28 ウジャウジャいる
高度を地上数十メートルくらいまで下げてスピードを上げる。
【台風の目】カードを使ったので風の抵抗を感じることはないし、俺たちが通り過ぎた後に風を巻き起こすようなこともない。
「おおっ、結構な速さになったのう」
リムは自分で飛んでいる訳ではないにもかかわらず御機嫌である。
一方でイリアは青い顔をしていた。
「もう少し高度を下げようか?」
「いっ、いえっ、これ以上は木に当たりそうで逆に怖いです」
高所に対する恐怖より激突するかもしれない恐怖の方が上回っているらしい。
景色の流れ方から判断するに新幹線などよりはずっと速いはずだから無理もないか。
俺はこれまでに何度も元の世界で飛んでいるので、もう慣れた。
あるいは感覚が麻痺しているのかもしれない。
イリアもそのうち慣れるだろう。
そんなことを考えていると展開している【敵意レーダー】カードの情報に反応があった。
だが、腑に落ちない。
数が多い上に色が赤いのだ。
未知の相手の場合は白い光点が表示されるはずなんだが。
しかも、こんな場所で?
広域に広がった大森林地帯だぞ。
人里があったとしても、まばらな反応しか見られないと思うのだが。
状況が理解できないために最大限に警戒する。
とりあえず、このまま飛び続けると敵のド真ん中に突っ込むことになるから減速して停止した。
「どうした、主よ?」
「何かあったんですか?」
リムが訝しがり、イリアがそれに追随する。
「進行方向に敵がウジャウジャいるんだよ」
幸いにして、こちらに向かってくる様子は見受けられないが。
それでも敵対の意思があることだけは間違いなかった。
そのため空中で完全に停止する。
「敵じゃと? 何も見えぬぞ」
手をかざして遠くを見るリムが断言した。
「距離があるのですか?」
イリアが聞いてくる。
「そこまでの距離じゃないよ」
視界が通れば見えていてもおかしくないのだが。
「森の中だ」
「でしたら何も問題ないのでは?」
「イリア殿の言う通りじゃ」
リムが賛同したことで気を良くしたのかウンウンと頷くイリアだったが。
「飛べぬ相手に尻込みするなど戦う前から負けを認めるようなものじゃ」
続けられた言葉に怪訝そうに眉根を寄せた。
「え?」
思わず漏れ出る困惑と疑問が入り交じった声。
「え?」
今度はリムが同じような表情を見せた。
お互いに違和感を感じたのだろう。
同じことを言っているはずなのに何かが違うと。
「地上の魔物でしたら相手をせず飛んでいってしまえば何事もなく素通りできると思うのですが」
「飛べぬ魔物などは上から殲滅すれば何もなかったことになるではないか」
やはり根本的なところで食い違っていたか。
どちらも解決策としては間違ってはいないのだけど。
ただ、根本的に間違えている部分がある。
「誰が飛ばない魔物だと言ったんだ?」
「「え?」」
「魔物は森の中だとしか言っていないだろ」
俺が指摘すると両名とも言われてみればという顔をする。
「ですが見えていないのに、どうして飛ぶ魔物だとわかったんですか?」
イリアが効いてくるのも頷けるというか当然の話だ。
俺だって最初から飛ぶとわかっていた訳じゃない。
嫌な予感がしたから止まっただけだ。
ずっとイジメを受け続けていた人間の危機感に対する嗅覚を舐めないでもらおうか。
……ドヤって言うことではないな。
「イマジナリーカードを使ったに決まってるだろ」
正確には【敵意レーダー】と【賢者の目】のカードのコンボだ。
目視していなくても【敵意レーダー】で表示されている光点に対して【賢者の目】を使えば鑑定情報が得られるのだ。
そんな訳で光点のひとつに使った結果が……
[キラーホーネット]
これである。
ホーネットすなわちオオスズメバチである。
説明文を読む前から空を飛ぶことが確定した瞬間だった。
それを告げると。
「逃げましょう」
「ハチなど撃ち落とせば良いであろう」
「無茶です。相手は大型犬サイズのスズメバチなんですよ。凶暴で好戦的だと言われています」
どうやらイリアはキラーホーネットのことを知っているようだ。
「竜化した妾ほど大きい訳ではなかろう」
「ウジャウジャいるってカイさんが言ったじゃないですか」
「いかに群れようと炎のブレスでなぎ払えば一瞬で方がつく」
リムさんが何か物騒なことを言い始めましたよ。
ここが大森林地帯だということを忘れちゃいませんかね。
あるいは何も考えていないのか。
「こんな所で炎のブレスを使うなんてどういうつもりですかっ?」
「いかんかえ?」
「ここの森林が燃えたら火の海どころの騒ぎじゃなくなっちゃいますよ」
「おおっ、それは考えておらなんだ」
やっぱり……
大雑把すぎるというか後先を考えていないというか。
「逃げるのは無理だな。捕捉されてる」
でなきゃ【敵意レーダー】の光点がすべて赤い理由の説明がつかない。
「えっ!?」
「じゃろうな。彼奴らは嗅覚が鋭く狙った獲物は逃さぬ性分じゃ」
今回も光学迷彩は役に立ちませんでした。
「その上、巣に近づく者がおると総出で防御態勢に入るというからの。今回はそれに当たったのじゃろう」
そんなことまで知っているのか。
もしかすると応戦の方針はそれを踏まえてのことかもしれない。
敵の正体を知る前から殲滅とか言っていたので可能性としては低い方だとは思うが。
「防御態勢って守りを固めるという意味じゃないよな」
「もちろんじゃ。狙った獲物は逃さぬ性分と言うたじゃろう」
「道理で……」
「なっ、何ですか?」
「こっちに向かってるのは数十匹だが、後ろに控えているのは数え切れないほどだな」
戦力の逐次投入というよりは先行して威力偵察ってところだろう。
「ウソですよねっ!?」
泣きそうな顔でイリアが叫ぶように聞いてきた。
それほどにヤバい相手ということか。
ドラゴンほどの脅威ではないと思うのだが……
あれか? 顔面傷だらけのオッサンが言ってた「数は力だよ」ってやつ。
「こんなことでウソついてどうするって言うんだよ」
「それはそうですが」
「対応するさ」
【なんでも収納】カードを展開し亜空間からワイヤーで束ねられた釘の束を取り出す。
エアーの釘打ち機で使う長くて重いネジネジのやつでスクリュー釘と呼ばれているものだ。
手で持つとズシッと重みを感じるので【念動力】カードを使って支える。
準備を進める間に森の中を飛んで来たキラーホーネットの一団が木々の間から姿を現した。
まるで水面から飛び出したトビウオのようだ。
ただし、コイツらはそのまま俺たちの方へ向かってどんどん上昇してくるけどね。
「主が対応するというなら妾は見物させてもらうとしよう」
「ええ~っ!?」
リムの加勢があると思っていたらしいイリアが慌て始めるが自分の意思で飛んでいる訳ではないので逃げることなどできはしない。
「心配ない。守りはリムが証明してくれたからな」
すでに【遮断する壁】や【反射の守り】のカードで防御済みだ。
仮にスクリュー釘が通用しなくてもキラーホーネットどもは俺たちに近寄ることもままならないだろう。
「ほう。あれを使うのじゃな」
思い出しながら感心しているところを見るとリムは根に持ったりしていないようだ。
「今度は何を反射するんですか」
鉄壁の守りがあると知って安堵したイリアが聞いてくる。
「キラーホーネットそのものに決まってるじゃないか。虫にたかられるのは鬱陶しいからな」
そして弾き飛ばして弱ったところにスクリュー釘を打ち込むつもりである。
先制したいところだけど躱されたりすると癪だからね。
読んでくれてありがとう。
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