33 屋敷には秘密がある?
ただほど高いものはないと言うが、安すぎるものも似たようなものだったりするんだよな。
「この度は誠にありがとうございました」
最敬礼で頭を下げる不動産会社の社長。
慇懃にすぎるとは思ったが売れなくて困っていたと考えれば、こんなものなのかもしれない。
少なくとも嫌みな感じはなかった。
事故物件ではないと聞いたが何か事情を抱えていそうな雰囲気ではあるのが引っかかるけれど。
いずれにせよ隠れ蓑とする中古住宅の購入に関する手続きはすべて終了した。
あとは鍵をもらえば、この社長とも顔を合わすことはなくなるだろう。
「本当にリフォーム業者を入れなくてもよろしかったのですか」
心配そうに聞いてくる社長さんだ。
ただ、その質問はこれで何度目になるだろうかというくらい聞かされたことだけどね。
現地で購入した邸宅を前にした今回の問いが最終確認ということになるだろう。
まあ、聞きたくなる気持ちもわからなくはない。
門の外からでは屋敷が見えないくらい鬱蒼と茂る木々に覆われていたのだ。
お化け屋敷と言われても不思議ではないぞ、これ。
明らかに高い塀からはみ出して繁茂しているし。
まるでブロッコリーみたいだと密かに思ったさ。
イリアも引き気味だったくらいだからな。
なんにせよ長らく人が住んでいなかったことで手入れが行き届いていないのは一目瞭然。
この様子だと中の屋敷も荒れ放題になっていそうだ。
社長さんが心配してくれるのも無理はない。
だったら、こうなるまで放置したのは何故なのかと問いたくなったけどね。
掘り下げると向こうからの追求も強くなりかねないので、ここは誤魔化す一手のみだ。
「身内に伝手があるんですよ。そちらを使わないと、色々ね」
身内というのは口から出任せである。
俺自身がイマジナリーカードを使って何とかするつもりだからね。
それでも雰囲気を出しつつ最後を濁すような言い方をすれば、社長さんの表情も心配そうな感じから何かを察したような苦笑に変わっていた。
「なるほど、なるほど。人付き合いは大事ですからね」
「そういうことです」
それでこの話は終わったのだが何か引っかかりを感じた。
社長さんが一瞬だけ心苦しさを感じさせるような表情をのぞかせたからだ。
気のせいと言われてしまえば反論できないくらいの違和感だったのでスルーしたけどね。
「それでは、こちらが鍵になります」
手渡されたそれは年季の入ったことを思わせるくすんだ色をしていた。
「ありがとうございました。失礼いたします」
再び深々と頭を下げて挨拶を済ませた社長さんは、そそくさと社用車に乗り込み去って行く。
「あの者、何か隠しておったな」
車が見えなくなってからリムがそんなことを言ってきた。
「あ、やっぱり?」
「なんじゃ。気づいておったのか、主よ」
「ずっとビクビクしてたからね」
「でも、事故物件じゃないんですよね」
イリアも参戦してくる。
「屋敷で死んだ人間はいないと断言していたな」
手入れをしていないからお化け屋敷のように見えるとは言っていたが。
そのせいで地元では有名で人が寄りつかないとも。
確かに周囲は耕作放棄地になっていて御近所さんはいないような有様だ。
人が来るとすれば噂を聞きつけた問題児が肝試しと称してといったところか。
そういう痕跡も見られないのは塀や門扉がしっかりしているからだと思われる。
「あの態度ではウソをついておったのやもしれぬぞ」
「それはないだろう」
「どうしてそんなことが言えるのじゃ?」
「誠実な割にビクビクしてただろう?」
「そんな感じの人でしたね」
「否定はできぬな」
「ああいうタイプは真っ赤なウソなんてつけないさ。隠し事をするので精一杯だよ」
「ふむ、何か不都合なことを隠しておったと言うのじゃな」
「どんなことなんでしょうね?」
「さあ? 土台が全部腐っているとかではないと思いたいなぁ」
「雨漏りが酷くて床が全部抜けているとかも怖いですよね」
門の外からでは屋敷の玄関周りがどうにか見えるといった具合で俺もイリアも言いたい放題である。
「仮にそうだったとしても主ならば、どうにでもできるのじゃろう?」
「まあね」
別荘を作るのも中古住宅をリノベーションするのも大した差はないな。
むしろ再生するだけで良いなら打って付けのイマジナリーカードがあるので圧倒的に楽だ。
破損した物品の状態を元に戻す【最適復元】カードがそれである。
一見して壊れていなくても経年劣化した状態を無かったことにしてベストコンディションにできるのが、このカードのすごいところだ。
リノベーションはできないけどね。
そこから先は他のカードの出番になる。
「都合がいいから修復だけ先に済ませておくか」
「都合がいい、ですか?」
イリアが首をかしげる。
「どの角度から見ても家が見えないだろう?」
ここだけ別世界かと思うほど木々に覆われているせいだ。
門扉の所に鳥居があったなら神社と勘違いされてもおかしくはないと思う。
どうやら中の屋敷はレトロな雰囲気の洋館のようなので鳥居はあまりに不釣り合いではあるが。
「そうですね」
イリアも苦笑しながら同意する。
「そういう訳で【最適復元】発動」
別にカード名を呪文のように唱えたりする必要はない。
ただ、急に建物が再生してしまうとビックリさせてしまうからイリアやリムへの予告にはなる。
「おおっ、さっそく屋敷を復活させるのじゃな」
「なんだか常識を逸脱した効果を発揮しそうな気がするんですけど」
数分で新築のように変貌した、はずだ。
「ふわぁ、元通りになっちゃったー」
「おいおい、見えてないだろう」
思わず苦笑が漏れた。
「おまけに、まるでこの家の最初の状態を知っているみたいな言い方だな」
もしそうだとするなら百才以上ということになる。
イリアにしてはユーモアのある方だとは思ったけど色々と無理のあるボケ方だ。
「そうですね」
イリアも釣られるように苦笑しながら頷いていた。
「ん?」
変だな。まるで他人事のような返事だ。
こういう時にいきなりボケをぶっ込んでくるようなガラじゃないだろうに。
それとも新境地の開拓でもしようというのだろうか。
俺が真剣に悩み始めたところで……
「知っておるんじゃろうな」
リムが真顔でそんなことを言った。
「「え?」」
俺とイリアは互いに顔を見合わせ短い疑問の声を発してしまう。
「元通りになったってイリアが言ったんじゃないのか?」
「違いますよ。私はてっきりリムさんが言ったのだと思っていたんですが」
「そんな訳なかろう。妾は主の助けがなくば、この世界には来られぬのだぞ」
「ですよね」
いくら長生きできるドラゴンといえど、来られないのでは屋敷ができた当時の姿を知りようもない。
それに俺たち以外の誰かが、この場にいるような口ぶりであった。
この場には俺たち以外の姿は見えないのだけど。
「誰がいるんだ?」
聞かずにはいられなかった。
おそらくリムには最初から見えていたのだろう。
「誰と問われてものう。見ず知らずの童としか答えようがないんじゃが」
「あ、やっぱり見えているんだ」
俺がそう言うとイリアがビクッと身震いした。
「ちょっと、そういう冗談はやめてくださいよ。こんな雰囲気の場所ではシャレになりませんからね」
どうやら見えない相手がいるという話を信じていないようだ。
それとも信じたくないのだろうか。
「いや、冗談など言った覚えはないんじゃが」
「俺も右に同じ」
その返事を受けてイリアは急に落ち着きをなくしてビクビクしながら忙しなく周囲を見渡す。
そんなことしても今まで見えていなかったものが見えるようになったりはしないのだが。
いまからこんな調子だと日が暮れたらどうなるんだろうな。
「連れが怯えているんでね。出てきてくれないか」
そんな呼びかけで今まで姿を隠していた者が姿を現すなら苦労はしないとは思ったのだけれど。
まあ、イリアが可哀想なので言わずにいられなかったのだ。
「いいよー」
だというのに予期していなかった返事をもらってしまいましたよ。
え? マジで!?
読んでくれてありがとう。
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