20 社長の末路
「つ、疲れた……」
自宅に帰り着いたのは午前5時を過ぎたあたりだった。
「大丈夫ですか」
イリアが心配して声をかけてくれたのに気遣う余裕もない。
「悪い。仮眠を取る」
スマホのアラームをセットしてベッドに倒れ込んだ。
そこから後の記憶がないのは気絶するように眠ってしまったからだろう。
なにせ夜通し生き霊退治をしていたからな。
倒しても倒しても次の生き霊が湧いてくるとかシャレにならん。
サバイバルゲームで禁忌とされるゾンビ行為を彷彿させてくれましたよ?
コイツの場合はゴーストか。
どっちでもいいけどリアルで連続復活オプションがついている敵とか反則だろう。
途中で無限に湧いて出るんじゃないかと心が折れそうになったさ。
何人目かなんて数えるのは、とっくに諦めていたし。
まあ、その頃には向こうも弱体化し始めていたので何とか持ちこたえたけど。
最後の奴なんて見るからに弱々しい感じだったし封じ込めるまでもなく消し去ることができたくらいだ。
そんなになってまで湧き出ることに戦慄させられはしたけど。
そんなに捕まりたくないなら真面目に仕事しろっての。
仮にも社長なんだから俺のような平社員より年収はずっと上だろうに。
会社の財務状況は悪くなかったはずなんだからさ。
……社長は自分の報酬を引き上げるために粉飾決算してたから信用できないんだっけ。
末期的な赤字でないことを願いたいが生き霊まで出てくるくらい金に執着してたんじゃ期待はできそうにないか。
とにかく今回のことで社長が金の亡者だってことはよくわかったさ。
金遣いが荒くて借金でもしてたのかね。
今更そのあたりを追及しても金の大半は戻って来ないだろう。
俺にできるのは確保した証拠を密かに匿名で警察へ提出するだけだ。
後は捜査のプロに任せるのみだが、あれだけの証拠があればどんな無能が捜査しても社長たちは無罪にはならんだろう。
言い逃れはできないし、させるつもりもない。
その時が来るまで金に埋もれる夢でも見て優越感に浸るんだな。
ああ、生き霊を生み出すほどだから夢を見られるような心の余裕なんてないか。
特に経理部長はね。
社長だって平気ではいられないと思う。
罪から逃れたい一心で無意識のうちに生き霊を送り出し続けたせいで、かなり衰弱しているはずだ。
いくら生き霊が本人から自立していても製造元だからね。
最後の状態からすると、それなりに負担はかかっているのは間違いないだろうし。
何日か寝込むことになるんじゃないかな。
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「大変だ! 社長が亡くなった」
俺たちの部署に谷口氏が飛び込んで来るなり言い放ったのは誰も予期し得なかったニュースであった。
「ウソだろう?」
同じ課の植木がそう言ったきり固まってしまっている。
それほどの驚きだった訳だ。
俺も死ぬほどかと少し驚かされはしたな。
ただ、驚きは半分止まりで残りは然もありなんと納得していた。
衰弱して何日かは寝込むという予想は外す結果となってしまったけれど。
「こんなことでウソついてどうすんだよ」
「いや、それはそうだが……」
「そんな訳で今夜はお通夜になるからそのつもりでな」
そう言い残して谷口氏は去ろうとしていたのだが……
「ちょい待った」
俺が引き止めるとつんのめるようになりながらも止まって振り返った。
「何だい?」
「俺はお通夜には行かない。葬式も含めてボイコットする」
その言葉に目を丸くした谷口氏だったが、すぐに納得の表情になった。
「それもそうだな。俺もそうするとしよう」
「俺もだ。悪党にかける義理も情けもないぞ」
谷口氏だけでなく植木もボイコットを表明したかと思うと、課内の皆が口々に賛同しながら乗ってきた。
「全員とはね」
社長の人望は地に落ちたことがよくわかった。
「他の部署でも似たようなことになりそうだな」
おそらくはね。
お通夜や葬儀に行くのは一部の幹部連中のみとなるだろう。
「そんなことより次の就職先を探し始めた方がいいかもしれないぞ」
「どういうことかな?」
気付いていないのか不思議そうな顔で聞いてくる谷口氏。
「これで粉飾決算が明るみに出るのは間違いないだろ」
「ああ、そうだった」
俺の言葉に谷口氏が軽く驚きの声を上げた。
「会社が転ける恐れもあるのか」
「ああ。何年もやってるなら会社の財務状況はボロボロだろうし」
「かもな。けどメッキがはげたらサビサビだったなんてシャレにもならんぞ」
植木も話に乗ってくる。
「いやいや、ここはひとつ前向きに捉えようぜ」
「会社が転けるかもしれないのに前向きになれるかよ」
谷口氏の言葉に植木がすかさずツッコミを入れる。
「相手は犯罪者で俺たちは被害者だ。だったら慰謝料を請求できると思わないか」
社長は死んでいるが資産は残っているだろうから可能か不可能かで言えば前者だろう。
「おおっ、その手があったか」
植木は谷口氏の考えを耳にして、すぐに賛同する側に回っていたけどな。
条件反射的な反応と言わざるを得ない。
「貯め込んでいればの話だろ。もしくは増やせていれば、だな」
不正に入手した金をどうしたのかで得られる慰謝料は変わってくる。
普通に貯め込むとは考えにくい。
どう使ったかまでは読めないが大半は消えていそうだ。
「あー、あぶく銭だもんな。社長ならハイリスクハイリターンな投資に回してそうだ」
「結果は聞くまでもない、か」
俺の指摘に意気消沈する2人。
「それに会社へ損失補填する方が優先されるんじゃないか」
「「あー……」」
谷口氏も植木もさらにガックリと肩を落とす。
「せめて会社が存続してくれりゃあなぁ」
植木が諦念のこもった表情をしながら願望を口にする。
「こうなっては望み薄だろう」
谷口氏によって、あっさり切り捨てられたが。
「こりゃあ能登氏が言うように就職活動を始めておいた方がいいかもしれん」
「だねー」
辟易したって顔で同意しながら大きく溜め息をつく植木。
「皆バラバラになるのかな」
植木は寂しそうにそう言うものの、それも仕方のないことだろう。
誰もが出会いと別れを繰り返して今日まで来たのだ。
「別に平社員同盟が無くなる訳じゃないだろう」
同窓会のようなノリで集まることはできるはずだ。
「それもそうか」
「でも、できれば同じところで今のように働きたいものだけどな」
谷口氏が寂寥感を感じさせる表情をのぞかせながら願望を語った。
そういうのも悪くない。
一部の問題点を除けば居心地の良い会社だったからな。
その問題点も払拭されたと思った矢先にこの有様だから俺も落ち込みたいところではある。
結局、願いも虚しく会社は倒産し皆は離散することになったのだけれど。
次の就職先を探さなきゃならないから感傷に浸ってもいられないのが現実の残酷なところだ。
しかも、みんな生活がかかってるから就職活動優先で送別会を開く余裕もなかった。
俺はクズ課長から得た慰謝料のおかげで余裕があるから当面は慌てなくても大丈夫だったが、1人で送別会はできないし。
ならば当面は異世界生活を満喫するのも悪くないか。
寂しさを忘れるくらい色々と試してみたいものだ。
勇者は勘弁してほしいけどスローライフもなんか違う。
やはり異世界貿易と冒険者かな。
目指せ、ラノベ的異世界生活!
読んでくれてありがとう。
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