23 ドラゴンの縄張りでした
「なるほどなぁ。神の山に住まう神の正体はドラゴンだったか」
納得の正体ではないだろうか。
強力な魔法を使えないとブレスを防げないのは明白だし対抗できる人間はそうそういないはずだ。
いや、イリアの反応を見る限りだと皆無と言っても差し支えなさそうである。
まさに神に等しい存在。
ギャオガオと咆哮する姿は獣じみていて神と呼ぶのに抵抗を感じるけどね。
神々しさがないからだろう。
ヒステリックな若い女性と言った方がイメージ的にはピッタリだ。
女子は憤慨するだろうけどね。
「呑気なことを言ってる場合じゃありませんっ」
泣きそうな声でイリアが訴えてきた。
彼女自身には対抗手段がないためにドラゴンの咆哮が威圧的に感じるんだろうな。
「とりあえずブレスは防げたから問題ないよ」
連発されると破られるとは思うけどね。
ただ、それは何もしなかった場合の話である。
向こうがブレス攻撃を続けるというのなら、こちらも【遮断する壁】を追加投入するまでだ。
とはいえ生き霊の時のように根比べの格好にはなってほしくないのも事実。
できれば諦めて帰ってほしいところなんだけど。
どうにかコミュニケーションを取って上手く説得できればとは思うものの妙案はそう容易く出てくるものじゃない。
「ダメ元でやってみるか」
案ずるより産むが易しの心境で試しに【通訳いらず】カードを使ってみる。
「何をです?」
不安そうに聞いてくるイリアも対象にしている。
「卑怯者め、出てくるのじゃあっ!」
ドラゴンの咆哮が俺たちにわかる言葉に変換された状態で聞こえてきた。
「きゃっ」
「おおっ、やはり翻訳できるんだな」
声の感じからすると赤竜さんはどうやら若い女性のようである。
口調は正反対な感じがするけれど。
「無茶苦茶です」
呆れているのか怒っているのかわからないイリアの抗議だが……
「ここは妾の縄張りじゃぞっ!」
赤竜嬢のヒスり具合がワントーン上がったことで、それどころではなくなってしまう。
「マズくないですか」
明らかに顔色を悪くさせた状態で聞いてくる始末だ。
「どうしてさ? ブレスは防げただろう?」
この問いかけにイリアは答えることができなかった。
ずっとギャアギャアと縄張りを主張していた赤竜嬢が更にヒートアップしたからだ。
「聞こえておるじゃろぉ!? 出てこないなら引きずり出してくれるわっ!」
この叫び声にイリアは更に血の気が引いた顔をさせてガクブルし始めた。
赤竜嬢を無視し続けるのはイリアにトラウマを残しかねないので呼びかけに応じることにする。
もちろん外には出ない。
任意の位置から音声を発することができる【スピーカー】のイマジナリーカードを使うつもりだ。
『あー、テステス。聞こえるかー?』
「舐めておるのか!? 姿を現せっ」
『そっちが主張している縄張りに出ていく訳ないだろ』
「そこも妾の縄張りじゃっ」
『いいや。ここは俺の縄張りだぞ』
「なんじゃとぉっ!?」
赤竜嬢がまたキレた。
自分のテリトリーを侵害されたと思っているのだから俺の主張は受け入れがたい話だよな。
『自分の縄張りだと言うからには、ここに入ってこられるはずだよな』
こんなことを言うと挑発になるから逆効果になるところだが少し思いついたことがあったので追加でイマジナリーカードを使ってみたのだ。
『中に入ることもできないのに縄張りを主張するのはお門違いだぞ』
「きいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ───────────────っ!!」
とうとう赤竜嬢が爆発したのだが、その影響でイリアがその場にペタンとへたり込む。
しまった。赤竜嬢に気を取られてイリアへの配慮がおろそかになっていたな。
今更だが【平常心】カードをイリアに使っておく。
その間にも赤竜嬢は大きく息を吸い込むようなタメを作っていた。
どうやら本気のブレスを見舞ってくれるらしい。
だが、それこそが俺の望んだものである。
『ブレスが来ると思っていたよ』
とは言ったが、ブチ切れた向こうさんに聞こえているかは微妙なところだ。
仮に聞こえていたとしても構わずにブレスを吐き出したことだろう。
実際、ブレス攻撃してきたしな。
しかしながら赤竜嬢のブレスは俺たちのいる所まで到達することはなかった。
【遮断する壁】により構築された見えざる壁に届く直前になって跳ね返されたからだ。
事前に設置しおいた指定したものを跳ね返すイマジナリーカード【反射の守り】が効果を発揮した瞬間である。
「ちょっ!? 何でえ──────っ?」
赤竜嬢の絶叫とともに轟音が響き渡った。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁぁっ!!」
この絶叫は妙齢のお姉さんには似つかわしくないよな。
せっかく大人の女性を感じさせる艶のある声だったのに。
まあ、絶叫する以前からキレてばかりで勿体ないことをしていたとは思うけどね。
「えっ!? あれっ? どういう?」
黙って見ていたイリアが混乱している。
再び攻撃されたと思ったら向こうがカウンターを食らっている状態だから無理もない。
「単に防ぐだけじゃ根比べになりかねないから反射したんだよ」
俺の説明に唖然とするイリア。
「……それじゃあ、わざと挑発してたんですか」
「そうだよ。頭に血が上りやすいお姉さんみたいだったからさ」
「特大のしっぺ返しを見舞わせるのが狙いだったんですね」
「よくわかってらっしゃる」
頭に血が上ればハンパな攻撃はしてこない上に回避がおろそかになるだろうと踏んでいた。
目論見はものの見事にはまり目一杯のブレスは反射されて赤竜嬢に炸裂。
けれど、これで終わりという訳じゃない。
「死んではいないですよね」
ドラゴンが宙に浮いていることからイリアはそう判断したようだ。
「伸びてるけどね」
単なる火炎なら耐えたのだろうが爆発の衝撃波をまともに受けてるからな。
カウンターでワンパンKOされたようなものだから、すぐには目を覚まさないだろう。
「カイさんが浮かせているのですか」
「そうそう」
念のためにとスタンバっていた【念動力】カードが役に立ったよ。
放っておいたら落下して斜面に当たった後は麓まで転がっていったかもしれないし。
それがドラゴンにどれほどのダメージを与えるかは不明だけど、汚れるのは確実だから気分は良くないだろう。
俺はこのドラゴンを倒したいんじゃなくて話をつけたいのだ。
それも財宝を要求するつもりなどなくて岩山の中は俺の縄張りだということを認めさせたいだけである。
あとは名もなき神の山周辺の通行許可があれば充分だろう。
とはいえ向こうはケンカ腰だったから最初の状態で話ができていたとしても要求は突っぱねられたと思う。
そんな訳で一筋縄じゃ行かない相手だと思わせた上で交渉するつもりだったのだが。
「けど、今のところ想定以上の事態になってるのが悩ましいんだよなぁ」
「ドラゴンが気絶するとは思わなかったんですね」
「そりゃそうだ」
イリアが心底震え上がっていた相手なんだから。
それはつまり強力な魔法が使える人間でも太刀打ちできない相手であることを意味する訳で。
俺としては一目置かれて交渉に応じるくらいにはなるかなと考えていたら、まさかの一発KOだからなぁ。
ラッキーパンチが当たったに等しいんだが運が良いとは言えないこの状況。
「どうすりゃいいんだ?」
途方に暮れるとは、まさにこんな状況のことを言うのだろう。
「私に聞かれても困るんですが」
イリアも困惑することしきり。
「だよな」
かといってグズグズしている訳にはいかない。
方針が決まらぬまま赤竜嬢が目覚めると面倒なことになりかねないし。
さて、どうしよう?
読んでくれてありがとう。
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