35 屋敷には番人がいる
「妾は神などではない」
「でもドラゴンなんでしょ?」
前足を器用に使って全身でクネクネしたジェスチャーをする黒猫。
天に昇る龍を表現したいようだ。
「細長い東洋風の龍じゃないぞ」
「ふぇっ?」
俺が否定すると黒猫にとっては予想外だったようでバランスを崩してドテッと転んでしまった。
「こんな感じですよ」
イリアが鞄から出してタブレットを操作してドラゴンのイラストを表示させて黒猫に見せる。
「うひゃぁ! 変だ変だと思ってたら大妖怪だったんだぁ~」
黒猫は前足で頭を抱え込んで伏せてしまった。
目をつぶってガクブルで震えている。
「だから妖怪ではないと言うておろう」
「だって、そんな生き物はこの世にいないんだよ」
頭を抱えて目をつぶったままで、そんなことを言う黒猫だ。
なかなか鋭いな。
理解して言っているというよりは感覚的に察しているといったところだけど。
「いや、リムはそもそもこの世界の住人じゃないぞ」
「へっ?」
だから事実を告げると呆気にとられた表情で顔を上げる始末である。
聞く耳を持ってくれそうなのでこちらとしては都合がいいんだけどさ。
「異世界ってわかるか?」
「……あー、うん」
妙な間のあとに首肯されたが大丈夫かね。
「多美ちゃんが読んでるラノベとかマンガはそんなのばっかだからね」
黒猫の言う多美ちゃんとやらが誰かは知らんが大丈夫そうだ。
妖怪がラノベのことを知っているほど現代の世情に通じているとは予想の斜め上を行ってくれたけれど。
長生きすれば世俗のことには興味を持たなくなりそうな気がしていたけど、それは人の一般的な価値観でしかなかったみたいだね。
何事も例外はあるということを忘れてはいけないな。
それとも妖怪の感覚が独特なのか。
「まさかマジで異世界ってあるの? 絵空事だと思ってたよ」
「あるな。俺も召喚魔法で向こうに呼び出されるまでは信じてなかったが」
「へー」
感心した様子で短い返事をした黒猫は急に瞳をいきいきと輝かせ始めた。
「じゃあじゃあ、異世界で勇者になって魔王を倒して帰ってきたの?」
その質問に思わず苦笑させられましたよ。
妖怪も厨二病に罹患するとはね。
「残念だが勇者になり損ねて地下牢に放り込まれた」
「ありゃりゃ。でも、今ここにいるってことはガツッとやり返したんだよね?」
「ああ。召喚を命じた王はこっちの世界の無人島で独り寂しく死んでいる」
確認してきたから間違いない。
食糧の確保は難しくない島を選んだけど上げ膳据え膳しか知らないんじゃ餓死するのも当然か。
犠牲者たちのことを思えば同情する気にもなれなかったけど。
「おー、ざまあ展開だぁ」
間違ってはいないが何処までラノベの知識があるんだ?
猫の姿では本は読めないだろうし、となると伝聞の形だろうから多美ちゃんしだいではあるけれど。
「でも、そういう話は多美ちゃんの異世界コレクションにはなかったなぁ」
「その多美ちゃんという子は飼い主じゃないのか?」
「うんにゃ、いまのアタシは誰にも飼われてないから」
「半野良みたいな生活もしてないと」
「そだよ。好きなときに外に出られないのはストレスだもんねー」
「その割には多美ちゃんのことに詳しいな」
「近所に住んでいる友達だからね。ちょっと変わり者だけど」
「変わり者?」
「多美ちゃんは中学2年生で厨二病を発症してしまった、ちょっと痛い感じの女の子だよ」
「へー……」
道理で異世界がわかるか聞いた時に妙な間ができた訳だ。
荒唐無稽な作り話を信じている厨二病患者を思い出せば誰だって生暖かい目を向けたくなるような気持ちになるだろう。
黒猫もお仲間なんだがな。
「で、どうやってカイ兄ちゃんは帰ってきたの?」
「行き先のことさえ知っていれば何処にいても帰ってこられるんだよ」
「すっごいねえ、チートじゃん。多美ちゃんが聞いたら嫉妬にもだえそう」
「頼むから言わないでくれよ」
「言う訳ないよぉ。当たり前じゃん」
黒猫はケタケタと笑う。
「こう見えても普通の猫で通してるんだから」
正体を明かす前から普通に喋ってたのは何処の誰なんだろうね。
「猫が喋ったら大騒ぎになるもんな」
「そうそう」
黒猫は屈託のない笑みを浮かべた。
嫌みも通じないとか、いい度胸をしているよ。
「人に話せない秘密がある同士で仲良くしようね」
「ああ」
「ところで──」
余韻を感じさせる間もなく黒猫が喋り始めた。
くるくると切り替えが早いのは猫だからか。
「よくこの家を買う気になったね」
「買う気になったんじゃなくて買ったんだよ。すでに俺のもの」
「へー、追い出されないといいけど」
黒猫は何かこの屋敷の事情を知っているようだ。
「追い出すってことは幽霊でも出るのか?」
「うんにゃ、ここには霊なんていないよ。ジュヨウがいるから変なのは入れる訳ないもんね」
どうやら番人がいるらしいが。
「ジュヨウ? 変な名前だな」
「名前じゃないよぉ」
カラカラと黒猫が笑う。
「樹の妖怪だから樹妖。妖怪樹のことだよ」
「それはまた……」
道理で屋敷がリアル鎮守の杜状態になっている訳だ。
「カイさん、大丈夫なんでしょうか」
不安げな様子でイリアが聞いてくる。
「大丈夫なんじゃないかな。今までこの屋敷が売れなかった理由もなんとなく想像がついたし」
「えっ!?」
目を丸くさせて驚きをあらわにするイリア。
「ふむ、そういうことか」
リムは気がついたようだ。
「どういうことなんですか?」
「簡単なことじゃ。主の前にここを買おうとしておった者たちは敷地の中にある木をどけようとしたのじゃろう」
外からの視線を遮るだけならともかく屋敷を侵食しかねないレベルで木々が鬱蒼と茂っているんじゃ無理もないんだけど。
「どけるっていうか切ろうとしていたよ。枝打ちしている間は樹妖も黙ってたけどね~」
お気楽な調子で黒猫が補足説明してくれたおかげでイリアも納得顔になっていた。
「自分が伐採されそうになれば抵抗しない方がおかしいですよね」
「そういうことだな」
俺は屋敷の方を見た。
先程からチラチラと動くものが視界の片隅に入ってくるんだよな。
当人は人から見えないよう透明化しているつもりのようだが何かあるだろうと用心していた俺には通用しない。
居場所は【敵意レーダー】カードを使うだけでバレバレだ。
それだけなら姿が見えることもないのだけど、いるのが確定している上にレーダー上では黄色の点だから用心もする。
敵でも味方でもないが万が一を考慮し【達人の目】カードを使って見えるようにしておいた。
本来は相手のステータスや状態異常とかを確認するためのイマジナリーカードだけど特殊な状態を看破することもできる。
樹妖が使っているのは光を屈折させて見えなくさせる光学迷彩だった。
ちなみにレーダーに映っている光点が赤い色だったら黒猫が樹妖の話をする前に捕らえるか撃退するかしていたと思う。
敵でなくて良かったよ。
黒猫まで敵に回してしまいかねないからね。
「カイさん、何かあるんですか?」
イリアには見えていないようで俺の様子を尋ねてくる。
「さっきから、こっちの様子をうかがっている樹妖らしきお姉さん」
「えっ?」
「へえ、姿を消しても見ることができるんだねえ」
黒猫が感心した様子で話しかけてきた。
「妾の主じゃぞ。これくらいは朝飯前というものよ」
俺が応じる前にリムが答えた。
「竜のご主人様ってラノベ的だよね」
黒猫は楽しげに笑って言った。
知らんがな。
気がつけばリムが勝手に配下になっていたようなものだし。
「あ、確かにいますね」
イリアも魔法を使って樹妖を目視できるようになったようだ。
「へえ~、こっちのお姉さんもスゴいねえ」
「イリアは向こうの世界の魔法使いだからな」
「魔法って本当にあるんだぁ」
黒猫はますます上機嫌になっていく。
「アタシも異世界に行ってみたいなぁ」
とんでもないことを言い出すな。
何も知らないと好奇心が先行してしまうんだろうけど。
「危険だぞ」
「修羅場なら何度もくぐってきてるって。伊達に長生きしてないよ」
「空飛ぶ毒蛇とかデッカい犬ほどもあるハチとかが襲ってくるとしてもか?」
「わあぉ、何それ!? 面白そー」
どれほど危険かを示そうとしたら逆にワクワクを増進させてしまった。
選択をミスったか。
読んでくれてありがとう。
ブックマークと評価よろしくお願いします。




