22 横断しよう
晴れて無職となって幾日か。
離職にともなう各種手続きを終えた俺は自由人として活動を開始することにした。
もちろん異世界で活動するための活動だ。
田舎に引っ越して自給自足しているように見せかけることでカモフラージュする計画もあるが、まずは異世界を満喫したい。
そんな訳で満を持してやって来ました異世界へ。
とは言っても隠れ家兼、要塞兼、別荘だからあまり実感がない。
「さて、ドワーフの大勢いるところへ向かいたい訳だが」
「それならばデュエル国でしょう。国王がドワーフで国民の過半数がドワーフです」
イリアが何を知りたいのかを察して聞く前に教えてくれる。
なんか有能な秘書って感じだな。
家事全般もしてくれるので家政婦さんと言った方が正しいのかもしれないが。
あと手伝わせてもらえない。
自分の仕事だと言い張って拒否されてしまうので早々にあきらめてしまった。
「方角はわかる?」
「神の山からだと東の方向ですね」
別荘のある崖とは反対方向か。
迂回するか飛び越えるかしないといけない。
今回だけならともかく行こうとするたびにそれは面倒極まりないな。
拠点の確保は中腹じゃなくて頂上付近にするべきだったかもしれない。
まあ、今更だ。
「という訳で穴を掘ろう」
あくまでも秘密の別荘なのでトンネルのように貫通させるつもりがないのは言うまでもないだろう。
端から端までの寸止め状態にする予定なので似たようなものかもしれないが。
「意味がわかりません」
うん、説明していないから突拍子もない発言に聞こえただろうな。
「迂回したり飛び越えたりを毎回するのはダルいからってこと」
「……穴を掘るのはダルくないんですか?」
「今回だけだって」
遠回りを何度もするよりはずっといい。
「穴を掘る労力の方が大変だと思うのですが」
【岩石流転】のイマジナリーカードがあるからそうでもない。
視線を向けて念じるだけで岩が簡単に変形するからね。
グニャッとさせて押し退けたらガチッと固めてしまうだけなので筋力も体力も必要ない。
あ、アルプス級の山の中腹を横断する距離となると体力は必要か。
それと根気な。
「労力は心配ない」
「例のアレですか?」
例のアレとは言うまでもなくイマジナリーカードのことだ。
「もちろん」
俺の返答にイリアは複雑な表情を浮かべる。
まあ、使い放題の魔法みたいなものだから気持ちはわからなくもないが。
とはいえ俺も頭脳労働をしているから疲れない訳じゃないのだ。
それは先日の会社潜入時に生き霊との締まらない死闘でも散々味わわされた。
「今回もそれなりに疲れるとは思うんだよ」
生き霊の時とは違って好きなタイミングで休憩できるからヘトヘトにはならないだろうけど。
「でも、今日中には仕上げてしまえるんですよね」
「そんなにかからないと思う。少なくとも予定ではそのつもり」
「………………」
沈黙された上にジト目で見られてしまいましたよ。
魔法よりもはるかに効率がいいからだろう。
「私がお手伝いする余地がないじゃないですか」
そんなことに不満を感じていたのか。
嫉妬に近い感情を抱いているのかと思ったら俺の役に立つことしか考えていなかったようで。
何処までもブレないお姉さんだね。
「休憩するときにお茶の用意でもしてくれれば助かるんだけど」
最後まで言い切る前からイリアはコクコクコクと激しく頷いていた。
犬の尻尾がついていたらブンブンと大きく派手に振られていたことだろう。
チョロい。
すねかけだったイリアの機嫌が戻ったのは良いが、さっさと始めないと時間が勿体ない。
という訳で別荘の片隅にスペースを新たに確保して【岩石流転】のカードを使って縦穴を掘る。
「どうして掘り下げるのですか?」
困惑した顔で不思議そうに聞いてくるイリア。
「家の中に街道が通っていたら、どう思う?」
「街道ですか? よくわかりませんが休まらない気はしますね」
「だから高さをずらすんだよ」
イメージとしては地下トンネルだ。
「でも、この縦穴は深さの割に階段も設置できないほど狭いですよ?」
イリアが覗き込みながら言ったように飛び降りるには深い訳だが、俺は構わず作業を続ける。
【岩石流転】で箱を作って【念動力】カードで浮かせれば簡易エレベーターのできあがりってね。
誰かに使わせる訳じゃないから凝った作りにする必要もない。
さっそく乗り込んで降下。
下まで降りきったら穴を拡張して、まず部屋を作る。
そこからいよいよ神の山内部を横断する巨大通路の作成開始だ。
幅は2車線の道路で高さは車が通るトンネルほど。
別に車を使う訳じゃないけど完成すれば飛んでいくつもりだから、これくらいの大きさにしないと壁面が近くて怖く感じると思う。
上と同じ要領で空気穴を確保し【室内灯】カードで明かりを設置しながら東に向かって掘り進めていく。
工事の映像で見たようなチマチマした感じじゃなくて疾走感すら感じるスピードでね。
【念動力】を使って飛んでいくからできる芸当だ。
「デタラメな速さですね」
それこそイリアが呆れるほどである。
「これくらいでないと日が暮れるだろ?」
「はい」
それから空を飛びながら高速で穴を掘り進めていく。
さすがに、あっという間に終わるということはなかったものの想定よりも早く穴が貫通してしまった。
そう、貫通してしまったのだ。
「やべっ、やり過ぎた」
慌てて塞いだけどね。
すぐに対処できたから目撃されるようなことはなかったと思いたいところだったのだけど。
程なくして特撮なんかで出てくるような巨大な怪獣の咆哮が聞こえてきた。
「ありゃー、妙なのに目をつけられたか」
【遮断する壁】カードを多重展開させて岩壁の向こう側を防御する。
ふと横を見ればイリアがカタカタと小さく震えていた。
「あれっ? 知ってる鳴き声だった?」
ギギギと音のしそうなぎこちない動きでこちらを見たイリアの顔は泣きそうになっている。
答えを聞く前からヤベー相手ということだけはわかった。
「もしかしてドラゴンとか?」
思いつきで聞いてみただけなんだがイリアはギョッとした表情になった。
「当てずっぽうだったんだけど、正解?」
コクコクと頷かれた。
声に出して返事をする余裕すらないらしい。
「そんなにヤバい相手なのか」
今ひとつ実感が湧かないのはイリアのように恐怖を感じていないからだろう。
根拠の無い自信のようなものがあったからだ。
とりあえずは【監視カメラ】と【モニター】のカードをコンボで使って岩肌の向こう側を確認する。
どうやら上の方から何かが飛んで来ているようだと思った瞬間、そいつは急降下してきた。
「ひっ」
短く悲鳴を上げるイリア。
今まで恐れていた相手が実際に勢いよく迫ってくるのを目撃すればビビるなと言う方が無理だろう。
絵に描いたような赤い西洋竜ってだけでも迫力満点なのにデカくて速いしな。
そしてドラゴンが大口を開く。
次の瞬間、炎の噴流が迫ってきた。
「おおっ。ブレス攻撃だ」
とっさに飛んで距離を取ったが何も起こらなかった。
いや、何も起こらなかったというのは語弊がある。
外からの爆音が響いてきたし。
「しかも爆炎系かぁ」
単に燃やされるだけじゃなく追加ダメージも見込まれる訳だ。
無事だったのは多重展開した【遮断する壁】が仕事をしてくれたおかげだろう。
でなきゃ岩壁は破壊されていたはずだ。
「なるほど。人間が山の麓にしか住まない訳だ」
麓に住むだけでも根性があると思うけどね。
おそらくドラゴンの縄張りを見極めてギリギリ外側に住んでいるんだろう。
危険な場所なのに何故という疑問が湧くかもしれないが、だからこそドラゴン以外の外敵の心配をしなくて済みそうだしな。
触らぬ神に祟りなしって感じで静かに暮らしていれば襲われることもないって訳だ。
縄張りに侵入している俺たちは逆鱗に触れてしまったみたいだけど。
読んでくれてありがとう。
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