32 家を買う?
結局、回収にはそれなりに時間を要したので本日の移動はここまでとした。
【影の門】カードで隠れ家に戻ってリムを案内していく。
「穴蔵という感じがせんのう」
照明のおかげで明るいせいか第一声がそれだった。
「別荘みたいなものだから快適にしないとね」
「ふむ、主の言う通り住み心地が良さそうじゃな」
気に入ってもらえたなら何よりだ。
「これは日本とやらにあるという家も楽しみになってきたのう」
「あー、そっちは期待しない方がいいぞ」
「そうなのかえ?」
「借り物だからな」
「よくわからぬが色々と事情があるのじゃな」
察してもらえて一安心したところで【どこで門】カードを使い自宅に戻ってきた。
「ここが俺の家だ」
「ほう。こぢんまりしておるが洗練されておるのう」
リムが感心したように周囲を見渡している。
「そうか? 普通の集合住宅だぞ」
殺風景な別荘と比較すれば、そんな風に見えるかもな。
「集合住宅とな?」
コテンと首をかしげるリムさんである。
「ひとつの建物の中に個別の住居スペースがいくつかあるんだよ」
「そのうちのひとつが主の家であると?」
「賃貸だけどな」
「おお、借り物じゃと言うておったな。お金を払って借りておるとは思わなんだが」
「こっちじゃ普通だな。少なくとも珍しくはない」
「もったいないのう」
リムの感想に思わず苦笑が漏れた。
ドラゴンがもったいないなんて言葉を使うとはね。
「家を買うのも高くつくんだよ。これまでは収入の都合で購入できなかったんだ」
「ほほう。では、買う予定はあるのじゃな」
「明確にこれと決めているわけじゃないぞ」
「なぜ決めぬ」
「そうそう買い換えられないからな」
「慎重になっておるのじゃな」
「まあね。場所の選定も終わってないし」
「なんじゃ、それも決まっておらぬのか」
「簡単に言ってくれるなよ。ご近所付き合いとか利便性とか考えることは山ほどあるんだぞ」
「それならば別荘のように何処かの山をくり抜けば良いではないか」
「それができれば苦労はしないよ。こっちの世界じゃ勝手に家を建てられないんだ」
「面倒くさいのう。好きな場所に住めぬとは」
「俺もそう思うよ」
ただ、この会話が切っ掛けで近日中に過疎ってる田舎へ引っ越すことが決まった。
ひっそりと暮らせば異世界と行き来していても目立たないだろうという話になったのだ。
まあ、今時はそういう秘境のような場所で田舎暮らしをしている住人を訪ねてテレビ局が取材に来たりするので安心はできないのだが。
何処に住むのかも決まっていないのに対策を話し合う羽目になってしまったさ。
「やはり衛星写真に写らないようにするべきだと思うんです」
「それは無理だろう」
「衛星写真とは何じゃ?」
という具合に説明のための中断をはさみながらだったけど……
うん、苦労しましたよ。
ネットで地図と連動した写真を見せながら説明しようとノートパソコンを引っ張り出しただけで根掘り葉掘りの質問タイムが始まってしまったからな。
これは何だ、魔道具ではないのか、どういう仕組みで動いているのか、魔力は必要ないのか等々。
リムがとりあえず納得する頃には俺もイリアもぐったりの一歩手前でしたよ。
それでも衛星写真の説明が完了し……
「はるか高みから監視されておるなど気分が良くないのう。おちおち昼寝もできぬ」
家の中まで見られる訳ではないと言いそうになって、ふと気付いた。
リムが想定しているのは元の姿でいる時に自分の縄張りにおいてのことなんだと。
ドラゴンなら外敵や天気を気にせず屋外で昼寝もできるのだろう。
それをこっちでされると確実に騒ぎになる。
「頼むからこっちの世界でドラゴンの姿に戻らないでくれよ」
「わかっておる。主が困るような真似はせぬわ」
素直なお姉さんでありがたいよ。
それでも、こちらの常識に疎いことを考えると何かやらかしそうな気はするんだけど。
フォローしようのないドラゴンへの変化よりはマシだと思いたい。
「それよりも新たな住み家の話であろう」
「田舎暮らし一択かな」
それも中途半端な田舎ではなくご近所付き合いすら困難な孤立した感じの場所が望ましい。
「あまり不便なところだと利便性が悪いんじゃありませんか」
俺の意見にイリアがブレーキをかけてくる。
大きな買い物になるがゆえに失敗したくないというのは共通認識であるため俺も強く反論できない。
「何故じゃ?」
リムが疑問を挟んでくる。
「主なら覚えのある場所はすぐに行けるであろう」
「こっちの世界じゃ魔法や俺の特殊能力は存在しないものというのが常識なんだ」
「その力を振るえば騒ぎになる、か。不便じゃのう」
「バレないように使う分には構わないよ」
そのバレないようにというのが簡単じゃないから土地の購入から頓挫するんだけどね。
「ならば別の拠点を用意すれば良いではないか」
「ダミー用の家を持つということですか?」
「左様じゃ」
悪くない考えかもしれない。
二重に土地家屋の購入をすることになるため予算に目をつぶる必要がある話ではあるが。
そのあたりの懸念を告げるとリムは呆れた視線を返してきた。
「本来の住み家は誰の目にもつかぬようにするのであろう?」
「そうだな」
「ならば隠れ蓑にする方だけ家を買えば良いではないか。住み家は主が作れるじゃろ」
「なるほど」
土地はともかく家まで2軒購入する必要はない訳だ。
そして田舎になればなるほど土地は安くなることを考えれば、購入費用が倍増することもないだろう。
「候補はこんなところですね」
方針が決まった直後だというのにイリアがノートパソコンの画面に住み家の候補地を提示してきた。
「はやっ」
「いま検索した訳じゃないですよ。絞り込みはしましたけど」
「どういうこと?」
「前々から候補として色々とキープしていましたから」
「あー、そういうことか」
俺は漠然とした感じで家を買う話をしていたのにイリアは律儀に候補地を吟味していたようだ。
「意外に多いな。絞り込んだんじゃないのか?」
「条件は土地だけ家屋なしだけにしましたから」
「ということは……」
ノートパソコンの画面を覗き込むと候補地が多い理由がわかった。
「南は九州から北は北海道までか」
要するに地方までは絞らなかった訳だ。
「他地域は避けよう」
「どうしてですか?」
「距離は関係ないのじゃろう?」
イリアだけでなくリムも疑問を呈してくる。
「地域の違いは方言とか習慣の違いがハッキリ出てくるからだよ」
ご近所付き合いをするつもりがなくても何かの拍子に話したりということはあるかもしれないしな。
方言がまるで違ったりすると強く違和感を持たれて目立つことになりそうだし。
習慣の方は同じ地域でも大きく違うことがあったりもするので方言ほど気にされることはないと思いたいが用心に越したことはない。
「それがどうしたというのじゃ?」
リムは意に介する理由がわからないとばかりに頭を振る。
「目立つとコソコソ嗅ぎ回る奴も出てきたりするから面倒なんだよ」
「あー、妾たちの秘密を知られかねないと言うのじゃな」
「そうだよ」
「細かいことを気にせねばならぬとは面倒じゃのう」
それは否定しないが用心深くて損をすることはないと思う。
「逆に考えましょう。候補を吟味する手間が省けるじゃないですか」
イリアがフォローしてくれた。
それだけではなく実際に候補を絞り込んでくれている。
仕事が早い。
「意外に近場でも秘境のような場所があるもんだな」
目についた候補地は、ここからでも車で行けば日帰りキャンプができそうな場所だ。
他はトンボ返りするなら日帰りもできなくはない感じかな。
「では、ここにしますか?」
「それは早計だな。他の条件を見ないと何とも言えない」
ダミーの家を買う都合もあるしな。
住み家にする土地とダミーの家があまり離れすぎていると購入する際に違和感を持たれる恐れがある。
土地の方は休日のキャンプに利用するという名目で購入しようと思ったので車を使っても日帰りしづらい距離は避けたい。
実際に車で移動する訳ではないしキャンプをする予定もないのだが。
単に家を建てずにすむ口実としてそれしか思い浮かばなかっただけである。
そのあたりのことを話すと、とりあえず保留にしてダミーの方の検討に入った。
そこそこの利便性があって近所づきあいが希薄そうな場所というのが矛盾している気もしたけどね。
ただ、探せばあるものだ。
鬱蒼と茂った木々に覆われた幽霊屋敷みたいな家だったけど。
田んぼもそれなりにある地方都市の外れの方だったけどコンビニもスーパーも自転車で行ける範囲だ。
「ここは価格も異様に安くないか?」
「不動産屋で話を聞いてみましょう」
そのまま買うことになりそうな気がするな。
読んでくれてありがとう。
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