30 ウジャウジャは元から絶て
「きゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
イリアの絶叫が森の木々の間でこだまする。
【遮断する壁】と【反射の守り】のイマジナリーカードをコンボで使っているはずなのに、この悲鳴。
とはいえ、キラーホーネットの群れの中を突っ切るように飛んでいるから無理もないんだけど。
見渡す限りハチだらけなのは俺としても気分が良くない。
「うるさいのう」
リムが文句をたれているが、苦笑しているので耐えがたいと思っているわけではなさそうだ。
この状況でそちらにまで気を遣わないといけなくなるのは勘弁してほしいところなので助かった。
「で、主は大本を叩くと言っておったが、肝心の巣は何処じゃ?」
「そろそろだよ」
「よくわかるな。妾には集ってくる虫どもしか見えぬ」
四方八方どこもかしこもハチハチハチだもんな。
【反射の守り】で弾き飛ばしても次から次に飛び込んでくるし。
それどころか巣が近づくにつれてキラーホーネットどもの猛攻が増している。
向こうも必死なのか。
あるいは単に巣の近くだから守りが厚いだけかもしれないが。
「クイーンがいる場所がわかるからな」
【敵意レーダー】カードによって表示される光点がクイーンだけ他のキラーホーネットより数倍も大きいおかげである。
それに合わせて【賢者の目】カードを使えば正体も判明するって寸法だ。
もちろん判明したのは正体だけじゃない。
デカすぎて飛ぶことができず巣に引きこもっていることとか、外に出てこないかわりにキラーホーネットを意のままに操る能力があるとか、色々と情報を得ている。
つまり向こうは向こうで奥に引っ込んでいながら先陣と遭遇した時点で俺たちを明確に認識していたって訳だ。
クイーンにしてみれば俺たちにぶつけてきた先行部隊は威力偵察と言うよりドローンで覗き見する感覚だったのかもしれない。
「さすがは主じゃな」
満足そうな顔でしきりに頷いていたリムだったが。
「おっ、あれが目的のものではないか?」
不意にリムが前方を指差しながら言った。
「ん? 目視だと厳しいな」
ウジャウジャ状態すぎてうんざりさせられる。
「一瞬じゃが隙間から見えた」
「ああ、あれだろう」
確かに瞬間的ではあるが俺にも弾き飛ばしたキラーホーネットどもの隙間から周囲の木々とは異なるものが見えたのは事実だ。
【敵意レーダー】の表示でもクイーンの所在は近いことがわかる。
木々の間を縫うように飛んでいるせいでスピードは出せないが数分とかからずに目標到達地点に至れるだろう。
「イリア! そろそろ出番だぞ」
いつの間にか叫ばなくなっていたイリアに強く呼びかけたものの返事がない。
まさか敵のド真ん中で失神したんじゃあるまいな。
「できないなら仕方ない」
「主よ、諦めるのか?」
「そんな訳ないよ」
敵陣の奥深くに踏み込んでおいて逃げ出すような真似などできるはずもない。
キラーホーネットの習性からすれば地の果てまで追いかけてきてくださいと言っているようなものだ。
何処に逃げようとトレインによる被害を出してしまうことになるだろう。
「では、どうするのじゃ」
「リムも魔法は使えるだろう」
俺がそう言うと、わずかに気配の揺らぎを感じた。
「なるほど。妾がイリア殿の代役を務めるというわけじゃな」
「それしかないだろう」
「うむうむ。仕方あるまい」
どこか白々しさを感じさせる笑みを浮かべつつ芝居がかった大袈裟な頷きを返してくるリム。
これは気付いているな。
「そういうことだから、よろしく頼──」
リムに魔法を使ってもらうつもりで声をかけようとしたのだが。
「やりますやります! 私がやります!!」
最後まで言い切る前に突如復活したイリアによって遮られてしまった。
「そうか? 無理しなくていいんだぞ」
「無理じゃありません。私の存在意義がなくなってしまいますっ」
「じゃあ頼むよ、イリア」
「はいっ!」
気合いの入った返事で応じたイリアが呪文の詠唱を始めた。
「ふむ、短縮詠唱か」
何か思うところがあったのかボソッとリムが呟いたが、イリアに集中を乱した様子は見られない。
おそらく聞こえていないだろう。
イリアによると通常の詠唱と違って制御が困難という話だからな。
その代わり高速で魔法を構築できる。
「構築完了しました」
イリアが魔法を発動させる直前の状態である待機状態に持ち込んだ。
これを長く維持する場合は短縮詠唱ほどではないにせよ制御力を要求されると聞いているのだけど気を張っているようには見えない。
当人にしてみれば、この程度は呼吸をする感覚なのかもしれないな。
「次、行きます」
ましてや維持したまま別の魔法を構築するなど、そうそうできることではないだろう。
少なくともイリアから魔法を教わっている段階の俺には到底無理だ。
「ほほう。間髪入れずに魔法を放つには最適じゃな」
リムが感心している。
ドラゴンから見てもイリアは魔法の才があるということなのか。
先程の呟きからは逆の印象が伝わってきたけれど。
まあ、今はそんなことを気にしている場合ではない。
次の魔法の構築が完了し、そのまま待機状態に入る。
後は魔法を放つタイミングだ。
最初の魔法を放つべき場所は巣の直上だ。
それも魔法が巣全体をカバーする中心付近でなければならない。
クイーンを封じるだけならズレも許容されるが、卵も同時に潰しておかねばヤバいということをついさっき知ったばかりだ。
ここに飛んで来るまでに【賢者の目】カードで得た情報をザッとでも目を通してきて良かったよ。
クイーンが死んだ時に卵が残っていると次世代のクイーンが孵化し群れを引き継ぐらしいからな。
これを知らなければ、いたずらにイリアが消耗し泥沼の持久戦にもつれ込んでいた恐れがある。
リムがいるから負けることはないと思うけどね。
「ここだ!」
俺は森の中にしてはやけに開けた場所で急速制動をかけ停止した。
キラーホーネットどもに視界を埋め尽くされてはいるが、ここが巣の中心部直上であることは間違いない。
【敵意レーダー】カードによって引きこもりのクイーンを示す巨大な光点が俺たちの真下にある。
「リバースエア!」
イリアが魔法を発動させる。
気温が反転し周囲の気温が一瞬で氷点下になった。
これは暑ければ寒く寒ければ暑くなるという範囲魔法だ。
零度に近いと効果が薄いという欠点を持つものの一定気温以上で活発に動くようになる虫などには効果てきめんであろう。
現に俺たちの周囲を飛んでいたキラーホーネットどもは動きを止めボタボタと落下していった。
俺たちが平然としていられるのは【遮断する壁】カードで冷気を遮断しているからなのは言うまでもない。
イマジナリーカード様々である。
まあ、ドラゴンであるリムは寒いと感じるだけで済むかもしれないが。
そして巣が全貌をあらわになる。
馬蹄状の縞模様で埋め尽くされた土器とでも言えばいいのか。
そういった色合いをした塊があった。
「なんて巨大なの……」
「これほどまでとはのう」
イリアを圧倒したばかりかドラゴンのリムでさえ呆れさせてしまうほどの巨大さである。
どうやらキラーホーネットの巣にしても異様と言えるほどのサイズのようだ。
可能な限り広い範囲でとリクエストしていなければイリアの魔法もカバーしきれていなかったかもしれない。
だが、ここで感心している暇はないのだ。
効果範囲を広げた分だけ持続時間は短いと聞いている。
【なんでも収納】カードでいくつもの単管パイプを引っ張り出し【念動力】カードでそれらを巣に向けて射出した。
思ったほど頑丈ではなく巣のあちこちに鋼のパイプが突き刺さっていく。
「イリア!」
「ディフュージョンライトニング!」
俺の合図でイリアが待機させていたもうひとつの魔法を発動させた。
雷撃が拡散して単管パイプ目掛けて飛んでいく。
それは自然現象ではあり得ない閃光のショットガンとでも言うべき不思議な光景だった。
「あれは食らいたくないのう」
リムが嫌そうな顔でそう感想を漏らすほどの威力がある魔法だ。
ダメージがどれだけ通るかはともかく痛みは感じるということだろう。
クイーンと卵にとっては致命的な一撃となるはず。
これで生き残るなんて考えたくないので「やったか?」とは言わないよ。
読んでくれてありがとう。
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