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21 いつの間に?

「いつの間に?」


 イリアは俺が仕事に行っている間にこちらの世界の知識や常識を吸収しているものだとばかり思っていたのだが。


「留守をお預かりしている間としか言い様がないのですが」


「そりゃそうだ」


 俺が会社のトラブルでバタバタしていたこの1ヶ月でそんな段階はとっくの昔にクリアしていた。

 だって知らない間に生活費用の口座残高の桁が増えていたからね。

 6桁半ばがいつの間にか税金払ってもそこそこの家と車が一括払いで購入できそうなんですが?

 田舎だったらスローライフも夢じゃないってね。

 何かの冗談か、それとも本当に夢かと言いたくなったくらいだ。


「FXというものを試してみたら元手が増えましたので他にもあれこれとやってみたら」


「こうなったと?」


「はい」


 あっけらかんと答えるイリアさんである。

 どう考えても素人が手を出せば失敗フラグが立つ典型例なんだが、どうしてこうなった?

 いや、結果はこの上なく望ましいものなんだけどさ。

 ずっとこの状態が維持できるとは思えない。

 所詮はビギナーズラックが振り切れた超幸運のなせる業だと思っていたら……


「人前ではありませんでしたので魔法を使いました」


 タネも仕掛けもありましたとさ。

 イリアの説明によるとフィーリングという虫の知らせを魔法化したものらしい。

 良くない気がするとか今これをしないと後悔する程度の予感みたいなものが判明する程度なので、本来は実用性がないとされている魔法だという。

 念のためにFXを始める際に使ってみたら大損することがなかったので積極的に使うようにしたんだと。


「何処から突っ込めばいいんだか」


 魔法は使ったが他人に見られる心配のない自宅だからセーフかどうか?

 わずか1ヶ月でこっちの世界の知識をかなり習得したこと?

 あまつさえ勝手に資産運用を始めたこと?


 家事全般を完璧にこなしてこの状態だからなぁ。

 家電だって最初こそ驚いていたものの、すぐに使いこなしていたし。

 超有能なんじゃね?


 いや、それは最初からわかっていたことか。

 元の世界でもレアな存在である召喚魔導師だった訳だし。

 得意分野以外はポンコツなんてこともないことが早々に判明したので俺の世話なんてせずに自立すればと言っていたくらいだ。


 まあ、何度言っても生涯をかけて恩返しをするの一点張りなんだけど。

 そんな訳で俺の方が根負けしているのが現状である。


「すみません」


 ションボリした様子でイリアが謝る。

 俺の嘆息まじりの呟きは意図せず責めた格好になってしまったようだ。


「いや、そういう大事になりそうなことは事前に相談してほしかったというだけだから」


 迂闊な自分を内心で呪いながらも今後そうならないようにと注意する体で弁明する。


「すみません」


 俺の言葉は裏目に出てしまったようでイリアはしょげたままだ。

 この調子だと何を言い訳してもダメな気がしてきた。


「他は何もないよね?」


 これなら謝罪もないだろうと投げかけた疑問は──


「報告すべき事案がありますが実行には移していません」


 さらなる爆弾を発掘するに至った。


「そうなんだ」


 これはじっくり聞いておかなければならないだろう。

 報告の内容を知るのは怖い気もするのだけれど。


 そこから聞いた話は唖然呆然の内容だった。

 結論から言えば会社を立ち上げるというものだ。

 何処からその発想が出てきたのか問い詰めたくなったが謝罪モードに戻られても面倒なのでスルーした。

 俺を社長にするという案もツッコミどころだが同様にスルー。

 仕事の内容を聞いてさすがにスルーできなかったけどね。


「高級家具の生産販売だって?」


 言っておくが、俺にそんなノウハウはないし召喚魔導師のイリアにもないだろう。


「はい。生産は表向きはそういう形にするというだけです」


「何処かから仕入れると?」


「そうです」


「何処からさ?」


「向こうの世界です」


 そう来たか。

 聞けばドワーフの作る木工製品は異世界でも高級品として取引されているらしい。


「そんな簡単に仕入れられないだろう。伝手があるのか?」


「ありませんが策はあります」


 なんとなくだが想像がついた。


「こっちの酒を持ち込むとか?」


 やはりドワーフと言えばお酒というのは切っても切れないよな。

 向こうの世界のドワーフがイメージ通りの存在であるならばだが。


「そうです」


 どうやらイメージ通りらしい。


「そんなの向こうの商人だって交渉のために使っているだろう」


「品質が違いますよ」


 イリアはやけに自信たっぷりだ。


「そんなにか?」


 どうにも信じ難い話だ。

 ドワーフたちだって自分たちで酒を造っているだろうに。

 好きこそものの上手なれとも言うし品質の高いものを生産しているはずだ。


「そもそも、こっちに来てからアルコールは飲んでないだろう?」


 買い物は俺がしているが酒類は一切買っていない。

 でもイリアがネットで購入することはないとは言えないのか。


「お酒に限った話ではないんです。なんでも同じ品質で、しかも美味しいなんて奇跡以外の何ものでもありませんよ」


 あー、他の食料品からの推測か。

 それと思った以上に向こうの食糧事情はよろしくないようだ。


「それに個別の商品名があって、それぞれ味が違います」


「商品名って──」


 別に普通だろうと言おうとしたのだが。


「そんなものは向こうでは存在しませんよ」


 先手を打つように否定されてしまった。


「もっと大雑把な分類しかしていません」


 それは品質が安定しないな。

 今まで当たり前だと思っていたことが違うと判明していささかカルチャーショックを感じてしまう。


「イリアの言いたいことは分かった」


 高水準の味を維持しながら常に同じ味であれば喜ばれるのは間違いないだろう。

 ハズレがないんだからな。


「けど、会社の設立はなしだな」


 会社経営で自由な時間が大幅に削られるのは異世界と行き来しようと思っている俺には痛手だ。

 人を雇って任せてしまうのは無理がある方法だしな。


 異世界貿易はしたいと思っているけど会社を設立してまでやりたい訳じゃない。

 社長の肩書きがほしいんじゃなくて異世界間を行き来しての取引そのものにロマンを求めているのだ。


「やはり、そうですよね」


 イリアも問題点には気付いていたのだろう。

 だから計画を先に進めることがなかった訳だ。


「それに資金関係はそんなことしなくても得られるのは証明されてるじゃないか」


「続けても良いのですか?」


「ああ」


 魔法はインサイダー取引には含まれませんってね。

 フィーリングの魔法も絶対の指針になる訳ではなさそうだし。


「ただ、今後は目立たない程度にな。変なのに嗅ぎつけられても面倒だし」


「そうですね。気をつけます」


「でも、まあ良い話を聞かせてもらったよ」


「え?」


 さすがのイリアも見当がつかないようで小首をかしげている。


「向こうの活動資金を得る方法のヒントが得られた」


「あっ」


 俺の言いたいことに気付いたようだな。


「こちらの食料品を持ち込んで売るのですね」


「そういうこと」


 最初は塩でも売るかと思っていたのだが、ああいうのは利権を握っている有力者とかがいたりすると厄介なことになりかねないからな。

 活動資金は多い方がいいけど用心に越したことはない。

 情報を集めてからでも遅くはないのだから。


「もちろんドワーフ相手にはアルコールだ」


 ラガービールとか日本酒なんかは珍しがられそうだし、気に入られる可能性も高いと踏んでいる。

 まずはドワーフの居場所を突き止めるところから俺の異世界生活が始まりそうだ。


読んでくれてありがとう。

ブックマークと評価よろしくお願いします。


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[気になる点] 平社員同盟の救いの為に、会社を立ち上げるまではしても良かったと思いました!…主人公は名誉会長や相談役になれば、時間も取れますでしょうし!…でもそうなると、主人公のイマジナリーカードを少…
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