25 土下座ってどういうこと!?
結局、赤竜嬢はミネラルウォーターの3滴目で反応した。
びしょびしょになる前で良かったよ。
誰だ? 美女なんだからそっちの方が良かったんじゃないのかなんて言ってるのは。
「んっ、……んん?」
むくりと上半身を起こしたかと思うと天井を見上げてしばしボーッとする。
寝起きが良いのかと思ったが、そうでもなさそうだ。
いや、赤竜嬢は失神していただけだし眠っていたのとは違うから通常の反応とは異なるかもしれないな。
「っ!」
不意にボンヤリした表情をキリリと引き締め周囲を見渡す赤竜嬢。
向かいに座っている俺たちが視界に入ると──
ガバッ!
凄い勢いでソファの上に飛び上がった。
隙なく構えてこちらの様子をうかがっている。
「悪いけど、土足でソファの上に乗らないでくれる?」
「その声はっ!」
驚愕をあらわにして激しい反応を見せる赤竜嬢。
この調子じゃ俺の要求なんてこれっぽっちも届いちゃいないだろう。
現にソファの上で構えた状態を崩すことなく固まったままだし。
「重ねて言うけどソファの上に土足は勘弁してくれないか」
俺が同じ要求で赤竜嬢に呼びかけると、すぐ我に返って何故か正座した。
靴を履いたままソファの上に正座するとか訳がわからん
まあ、床の上に正座されても困るんだけどさ。
「この度はっ!」
いきなり大声で喋り出しましたよ。
ビックリするじゃないか。
「誠に申し訳ございませんでした!!」
「「は?」」
俺もイリアも呆気にとられてしまったさ。
人化した赤竜嬢が見事に土下座してるから。
前屈みになった上半身はソファからはみ出してるけど何もない空間に手をついているような状態を維持して綺麗に平伏している。
少しでも無理をしているなら小刻みにプルプルと震えると思うのだけど強靱な体幹をしているようで微動だにしない。
人化してもドラゴンは強いということだろう。
そんなことより、この状況をどうするのか。
ソファの上で正座されるよりも更に訳がわからんのだが。
「いきなりそんなこと言われても何がなにやらサッパリなんだけど?」
やる気満々でケンカを吹っ掛けられていたのに今やこの有様。
天と地ほどのギャップに理解が追いつかないんですがね。
「この度はっ!」
「「うわっ!?」」
いきなり土下座したままで大声を出されたものだから俺もイリアもソファの上で少し跳ねてしまいましたよ?
さすがに心臓が飛び出すほどじゃなかったけどさ。
「誠に申し訳ございませんでした!!」
「それはもういいって」
このままだとループしかねないぞ。
「謝罪は後にして、どうして土下座しているのか説明してくれないかな」
せめて顔を上げてほしいところだけど、この調子だと無理っぽいので先に説明を求めた。
だけど懸念したとおり3回目もありましたよ。
それどころか4回5回と続いて辟易させられましたとも。
「わかった、わかったから。謝罪は受ける。許します。これでいい?」
何の謝罪かわからぬままに根負けする形で許すことになった。
自分で言っておいて言うのもなんだけど意味がわからん。
ただ、赤竜嬢は非常に満足したようで張り詰めた空気が完全に消えていた。
それは喜ぶべきことなんだろうけど問題は解決していない。
「どうして土下座したままなのかな?」
そう。許せば終わりではなかったのだ。
俺にどうしろと?
「お願いしたい儀がございます」
謝罪の次はお願いですか。
思わずイリアと顔を見合わせてしまう。
こっちが詫びたのだから俺にも詫びろということではないのだけは確かだけど見当もつかない。
イリアも同意見のようで困惑しているので本人に聞く他ないだろう。
「お願いって何を?」
「もちろん、ご主人様になっていただきたいのです!」
土下座していてもフンスフンスと聞こえてくるほど鼻息が荒い。
「「は?」」
このドラゴンさんは、とにかく俺たちの想像の斜め上を行ってくれるよね。
俺もイリアも呆気にとられるのは2回目ですよ?
「ご主人様ってカイさんのことですよね」
「勘弁してくれよ」
「カイ様と仰るのですかっ」
「様はいらないよ。土下座もね」
「ワタクシは名もなきドラゴンでございます」
俺の要望はスルーされてしまった。
「だそうですよ」
「なんで他人事なんだ」
「だって私は見てただけですし」
確かに反撃したのは俺だけだが、こういう時こそ恩を返す好機じゃないのかと言いたい。
押しつけがましくなるので言わないけど。
「カイさんに助けられた身としては差し置いて話を進める訳にもいきません」
「ぐっ」
ますます恩を返してほしいとは言えなくなった。
「おおっ、先輩がおるのか。さすがは我が主」
「いや、ちょっと何言ってるかわかんないですね」
どさくさに紛れるように俺のことを主呼ばわりするし。
「何とは不可解なことを」
不可解なことを言ってるのはそっちだよ。
「我のように力比べをして敗北した者を従属させたのでは?」
無茶苦茶なこと言ってるよ。
なんでイリアと戦わなきゃならないんだ。
ドラゴンって脳筋なのか?
いきなりケンカを吹っ掛けてきたし、それっぽいな。
「私は下部じゃありません」
さすがに耐えかねたのかイリアが口出ししてきた。
「強制的に隷属させられていたことはありますが、その相手はカイさんではありません。むしろカイさんは解除してくれました」
そんなこともあったな。
それほど前のことでもないんだが、もうずっと前のことのように感じる。
「私は死にかけていたところを助けてくれたカイさんに恩義を感じ、生涯を賭して報いようとしているだけです」
それはそれで重いんだけどね。
まあ、言っても聞きゃしないから好きにしてください状態なんだけど。
さりげなく生涯を賭してなんて言葉を紛れ込ませているところが頭の痛いところだ。
「なんだ。事情は異なれど、やはり下部ではないか」
だから、どうしてそうなるんだ。
……いや、赤竜嬢の言うことも飛躍しすぎている訳ではないのか?
客観的にイリアを見た場合、下部のような状態であることを否定はできないよな。
「なっ!?」
イリアも俺と同じ発想に至ったのか否定することができずに絶句している。
「ズルいのじゃ、ズルいのじゃ。妾も下部にしてほしいのじゃ」
ズルいって何だよ。ズルいって。
俺まで絶句させられてしまいましたよ?
まあ、喋り方なんてご主人様になってくれと言われることに比べたら些細なことか。
問題は赤竜嬢がどうして俺に従属したいのかってことだ。
「そんな風に駄々をこねられても困るんだけどな。俺からすると、そもそもそう思う理由がサッパリわからん」
「何を言うのじゃ? そなたは我を圧倒して勝ったではないか」
いや、圧倒したんじゃなくて赤竜嬢が自爆したようなものだ。
そう思っていたのだけど俺の隣でイリアがウンウンと頷いている。
もしもし? いったい君はどっちの味方なのかな。
いずれにせよ否定したところで赤竜嬢は納得しないだろう。
だからといって向こうの主張は易々と受け入れられるものでもない。
何処の世界にドラゴンを従属させている人間がいるんだよ。
そんなの見たことも聞いたことも……
アニメとかでは無いではないのか。
だとしても、それは架空の話の上でのこと。
相手がドラゴンでなかったとしても現実にするのはハードルが高すぎる。
考えてもみてくれよ。
日本で美女にご主人様と呼ばれているところを目撃されたら俺は一体どんな目で見られるのやら。
いや、それで済むならまだマシな方か。
どんなトラブルに巻き込まれるかわかったもんじゃない。
俺のことを鬼畜だ何だと非難して騒ぐ輩が出てくるのが容易に想像できるしな。
そういう意味では日本に連れて行くのも大いに不安がある。
だが、赤竜嬢を置いてきぼりにしようとしても頑として譲らないだろう。
「勝ち負けなんてどうでもいいんだよ」
ダメ元で言ってみたのだが。
「妾のご主人様はなんと奥ゆかしいのだ」
だから主従関係を結んだ覚えはありませんって。
読んでくれてありがとう。
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