26 赤であって赤ではない
結局、赤竜嬢に押し切られる形で主従関係を結ぶことになってしまった。
よほど嬉しかったのかソファの周りで小躍りしている。
見た目は妙齢の美女って感じなのに中身は子供のように無邪気だ。
容姿と内面で差があるように思えるのは人とドラゴンの常識に齟齬があるせいかもしれない。
人前に出たときにトラブルの元になりそうで先々のことを思うと頭が痛い。
「すまないが、人間の常識とか教えてやってくれるか」
こそっとイリアに頼む。
「それは構いませんが、向こうの常識は私では怪しいところがありますよ」
「男じゃ対応できないことがありそうだからね」
女性同士でなければという場面は必ずあるはずだ。
「ああ、なるほど」
「状況に応じて互いに補完するってことで」
俺は異世界の常識に疎いしイリアは俺たちの世界の常識に疎いからね。
まあ、急速に色んな知識を吸収しているので全部お任せになる日も遠くない気はするけれど。
「わかりました」
イリアの返事を聞いて少しだけ安堵する。
問題が起こるとすればこれからだが、心構えがあれば少しは違うだろう。
とりあえず、ひとつ解決ということにしておきたい。
解決すべき問題がまだふたつほどあるからね。
いずれも赤竜嬢の歓喜の踊りが終わらないことには、どうしようもないんだけど。
待つことしばし。
不意に小躍りしている赤竜嬢と目が合った。
「っ!? ずっと見ておったのかえ?」
「そうだな。この状況でよそ見している方が不自然だと思うけど?」
「恥ずかしぃ────────っ」
赤竜嬢は両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。
「座るならソファにしてくれないか」
こくんと頷きソファに座る赤竜嬢だが両手は顔から離れずうつむいている。
そんなに恥ずかしいなら踊らなきゃ良かったのにとは思うが今更だ。
こうして黒歴史は己が心の内に刻み込まれてしまうのである。
まあ、当人が思うほど他人は気にしてないけどな。
「とりあえず話をしたいんだけど?」
俺がそう言うと赤竜嬢は指をわずかに動かし、こちらをチラ見してきた。
「指の隙間から覗き見してるの丸分かりだぞ」
「ギャ────────────────────────ッ!」
悲鳴を上げてクネクネと身もだえする赤竜嬢。
もちろん指の隙間はガッチリと閉じられてしまった。
恥ずかしがる様は彼女の容姿と相まって妖艶さが醸し出されていたのだけれど悲鳴の方は動物的で色気とは無縁なのが微妙な気分にさせてくれましたよ?
「これじゃあ話ができないぞ」
悲鳴が途切れたところで言ってみたが身もだえが続いているのみだ。
思わずイリアと顔を見合わせてしまう。
互いに肩をすくめて嘆息するしかなかった。
またしても待たされる羽目になった訳だ。
仕方ないから赤竜嬢がどうにか落ち着くまで待ったけどね。
「面目ない」
ショボーンと落ち込んだ赤竜嬢が上目遣いに俺たちを見てきた。
元の姿でケンカを吹っ掛けてきた時とは大違いである。
「いいけどね」
それだけ言って深くは追求しない。
してしまうと逆戻りしそうだし、無駄に時間を費やしたのでさっさと出かけたいというのが本音だ。
ただ、今のまま出掛けることはできない。
とりあえずは自己紹介して簡単にではあるが世界間を行き来していることも含めて事情を説明した。
「なんと……」
ドラゴンをしても異世界の話は言葉を失うほどの驚きがあるようだ。
「そのへんの細々したことは追々な」
それよりも解決すべき問題がある。
「名前がないと聞いたけど?」
「うむ、その通りじゃ。妾はずっと独り身であったがゆえ名付けられたことはないし名乗る必要もなかったからの」
ボッチだった訳ね。
自分だけなら名前がなくても不自由はしないのか。
ただ、今後はそういう訳にはいかない。
ここで番犬ならぬ番竜をするというのなら話は別だが。
「じゃあ名前を決めてもらおうか」
こういうのは苦手なので丸投げでオナシャス。
「ご主人様に名付けてもらいたいものじゃのう」
……思った通り俺が考えないといけないようだ。
「そんなこと言われてもな。君のことはレッドドラゴンとしかわからんし」
「ん? 妾はレッドドラゴンではないぞ」
「「は?」」
「赤い色が好きじゃから普段はレッドの姿をしているにすぎぬ」
「ドラゴンじゃないだって!?」
「いや、妾は歴としたドラゴンじゃ」
「はあっ!?」
ドラゴンであることを否定したり肯定したりと何がなにやらサッパリだ。
「ちょっと何言ってるかわかんないですね」
ただ、イリアは何か思い当たる節があるのか記憶を探るように考え込んでいた。
「もしかしてポリクロームドラゴンですか?」
そして掘り起こした己の知識が正しいかどうかを確認すべく赤竜嬢に問いかける。
「うむ、左様じゃ」
赤竜嬢も肯定したが、俺にはその情報がないのでレッドドラゴンとどう違うのかもわからない。
「ポリ……何だって?」
「ポリクロームです。色を変えられる珍しいドラゴンですね」
ドラゴンだってレアな存在だろうに、更にレアだったとはね。
まあ、色が変わるドラゴンなんて聞いたことがないから確かに珍しいとは思う。
「色が変わるとどうなるんだ?」
赤竜嬢は気分で赤を選んでいるようだし何か意味があるようには思えないのだが。
「属性が変わります」
「OH! それはもう変身じゃないか」
仮面の変身ヒーローにそういうのがいたよな。
赤竜嬢は西洋竜型ドラゴンなんだけど。
「てことはレッドが炎でブルーが水とか?」
「その通りなのじゃ。他にも緑と白と黒があるのじゃぞ」
「えっ!?」
何か凄いことらしくイリアが短く叫んで目を丸くさせたまま固まっている。
「そんなに凄いことなのか?」
そう問いかけると呪縛が解けたように我に返ってくれたので助かる。
赤竜嬢に長々と待たされた後だからね。
「ポリクロームドラゴンは2色が最も多いと言われています」
「あー、5色ともなればレア中のレアになる訳ね」
「はい」
「白と黒が光と闇かな。緑は……風か」
「よくわかったのう」
赤竜嬢は言い当てられたのが嬉しいらしく御満悦である。
というか、赤竜嬢というのは正しくないんだよな。
別にいいか。本人は赤が好きだと言っているし。
ならば名前も赤にちなんだものが良さそうだ。
赤竜嬢の髪の色は紫がかった濃い赤だから単なるレッドとは違うよな。
こういうのはクリムゾンと言うんだっけ。
ただ、名前としてそのまま使うのは微妙なところだ。
「リム、でどうだ?」
「何がじゃ?」
「名前が欲しいのだろう?」
「おおっ! そうじゃ、そうじゃ」
「クリムゾンに近い色をした髪だから、そこから抜き取ってリムなんだが?」
「ほほう、妾の髪の色が由来とな」
赤竜嬢は面白がっているようで口元がゆるんでいた。
とはいえ、リムという名前をまだ承諾した訳ではないことを忘れてはいけない。
現に腕を組んで目を閉じて首を捻りながら考え込み始めてしまった。
この様子だと次の候補を考えないとダメそうだな。
ネタは少しも思い浮かばないんだが。
「うむ、良いぞ良いぞ良いのじゃぞ」
腕組みをしながら、ウンウンと頷いている。
「良しっ、今日から妾はリムと名乗るのじゃ」
御機嫌で宣言する赤竜嬢、改めリム。
どうやら考え込んでいたのではなく気に入って反芻していただけのようだ……
「ご主人様、これからよろしく頼むぞ」
「はいはい、よろしく」
これで問題の残りはひとつとなった。
「それから悪いんだけど、そのご主人様っての禁止ね」
俺の言葉にリムが笑顔のまま固まることしばし。
「何故じゃあっ!?」
「人前で美女を奴隷扱いしている鬼畜と思われたくないから」
「ガーン」
声に出して言っちゃってますよ。
いや、それよりもボッチだったはずなのに何処でそんな表現を覚えてくるんだろうね。
読んでくれてありがとう。
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