああなってるんだよ」
「なんと!?」
リムとしてはマヤだけを仕付けたつもりなんだろうが己の威圧感というものを正しく認識できていなかったが故に結果はこの有様だ。
「樹妖は臆病なんだろうな」
「それは悪いことをした。謝らねばならぬな」
リムが樹妖の方へ向かおうとするがイリアがスッと前に割り込んできた。
「やめた方がいいですよ」
という忠告を添えて。
「何故じゃ?」
「ビビらせた張本人が近寄ればパニックを起こしかねないって」
「そうですよ。それにマヤちゃんがフォローしてくれるようですし」
「うむぅ」
悩ましげに唸るリムである。
直裁的な性格をしているし本当に詫びたいと思うからこそ気持ちが先走ってしまうんだろうな。
「怖いという感情は簡単には拭えないものだよ」
「なるほど。それは尊重せねばなるまい」
前のめりになっていたリムからフッと力が抜けた。
何がなんでもとならなかったのは助かる。
説得するこちらとしてもマヤとやり取りをしている樹妖にとっても、ね。
「ところであれは何をしておるのじゃろうな」
マヤが太い樹木の幹に両前足を置いて、その傍らに立つ樹妖を見上げている。
樹妖の方は木の陰に隠れてマヤを見下ろしているのだけれど、時折こちらをチラ見してくるんだよな。
リムが視線を向けた途端にサッとうつむいたけど。
「むう、地味に傷つくのう」
「怖がっているんですから、しょうがないですよ」
俺もイリアも苦笑しかできない。
今はマヤに任せて待つだけである。
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